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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
四章 銀の鍵
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四章20話 無責任

 ひとっこ一人出歩かぬ夜の街に、一つの足音が響き渡る。

 それは早くはない、ゆっくりと言えるほどの足取り。

 まるで気付いて欲しいと言わんばかりに、存在感を露にしている足音だった。



 「……」



 そんな足音に呼応して、煌びやかな金糸の糸は月光に照らされながらふわりふわりと柔らかに揺れる。

 夜風に当たりに来た。

 とは思えないような、どこか思い詰めたような表情だった。



 「お嬢ちゃん、こんな時間に何してるんだい?」



 すると、そんな表情とは対照的な、僅かに下卑た様子の陽気な声が唐突に空から降り注ぐ。

 足音はその声と同時にすぐさまピタリと鳴り止み、揺れる金糸はパタリと落ち着き始める。



 「暇ならボクと遊ぼうよ」



 声の方向を頼りに顔を見上げると、建ち並ぶ家並みの屋根の上からは新たな言葉が紡ぎ落とされた。

 月光に照され銀糸の糸がキラリと輝く。



 「……シオンか」


 「ごめいとうー」



 すると、その光景を眺めてから一瞬の間を開け、誰の声かを判別した呟きが小さく響き渡る。

 距離があれば聞こえないのも無理はないほどの小ささだった。

 だが、シオンはそれを逃すことなく聞き届けると、笑みを垣間見せながら躊躇なく屋根から飛び降りる。

 スタリッ。

 小気味の良い着地音が響き渡った。

 コツッ、コツッと、石畳を鳴らしながらシオンは僅かに歩を進め、振り返らずに肩越しから視線を向けるその後ろ姿へと歩み寄る。



 「……私の動向を見張っていたのか?」


 「いや全然。ただ、ボクは少し夜風に当たろうかなと思って外に出ていただけだよ……レンさんは違うの?」



 普段とは赴きの違う声音。

 何かを確信しているような表情。

 問い掛けるまでの独特な間。

 シオンから紡がれた短く端的な問い掛けに、レンはすぐさま答えを返さず、肩口から向けていた視線を僅かに反らす。



 「……」


 「そう、答えないんだ……」



 そして僅かな間の後、言葉が返ってこぬ状況にシオンは瞳を細く鋭くさせて落胆する。

 数刻前の息の合っていた姿とは一変し、二人の間には沈黙の時間が訪れた。

 それはまるで、初対面の二人が密室に閉ざされたような、ぎこちなさや気まずさが介在しているような静けさだった。



 「……じゃあ質問を変えるよ。レンさんさあ、逃げるつもり?」



 そんな沈黙が続くこと数瞬、シオンは唐突に沈黙を破り、敵を前にするような表情でレンへと問いを投げ掛ける。

 するとその言葉に、レンの体はピクリと小さく反応を示した。

 しかし、その背中は反応を示しただけに留まり、振り返ることはない。

 シオンは一瞬足りとも視線をぶれさせることなく、レンの背中へと真っ直ぐに視線を注ぎ続ける。



 「……レンさん、無責任なんじゃないかな? あの日、あの時、何でボクがわざわざ危険を犯してまで二人の元に引き返してきたかわかってる? こういうことになるかもしれないと思ったから、ボクはあんな提案をしたんだよ?

 あの国に、あの街に、シンジくんを探している人の姿はどこにもなかった。東洋人なら目立つからすぐに見つかるはずなのに、街中、国中探し回ってもどこにもね。ということは詰まる所、親は殺されてしまったか、シンジくんは遠く離れた場所から連れてこられたということになる。引き取り手もなく、あの子が一人で生きていけるかどうかもわからないなら、それが出来るようになるまでの間、誰かが引き取り守っていくしかない……レンさんもそれをわかっていたから、あの時ボクに対抗して来たんじゃないの?」


 「…………ああ、その通りだ」



 シオンの推測を聞き、問いを受け、大きな間の後に小さな声でレンは一切の否定なく全てを肯定する。

 だがやはり、この状況でもレンは振り返ることはなく、シオンへと背を向けたままだった。

 その後ろ姿にシオンは苛立ちを募らせてグッと歯を噛み締める。



 「なら何で……! 確かに出会った頃と今とならあの子は比べものにならないくらい成長しているよ。顔付きだって変わってる。たぶん今なら一人でも生きていけるはずだよ……でも、まだあの子は子供だし、今はもう守るべきものがシンジくんだけじゃないでしょ? 守るべきものをこんなに増やしておいて、こんな中途半端な……」


 「そんなこと、言われなくてもわかっている……!」



 静けさが満ちる街の中にシンッと突き抜ける叫び声が響き渡った。

 その声に気勢を削がれ、責め立てていたシオンの口はハタリとその動きを止める。



 「こんなに早くなるとは思っていなかった。まだ私には、時間が残されているはずだったんだ……無責任。そう言われても仕方がないとはわかっている。だが、これだけは弁明させて欲しい。自ら重責を担っておいて、自分の意思でそれを投げ捨てるわけなどないだろう」


 「……知ってるよ、だからこそ煽ったんだ。レンさん、他に言い残すことは本当にないの?」


 「……わがままを言ってどうにか出来るほど、私は強くない。これ以上の言葉は、後悔の念を大きくするだけに過ぎん」


 「そう……」



 弁明と共に、一度、僅かに振り返ったレンは、再び視線を反らして前を向く。

 その姿に、シオンは諦めたように眉尻を落とす。



 「……すまないが、シンジたちに謝っておいて欲しい。別れもなく去っていくことを」


 「……」



 レンの願望にシオンは言葉を返しはしなかった。

 すると、返答を待つことなくレンは再び街に足音を響かせ始め、その後ろ姿は一度も振り返ることなく静けさに包まれる街の中へと消えていった。

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