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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
一章 新しき人生
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一章11話 目玉商品

 響き渡るオークションの声は徐々にその勢いが衰えていく。

 次々と響き渡っていた競り合いの声は途切れ途切れとなり、落札の時が間近なのがその様子を目にしなくとも伺えた。



 「……! 決まったみたいね」



 すると、数瞬の間を置いて会場からはどよめきの声が響き渡る。

 リゼはその様子に満足気に笑みを浮かべ、おもむろに懐から鍵を取り出す。



 「さあ、メインイベントといきましょうか」



 そして、牢の扉を開くと真っ直ぐに俺の元へと歩み、オークションの最後の準備へと取り掛かり始めた。

 俺は手錠に連なる鎖を引くリゼに連れられるまま歩みを進め、壇上を目前にして足を止めたのに合わせて立ち止まる。



 「お集まりの皆様にお知らせいたします。次が、本日最後の商品となります!」



 そうして僅かに時を待っていると、司会者から最後を告げる演説が響き始める。

 すると、集まった人々からは最後を盛り上げるかのように歓声が鳴り響く。



 「本日は最後の商品に今日一の目玉商品を……いえ、これまで開いてきたオークションの中で一番最高の目玉商品をご用意いたしました! お集まり頂いた皆様に大変ご満足して頂ける商品だと自負しております! なので皆様、期待に胸を膨らませてご注目下さい! それではステージまで来てもらいましょう!」


 「……さあ、行くわよ」



 リゼは司会者が呼ぶのに合わせ、鎖を引きながら歩み始める。

 そうして幕の影から飛び出し、壇上に歩み出てスポットライトの下へと出向くと、会場からは大きなどよめきと歓声が入り交じった興奮が、瞬く間にそのボリュームを大きくし始める。



 「皆様のその反応を見るに、もうお気づきの事でしょう。そうです! 今回ご紹介頂くこの目玉商品は、闇夜に溶け込むほどの綺麗な黒髪と漆黒に染まる美しき黒い瞳が特徴的な東洋人でございます!!」



 そして、司会者が商品の内容を声を大にして叫んだ瞬間、会場は一斉に大歓声に包まれた。

 ステージの中央まで歩みを進めて貴族たちへと向き直った俺は、肥えた中年太りの貴婦人や刺々しさの感じられる貴婦人など、見た目は様々であれど数多の顔に同じように浮かぶ興奮冷めやらぬ表情を前にして、今までに感じたことのないような感情を覚えていた。



 (……確かに、リゼってやつの言う通りだ。こいつらの目はあいつらとは違う。どっちも同じ、道具として見ていることに変わりはないけど、あいつらはまだ、俺を人とものとの境界線に置いているような感じがあった。けど、こいつら貴族たちは全く違う。こいつらは、俺のことを完全にものとして……ただ、消費するだけの食い物としてしか見ていない。本当に気持ちわりぃよ。化け物に視姦されてるようで、吐き気がする……)



 それは、人道を外れたものに対する恐怖と、そのものから感じられる意思に対する不快感だった。

 鼻を摘まみたくなるほどの醜悪な空気を前に、俺は虚空を見つめて汚物から目を背けた。



 「育児の必要がなく、これだけの若さを兼ね備えた東洋人を仕入れられることは今後一切訪れることはないと言っても良いかもしれません! 皆様、これだけ良質な東洋人を競り落とすチャンスは今日が最初で最後になることでしょう!! ぜひとも、今日の最後を飾るに相応しいこの商品に、悔いの残らぬ競り合いとなることをお祈りしております! それでは、そろそろ始めさせてもらいましょ! 今回のこちらの商品、目玉商品価格といたしまして、金貨一枚から始めさせて頂きます!!」


 (早く、終わってくれ……)



 司会者の演説は徐々に勢いを増していく。

 そして、それに合わせて貴族たちの表情は興奮の色が高まり、会場を包む熱気もまた上昇していく。

 そんな様子を俺は早く終わることばかりを願って、言葉なく、身動き一つ取ることなく静かに視線を注いだ。



 「それでは、入札……」


 「「「……ッ!?」」」



 しかし、オークションの開始を告げようとした瞬間、辺りに響き渡った木が勢いよく打ち砕かれるような音によって開始の合図は中断され、会場は一瞬にして静寂に包まれる。

 静寂に包まれた会場内にある視線は全て音の方向へと注がれ、皆、何が起きたのかと困惑の表情で事態を確かめる。

 すると、そこには蝶番が外れ、ひしゃげてボロボロとなった木製扉の姿と、それが取り付けられていたはずの場所に佇む一つの人影があった。



 「ちょ、ちょっと……!? 何であの人がここに……!」


 「も、モルダさん!? どういうことですの!?」


 「……あと半日ほど待ってくれていればありがたかったんだけど、そう上手くはいってくれないわよね。仕方がない、やるしかないわね」



 貴族たちは皆、先ほどまでの興奮はどこへやら、焦りと動揺の色に身を染め、モルダたちへとすがり付くように助けを求める。

 すると、モルダは今までにないほどに表情を険しくしながら服の内に隠していた歪曲した大型のナイフを二丁取り出す。



 「全員そこを動くな! 屋敷の使用人からここで何が行われているかは確認させてもらっている! 人身売買に関わった罪で全員拘束させてもらう!」



 そんな会場の動乱を静めんとして現れた人影は一歩前に踏み出しながら声高らかに宣言する。

 ステージを照らす光が僅かに届く範囲に足を踏み出したことによって、俺の視界にも現れた人影の姿が捉えられる。

 薄暗闇の中でも煌めく金糸の長髪に、宝石のように美しい輝きを放つ碧眼、そして人目を否応なしに引き付けるような凛と整った顔立ち。

 完全に闇に潰えていた希望の光が瞬く間にその輝きを大きくした光景を前に、俺は一瞬にして現れた女性に目を奪われていた。

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