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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
四章 銀の鍵
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四章11話 塵まみれの笑顔

 荒涼とした平野に一陣の風が吹き抜ける。

 小さな砂嵐が渦を巻きながら視界を通り抜けていく中、俺たちは岩影に身を潜めて先にある研究所へと視線を集める。



 「今、見えているだけでも三体か……さて、どうやってあれを突破したものか」



 相手は機械兵。

 生身の人間を相手にするのとは訳が違う。

 肉体は強靭にして頑強、内蔵されているであろう武器は種類から大きさに至るまで、ありとあらゆる可能性が考えられる。

 視点に青いランプを灯して巡回する機械兵に対し、レンは表情を険しくしながらその様子を見つめていた。



 「じゃあ……ここは一つ、ボクに任せてもらおうかな」



 すると、様子を伺う俺たちの背後からシオンの声が響き渡る。

 ふと、その声に釣られて振り返ると、そこにはアンカーを射出する銃を手に取り、細部を見つめて調子を確かめるシオンの姿があった。



 「任せてもらおうって……別に構わないが、本当に大丈夫か?」


 「大丈夫だよ。すぐに終わるから」


 「……そうか。なら、信じるぞ」



 銃の確認を終え、俺たちへと笑みを返しながらシオンは一歩前に進み出る。

 シオンのハッキリとした言葉に、レンはそれ以上何も言い返しはしなかった。



 「うん。行ってくる!」



 ニィッとイタズラな笑みを浮かべ、シオンは岩影を飛び出して駆け出し始める。

 岩影から研究所までの距離は数十メートルほど。

 駆ければ十秒と掛かることなく辿り着けるほどの距離だ。

 すると、シオンが半分ほど駆けたところで、三体の機械兵は全機がほぼ同時に接近するシオンへと反応を示し始める。

 ランプは青から赤へと変貌し、殲滅モードというべきものにでも移行したのだろう。

 腕部からユニコーンの一角を彷彿とさせる円錐形の刺鉄骨を露にし、対象を沈黙させんとして駆け出し始めた。


 互いに接近し合い、数瞬もすれば接敵という状況。

 シオンは先手必勝とばかりに銃を機械兵へと向けて引き金を引く。

 アンカーが射出される音が響き渡った直後、辺りにはガラスが砕かれる音が響き渡る。

 シオンが放ったアンカーは三体の内の一体のカメラを撃ち抜いたのだ。

 赤く灯っていたランプは光を失って暗転する。


 だがしかし、光を失って尚、その一体は動きを止めてはいなかった。

 音を頼りにしているのか、サブカメラが内蔵されているのか、はたまた、他の二体と視覚の情報を共有しているのか。

 何を以てして動いているのか定かではないが、目の前のシオンへと迷うことなく接近を続けていた。

 シオンは突き立てたアンカーを引き戻し、そして次なる一体へと狙いを定めながら、懐から取り出した何かをそれへと投げ付ける。

 放られたものは黒い小さな玉だった。

 どれだけその玉が頑丈であったとしても、当たったところで機械の体には何の傷にもならないことだろう。

 しかし、機械兵はそれを邪魔だと言わんばかりに腕部を振り下ろして叩き落とさんとする。



 「「「……ッ!?」」」


 (閃光弾……!)



 しかし小さな玉は衝撃を受けた瞬間、地に叩き伏せられることなく弾け、辺りに強烈な閃光を放った。

 相手が生物であるならば、絶大な効果をもたらすであろう。

 ただ、今シオンが相手にしているものは“怯む”などという概念とは掛け離れた存在。

 多勢による優劣をひっくり返せるとは思えなかった。


 しかし、辺りには先ほどと同じように、ガラスが打ち砕かれる音が響き渡る。

 シオンは閃光弾を投げた直後、間髪入れずにそれに触れたものへとアンカーを放っていたのだ。

 一瞬の閃光で視界が白一色に染まったこと。

 閃光弾へと気を取られ、ほんの僅かな間、隙が生じたこと。

 この二つが重なって出来た本当に一瞬の隙。

 そんな、小さな隙間へと針を通すような一手を、シオンは軽々とやってのけていた。


 光は瞬く間に終息していき、シオンの目の前には眩む目がないがゆえに猛然と接近する三体の機械兵。

 距離はもう目前にして緊迫とした状況だ。

 一瞬の迷いが死を招くということを容易に想像出来る状況だった。

 そんな現状を前に、シオンは懐から新たに白い小さな玉を取り出すと、一瞬の躊躇いもなくそれを地面へと叩き付ける。



 「うっ……!?」

 「いッ……!?」


 (耳がッ……!)



 その瞬間、辺りには骨を軋ませるような強く甲高い音が響き渡り始めた。

 俺たちは一斉に耳を抑えた。

 少しでも音を和らげんと、強く手のひらを耳に押し付ける。

 シオンのいる場と距離がなければ、おそらく目を開いていることすらままならなかったことだろう。

 耳に響き渡り続ける痛みに堪えながら、俺はシオンの姿へと視線を注ぐ。


 二体の視覚を奪い、三体の聴覚を奪っている今、シオンの目標は残る一体の視覚を奪うことにあった。

 視覚を奪われた二体は一瞬前まであった聴覚の情報だけを頼りにシオンのもとへと接近を続け、そしてその距離を計って刺鉄骨を露出する腕を振り上げて構える。



 「そんなの当たるわけないでしょ……!」



 だが、当てずっぽうな攻撃など、シオンにとって避けるのは易かった。

 地を滑り込みながら刺突を避け、視覚を奪った一体の背後へと回り込むと、シオンはまたも懐から何かを取り出してそれを背後の一体の背中へと投げ付ける。

 投げ付けられたそれは、手のひらサイズの爆弾だった。

 今すぐ爆発する、という気配は一切感じられない。

 何かの合図を待っていると言うような様子で、それは機械兵の背中に静かに張り付いていた。


 だが、一体をやり過ごしたとしても、残る二体が後に控えている。

 その上、その内の一体については未だ視覚が健在だ。

 しかし、自ら敵に囲まれる状況へと飛び込んだシオンは不適な笑みを浮かべ、地を滑り込む際に着いた手を、迫る二体の内の光を失った一体へと振るう。

 カツンッ。

 小気味の良い小さな音が鳴り響いた。

 それは小石が機械兵の体を軽く小突いた音。

 音を頼りにすることも出来ず、シオンのいた場所へと突き進んでいたその機械兵は足を止め、石が投げ付けられた方向へと振り返って刺突を構える。


 視覚を有する一体、視覚を失った一体、その二体に挟まれ、同時に刺突を突き放たれる光景がそこに映し出される。

 悪手とも思える行動だった。

 しかし、シオンの笑みは一切消えてはいなかった。

 シオンは視覚が健在である機械兵へと銃の引き金を引き、アンカーを射出させる。

 すると、機械兵はアンカーに視覚を奪われることを嫌ってか、突きの構えから横薙ぎに腕を振り払う。

 アンカーは軽々と弾かれた。

 シオンの狙いとはあらぬ方向へと飛んでいき、伸びるワイヤーは勢いを失ってアンカーもろとも力なく地面に横たわる。



 「チェックメイトだ……!」



 しかし、それこそがシオンの目的だった。

 シオンは小さく終わりを告げる言葉を呟くと、素早く身を屈め、頭を下げる。

 すると次の瞬間、シオンの頭上には敵味方を判別することなく振るわれた刺鉄骨が駆け抜けていく。

 情報を全てシャットアウトした状況が敵を味方へと消化させたのだ。

 そして、シオンのワイヤーへと対処をしたせいで生じた一瞬の隙。

 まるで事前に打ち合わせをしていたかのような噛み合いが巻き起こっていた。

 辺りには三度目となるガラスの打ち砕かれる音が響き渡る。

 刺鉄骨は軽々と頭部を打ち抜いていたのだ。

 シオンは任務完了とばかりにその場を走り出し、俺たちの元へと全速力で駆けて来る。

 鳴り響く閃響弾の音は未だ響き渡り続けてはいたが、その音は徐々に弱まりつつあった。

 ゆえに急いでいるのだろう。

 シオンは両手を口許にやり、何かを訴え掛けるように俺たちへと叫ぶ。



 「……伏せてーッ!!」



 閃響弾の音が止んだ瞬間、シオンの叫びが俺たちの耳へと届いた。

 そして、それと同時に俺たちの居場所を突き止め、機械兵は俺たちの方向へと再び動き始める。

 指示に従う他なかった。

 俺たちは一斉に岩影に隠れるように頭を下げる。

 パチンッ。

 指を鳴らす音が響き渡った気がした。

 次の瞬間、閃響弾の音も閃光弾の光も大したものではない。

 そう感じてしまうほどの大きな爆発音と衝撃が全身に襲い掛かる。

 昨夕の道連れの爆発など比ではなかった。

 砂塵を吸い込まぬよう、俺は息を忘れて歯を食い縛り、爆風の勢いが収まるのを静かに待つ他なかった。


 爆発から数瞬の時が経った。

 俺たちは皆一様に咳払いの音を響かせながら体を起こす。

 舞い上がった砂塵や煙は風に流されて掻き消え、塵が消えて明瞭さを取り戻した戦いの場には、バラバラに散った機械兵の残骸だけが残っていた。



 「イッテてて……危なかったぁ」


 「「「……!」」」



 すると、機械兵の残骸とは真反対の俺たちの背後からシオンの声が響き渡る。

 爆風で吹き飛ばされたのだろう。

 背後へと振り返ると、痛む箇所を擦りながら体を起こすシオンの姿があった。



 「さ、片付いたよ。行こっか!」



 しかし、俺たちの視線に気が付いた瞬間、シオンは痛みを忘れたかのように苦悶の表情を瞬く間に晴らす。

 そして、まるで何事も無かったかのように、塵まみれの笑顔を輝かせてシオンはそう言った。

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― 新着の感想 ―
[一言] あらすじをみただけでは、男がちやほやされるあべこべ物かな?と思いましたが、 いきなり襲われるなど、世界観がハードで意外性があり読み応えがあります。 これからも楽しみにしています。
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