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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
四章 銀の鍵
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四章25話 無謀な賭け

 ピチャリ、ピチャリと、水滴は天井から石膏の足場へと滴り落ちては足下に水溜まりを広げていく。

 ポチャリ、ポチャリと、水滴が水面へと飛び込んでは、流れ行く水流に波紋を広げていく。

 臭気を放つ汚水の川は緩やかに流れ続ける。

 右から左から、幾本もの支流と合流し、俺たちが歩みを進める方向とは真逆の方へとひたすらに流れ続けていた。

 そんな下水道へと足を踏み入れてから幾らかの時間が経った頃。

 外の光も届かぬ場所まで入り込んでいた俺たちは、下水道内に僅かに点在するごく小さな明かりを頼りにして歩みを進めていた。



 「……シオンさん、随分と迷わずに進んでいきますけど、どの道がどこに繋がってるのかって全部把握してるんですか?」



 臭気にも幾分か慣れ始め、シオンの後ろを付いていくばかりだった俺はその背中へと問いを投げ掛ける。



 「まあね。逃走経路には打ってつけだから、どこがどの辺りの水路なのかっていうのは全部完璧に把握してるよ」



 すると、壁をチラリと一瞥したシオンは問いに答えながら現れた角を曲がっていく。

 そんなシオンの視線を追って壁へと視線をやれば、知っていなければ気付くことが出来ないような、ごく小さな印らしき傷跡が壁に刻み込まれてあった。

 そうして角を曲がり、歩みを進めること数瞬。

 シオンは壁に梯子のようにしていくつも打ち込まれた鉄の手すりを前にしてふと足を止める。



 「……ふぅ、ようやく着いた」



 シオンは上に連なる手すりを見上げ、そう小さく呟く。

 その視線を追うと、手すりの最上部には薄い陽の光が小さな穴を通って水路へと降り注ぐ覗く光景があった。



 「さて、上はどうなってるかな?」



 すると、シオンはおもむろに何かを取り出し、天に掌を向けて取り出した小さなそれを手から解き放つ。

 シオンの手から放たれて飛び立ったのは一匹の虫だった。

 虫は勢いのある羽音を響かせながら飛翔し、光降り注ぐ穴へと向かって宙を駆け上がっていく中、シオンは正八面体のクリスタルを取り出してそれを指で弾く。

 すると、クリスタルはキンッという音を響かせると同時に宙に形質なきモニターを作り出し、そこに映像を映し出し始めた。

 映像は薄暗い街の景色を映し出していた。

 人の姿は片時も映りはしない。

 ゆっくりと、ぐるりと横に回転した映像から見るに、場所は建物に囲われた暗い路地。

 やんちゃな子供たちが追い掛けっこや隠れんぼなどの遊びに興じるにはうってつけのような場所だった。



 「……うん、ヨシッ。大丈夫そうだね」



 その映像を確かめ、満足げにシオンはもう一度クリスタルを指で弾いて映像をシャットダウンさせる。

 そして、一身に集まる俺たちの視線へと振り返って口許に笑みを浮かべる。



 「じゃ、行くよ……!」



 俺たちは息を揃え、シオンの一言に小さく頷く。

 そして、シオンを先頭に、無事が取れた地上へと向かって鉄の手すりを登り始めた。


 地上と水路を塞ぐ重たい蓋をずらし、俺たちはぞろぞろと連なって地上へと這い上がる。

 場所は市場の路地裏と言ったところだろうか。

 辺りを囲う建物の向こう側からは人々の雑踏が絶え間無く鳴り響き、俺たちが立てる音を掻き消すほどに賑やかさに包まれていた。

 全員が這い上がったのを確認し、水路への蓋を元に戻して俺たちは互いの顔を見合わせるように寄り集まる。



 「いいかい? ここから先は一発勝負だ。一瞬足りとも迷っちゃいけないよ?」



 シオンの表情は真剣そのものだった。

 俺たちは言葉一つ紡がずにコクりと小さく頷く。



 「城の警備ともなればその辺の貴族の屋敷とは質も量もわけが違う。夜になれば警戒心も侵入者に対する殺意も高くなる。レンさんが帰ってきたという情報でほんの僅かに気が緩む、この一瞬の隙を突くしかない」

 


 すると、俺たちの表情を見て緊張でも察したのか、シオンは安心してと言わんばかりにニカッと笑みを浮かべる。



「とは言っても、気負う必要はないからね? なぜなら、作戦は簡単。正面からの強行突破、だからね」


 「えっ……それだけ、ですか?」


 「うん。流石にボクも王家の城に忍び込んだことなんて無いからね。最善の抜け道なんて知らないし、城の警備はどこも厳重だろうからそれを探している内に見付かりかねない。だったら、最短ルートでササッと拐ってパパッと逃げ帰った方が上手くいきそうじゃない?」



 あっけらかんとした様子でシオンはそう俺たちに問い掛ける。

 聞こえの良いように言ってはいるが、つまりは、行き当たりばったりの無謀の賭けということだ。

 それを理解し、俺とクレアの表情には苦笑いが浮かぶ。



 「大丈夫、大丈夫! なるようになるよ!」



 すると、そんな俺たちとは対照的な、ワクワクしているような楽しそうな笑みを浮かべ、シオンは気落ちした俺たちの空気を笑い飛ばす。

 そして、その笑みから一瞬の間を置き、スンッと、まるでスイッチが入れ替わったような様子でシオンの表情には真剣さが込もる。



 「……それとも、無理だってここで諦める? 予め言っていたはずだよ。これからボクたちが相手をするのは国一つだって、覚悟を決めろって。ボクはシンジくんたちが助けたいと言ったから手伝うんだ。やっぱり止めるって言うのなら、ボクはその意思に従うまでだよ?」


 「「……ッ!」」


 (……そうだ。覚悟を決めたからここまで来たんだ。今さら無茶だ何だって言っている暇なんてない!)



 落ち込んだ空気は一瞬のことだった。

 シオンに煽られ、道中でのことを思い出し、俺たちの表情には瞬く間に気迫が戻る。

 そしてその様子を目にし、してやったりと言わんばかりにシオンの口元には笑みが戻る。



 「ヨシッ、じゃあ行こうか。王女様を拐いに……!」



 もうそこには、意思を確認するための言葉など必要なかった。

 進もう。

 そう心に決め前を向いた俺たちの瞳には、迷いなど微塵もない、揺らぎなき炎のような力強い光が宿っていた。

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