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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
四章 銀の鍵
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四章18話 赦し

 レンが突き立てた剣を少年から引き抜く中、愕然として組んでいた腕をだらりと垂れ下げた女は、表情に驚愕の色を露にしてわなわなと全身を震わせる。



 「な……なん、で…………」



 これで脅威はなくなった。

 レンとシオンの動きはそう言わんばかりの様子だった。

 女が途切れ途切れに声を漏らす中、二人は各々が手にする武器を腰へと納め始める。



 「何で人間ごときに私の作品が負けるのよ……!? それはその辺の機械兵なんかとは全く違うのよ!?」



 驚愕を通り越して怒り心頭、女の声音や態度はそんな様子だった。

 そこにはこれまでの余裕など一切垣間見られない。

 思考を以て言葉を紡いでいるのではなく、ただただ感情に身を委ねて八つ当たりしているような様子だ。



 「全身の強度は従来のものより二割増し、戦闘シミュレーションだって数を増やした。それに、私の脳波を受け取れるようにプログラムを組み込んで、今まで絶対に出来なかった思考という術も取り入れた。なのに、何で……」


 「あぁー、そういうことね」



 すると、女が一つ一つ間違いの有無を確認していた中、シオンは言葉を遮り、全てを理解した様子で頷く。



 「全然仕掛けて来ないなぁとは思ってたけど、あなたが余計な思考を挟んでいたのなら納得だね」


 「はぁ……?」



 シオンの言葉に対する怒りと、理解不能だという思いが混在している。

 女が紡いだ一言の疑問符は、それがハッキリと伝わってくるような様子だった。



 「……何が余計な思考よ? 機械じゃ出来ないことを補助しているのに何が余計だって言うのよ!?」


 「だってそりゃそうでしょ? 機械にだって状況に応じた答えは予め持っているわけだから、そこに違う考え方を持った思考が入り込んじゃったら、その二つが反発し合っちゃうわけでしょ? そうなったらどちらが良いのか吟味する必要が出てきて、答えが出てくるのも遅くなるわけだし、もし思考の優先順位を高くしちゃっていたのなら、尚更その分、行動が次から次に遅れていくのなんて明白だよ」



 わかりきったことでしょう。

 そう言わんばかりに、シオンはキョトンとした表情で女の問いに受け答える。

 すると、激昂していた女は瞬く間に気勢を削がれ、まるで衝撃に全身を撃ち抜かれたかのように固まって呆然としていた。

 そして僅かな間の後、おそらく女はそれを理解したのだろう。

 悔しげに歯を噛み締めながら拳を強く握り締める。



 「どれだけ工夫を凝らしたところで、所詮機械は人形ってわけね。まったく、使えない……!」



 言葉を紡ぐほどに、女の語気は徐々に強さが増していく。

 素人目にも、女から殺意が溢れていているのがすぐにわかった。

 その場にいる全員が緩めた緊張感を瞬く間に引き締め、女の動向を注意深く見つめる。



 「だったらもう、自分でどうにかしてやるわよ!」



 すると予想通り、女は袖からナイフを取り出し、まるで猪がごとく、俺たちへと真っ直ぐに駆け出し始めた。

 おそらく、女は弱いと思われるものから順に殺ろうとしているのだろう。

 走る体の方向も、向ける視線の方向も、傾ける切っ先の方向も、全てを俺へと集めて駆け寄ってくる。

 しかし、俺はこれといって恐怖を感じてはいなかった。

 それは、女の表情が諦めにも似た、恐怖の表情に染まっていたからだ。

 さらには肩に力が入り、柔軟性は皆無に等しい様子。

 横に少し動いただけでも避けられる。

 未来視でもしているかのごとく、心がそれを強く感じ取っていた。



 「なッ……!?」



 しかし、俺がそれを行動に移すことはなかった。

 女が驚愕の声を漏らすのと同時に、辺りには金属同士がかち合う音が響き渡る。

 眼前にはクレアの姿があった。

 自身が持つ剣を振り抜き、女が手にしていたナイフを弾き飛ばすクレアの姿が。

 すると、クレアはナイフを弾き飛ばした後すぐさま身を翻し、女の手を取り足を掛け、流れるような動きで女を地面に投げながら腰へと跨がって両手首を押さえ込む。



 「もう、止めましょう……?」



 クレアはとても優しげな、聞く人の心を落ち着かせるような声音で女へとそう言葉を掛ける。

 クレアの境遇を知っているからこそ、俺はクレアのその行動には疑問と驚きの両方の感情を同時に抱いた。

 クレアにとって彼女は親の敵であり、自らの体を弄び、望まぬ戦いを強要させた張本人でもある。

 敵討ちのために命を奪うことはおろか、復讐のために傷を刻み込むことすらせずに取り押さえるのはとても信じ難き行動だった。



 「無駄なことはもう、止めてください。これ以上暴れたら、傷付けられてしまうかもしれないんですよ?」



 まるで泣きじゃくる子供をあやすように、母親のような優しくも悲しげな表情でクレアは女を諭す。



 「……どういうつもり? あんたにとって私は恨むべき存在のはずよ。何であんたが私の心配なんかしているのよ? とち狂ったのかしら?」


 「ふざけているわけじゃありません。もう恨んでいないからです。死ぬことで、ではなく、生きて罪を償って欲しいから、そう言っているんです」


 「はあ……? バカなの? やっぱり狂ってるじゃない……」



 すると、女はシオンとの会話の時以上に、理解が追い付かないといった様子で呆然と目を丸くする。

 先ほどまでの気勢は既に皆無。

 理解が出来ない言葉に頭を侵食され、女の思考は完全に停止している様子だった。



 「何を、どうやったら恨まないなんて結論が導かれるのよ? どう考えたって、そんなの普通じゃ……」


 「あなたのおかげで、出会えた人たちがいるんです」


 「えっ……?」


 (そうか。クレアは、俺とは逆を……)



 ショートした思考でポツリポツリと言葉を呟く女の問いを遮り、クレアはそう一言呟く。

 俺はクレアが何を言いたいのかをすぐさま理解した。



 「あなたと出会わなければ、私はお父さんやお母さんを失うことはなかったでしょう。平々凡々なありきたりな毎日を過ごせていたはずです。でも、あなたと出会ったからこそ、家族のように大切に思える人たちと巡り会うことが出来たんです。だから、最初こそ恨みはしましたが、今はもう何とも思っていません。

 それに、あなたからこの体を貰ったことで守ることが出来た命もあります。悪いことばかりではなかったんです。だから、感謝していますよ」


 「は…………? かん、しゃ……?」


 (復讐をするのではなく、赦す……俺には一生掛かってでも、真似出来そうにはないな)



 クレアから感謝をされ女の瞳の焦点は乱れ始める。

 自分の中にあった常識が崩れ、思考が全く纏まらないのだろう。



 「わから、ない……意味が、わからない…………」



 もう、女が悪足掻きをすることはなかった。

 魂が抜けたように呆然とする女を拘束し、街へと引き返し、凶気渦巻く一件は静かに幕を閉じた。

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