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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
四章 銀の鍵
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四章9話 遅すぎる夕食

 夕陽は徐々に暮れていき、空には黒の色がその幅を広げ始める。

 辺りは静寂に包まれていた。

 爆発によって生じた砂塵は風によって飛ばされていき、数瞬続いていた呼吸の苦しみは、そこでようやく終わりを迎える。



 「皆、大丈夫かい?」


 「ああ」


 「はい、大丈夫です」



 辺りの状況が落ち着きを取り戻し、皆、続々と体を起こして互いの無事を確かめ合う。

 皆一様に薄汚れてはいるものの、怪我をしているものは一人もいなかった。



 「参ったなぁ……せっかく何か知っていそうな人だったのに、これじゃ振り出しだよ」


 「こうなってしまったものは仕方あるまい」



 名残惜しそうに呟くシオンに対し、冷静に状況を受け止めるレン。

 そんな二人へとクレアとミアが真っ直ぐに視線を注ぐ中、俺は一人、状況を受け止めきることが出来ずにいた。



 (嘘だろ……人が、爆発した…………)



 人の死は何度も見ている。

 だから、慣れているとは思っていた。

 しかし、あんな無惨な死に方を遂げる姿を目の前で目にする耐性は全く染み付いてはいなかった。

 彼女の最期の悲壮な表情が頭にフラッシュバックする。

 みるみる内に気分が悪くなっていった。



 「……ッ!」


 (どうかしている! あの人は自ら俺たちを巻き添えにしようとしている様子じゃなかった。誰かの……いや、あの女の手によって殺されたんだ。あの女、いったい人を何だと思ってるんだ……!)



 ただ、それと同時に怒りの感情が心に芽吹いていた。

 数ヶ月前に地下闘技場で一度だけ目にした、名も知らぬ女性の顔が頭を過る。

 アリアのような予知的な力とはほど遠いが、己の勘が、その女性がこの一件の裏にいると強く訴えかけていた。



 「もう遅い、街に戻ろう。どれだけ悔やんでも時は戻らんのだ。切り替えよう」


 「うん、そうだね。じゃあ帰ろっか」



 鍵を握る人物を失い、辺りには他に妙な人影は見受けられない。

 ジッとしているにつれ辺りの明るさが失われていく今、俺たちにはもうこの場に留まっている理由がなかった。

 意見を一致させた俺たちは帰路への一歩を踏み出し始める。



 「あっ、そうだ……!」



 しかし、進み始めた歩みはたった数歩ほどで再び止めることとなる。

 レンと共に先頭を行っていたシオンはおもむろに足を止め、重く淀んだ空気を振り払うように声を上げたのだ。

 俺たちは皆次々に足を止め、そんなシオンへと視線を集める。



 「ねえレンさん、今回の情報は人から聞いたって言ってたよね?」


 「ああ、そうだが……話を聞きたい、とでも言うのか?」


 「その通り! 連れてってよ」



 シオンは満面の笑みでレンの問いへと頷いた。

 仕方がない。

 そう言わんばかりの様子でレンは小さく溜め息を吐く。

 そこにはもう空気の重たさは感じられなかった。

 シオンの笑みは手掛かりを失ったことによる喪失感や死を目にした嘆息感を吹き飛ばし、足取りに軽さをもたらした。

 消沈していた空気を改めて切り替え、俺たちはアリアの屋敷へと、元来た道を辿って街へと引き返した。


 行きとは違い、帰りは日の落ちた宵の刻。

 月の明かりと先に見える街の明かりだけを頼りにして進むのは、日の光に照らされた道を進むのとは歩みの速度に僅かに違いがあった。

 徒労感を感じながら歩みを進め続け、俺たちが街へと戻った頃には既に時計の針はどちらも真上を指していた。

 街を出歩く人の影は疎らだった。

 もう床に着く時刻がゆえに、当然と言える様相だ。

 俺たちは人気のない街を迷うことなく足を進め、シオンを連れてアリアの屋敷へと向かった。



 「お邪魔しまーす!」



 屋敷へと戻り、出迎えたレヴィへとシオンが放った第一声はそれだった。

 レヴィはシオンへと冷めた視線を注ぎ、そして僅かな間の後、その視線は俺たちへと傾く。



 「……これはいったいどういうことでしょうか? 説明してもらっても構いませんか?」


 「あ、ああ……」



 せっせと仕事に励む他のメイドを追い掛け、屋敷を装飾する豪華な品々をまじまじと見つめ、シオンは自由奔放に自らの欲に任せて動き続ける。

 そんな姿に苦笑いを浮かべながら、レンはレヴィの要求へと真摯に受け答えた。



 「なるほど……今回の一件の解決に際しての協力者で、クレア様が関わることを予見したアリア様に興味を示されてここまで付いてきた、と」


 「そういうことだ。すまんな、断りもなく勝手に連れてきたりして」


 「いえ、十分な理由と言えますので仕方がありませんよ。ですが、アリア様は既に就寝なさっておりますので、面談されるのであれば翌朝まで待ってもらわなければなりません」



 追い返されてしまう。

 そんな様子はレヴィから一切感じられなかった。

 現状を伝え、我慢が必要だと訴えながら、レヴィはシオンへと視線を傾ける。

 すると、その後を追うように、レンもまたシオンへと視線を傾けた。



 「……と、言う訳なのだが、シオンもそれで良いか?」


 「うん、わかったよ」



 子供のように動き回っていたシオンだったが、二人の話だけはしっかりと耳にしていたようだった。

 視線と問い掛けにすぐさま振り返り、シオンは首を縦に振る。



 「……それより、急に訪ねてきておきながらこういうこと言うのは図々しいとは思うんだけど、何か食べるものない?」


 「本当に随分と図々しい要求ですね」



 しかし、真剣だった空気もそこまでだった。

 申し訳なさそうな笑みを浮かべるシオンに対し、レヴィは呆れ果てた、冷たい視線をシオンへと送る。

 ただ、そんな冷たい視線も僅かな間の後、仕方がないと言わんばかりの小さな溜め息へと変わる。



 「……レン様たちも何かお召し上がりになられますか?」


 「ああ、頂こう」



 レヴィの問いに俺たちは全員即答だった。

 昼にシオンと出会ってから何も口にしてはいない。

 疲れもさることながら、空腹感も大きかった。

 皆で食事の間へと赴いた俺たちは、床に着く時間帯にしてはあまりにも豪勢な、遅すぎる夕食にありついた。

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