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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
四章 銀の鍵
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四章8話 言ってない

 クレアが発した叫びは、行動の契機とする号砲となって響き渡った。

 シオンはすぐさまアンカーが射出される銃を手に取り、即座に女性の手にするものへと照準を合わせて躊躇なく引き金を引く。

 ワイヤーは目まぐるしい勢いで空を切り裂いていき、そして、響き渡った叫びに動揺して硬直していた女性の握り締めるものの先端を的確に撃ち抜く。



 「「「……ッ!?」」」



 その瞬間、辺りには爆発音が響き渡った。

 音や威力は特段凄まじいものと言うわけではなく、ごく小規模な、脆い岩肌を打ち砕く程度なもの。

 だが、それを至近距離で受けた女性にとってはひと堪りもないものだった。

 女性は爆発に手を負傷し、衝撃に弾かれて悲鳴と驚愕の声を上げながら地面へと倒れ伏す。

 そんな女性へと、シオンが行動を起こすのと時を同じくして駆け出していたレンが迫る。

 俺たちと女性との間にあった距離は数十メートルといったところ。

 数瞬と猶予があれば詰められるほどの距離だ。

 シオンが作り出した一瞬の隙に乗じ、レンは一瞬で間合いを詰める。



 「野暮なことをしなければ手荒な真似をする気はない。だから動くな」



 そして、胸元に手を乗せて押さえ付け、剣を首もとに差し出したレンは女性へと小さくそう呟いた。

 恐怖に染まってはいるものの、どこか安堵したような様子で女性は小さく首を縦に振る。



 「ふぅ……危ない危ない。一瞬でも遅れてたら下の人たちがとんでもないことになってたよ」



 一つの大きな仕事を果たし、シオンは汗を拭う仕草をしながら吐息を吐き出す。

 大きな争いへと発展することなく、大きな被害を出すこともなく、その場を収めることが出来た。

 そんな安堵に満ちた空気に包まれながら、俺たちは女性を取り押さえるレンの元へと集まっていく。



 「……ッ!」


 (この人、クレアと同じ……!)



 二人との距離が近くなったことで、俺は初めて女性がその他大勢な人とは違う点があるということに気が付いた。

 小規模なものとはいえ、手にしていたものが爆発して起きる損傷は相当なもの。

 常人であれば皮膚や肉が裂けることは十分にあり得、相当量の流血も伴うことは想像に易いものだ。

 だが、傷付いた女性の手にそれらの損傷はほとんど見られなかった。

 そこに起きた事象としてあるのは皮膚の裂傷。

 そして、その皮膚の下に隠されていた義手を形作る骨格の僅かな損壊程度に収まっていた。



 「さっすがレンさんだね。ボクなんかが飛び出して行かなくても、一人でちゃちゃっと取り押さえちゃうんだもん。仕事が早くて助かるよ」


 「それはこちらのセリフだ。シオンが機転を利かせていなければ、街道を通っていた馬車は岩に押し潰されていたことだろう。助かった」


 「いやぁ、それほどでもあるよー」



 レンは取り押さえた女性へと注ぐ視線を切らすことなく、シオンへと礼を口にする。

 そんなレンの言葉にシオンは満更でもない様子ではにかんだ。



 「……さてと」



 そうして笑顔から数瞬、シオンは一瞬で真面目な表情を取り繕って女性へと視線を注ぎ始める。



 「雑談はこの辺にして……色々と話を聞かせてもらおうか、お嬢さん。どうして、こんな酷いことをしているんだい?」



 そして、小さな子供を相手にするかのような優しい声音で、シオンは女性へと問いを投げ掛けた。

 すると、取り押さえられる女性は徐々に瞳に涙を溜め始める。



 「やりたくてやってるわけじゃない! 脅されているのよ!!」


 「うん、わかるよ。なんとなくそんな感じがしていたからね。じゃあもう一つ質問。誰に脅されているんだい?」



 女性へと寄り添うように、シオンは笑顔で女性の訴えに頷く。

 しかし、同情はすれどもシオンからは詰問を終わりにするという意思は一切感じられなかった。

 立て続けに飛んできたシオンの問いに女性は縫い合わせたかのように口を真一文字に結び、必死に首を横に振り始める。



 「言えない……! あの人に関わることを言ったら私たち……」


 「「えっ……?」」



 女性の言葉を遮るように、唐突にそれは起きた。

 俺たちの耳に、突如として聞き慣れないピピッという音が響き渡ったのだ。

 俺たちは皆、声を揃えて疑問符を頭上に踊らせる。



 「えっ……な、なんで!?」



 すると、響き渡ったその音は女性にとっても予想だにしていないものらしかった。

 女性は唐突に慌てふためき、首もとに剣を添えられた状態で取り押さえられていることも忘れ、何かに抵抗するようにもがき始める。

 響き渡った機械的な音は一度鳴り始めてからというもの、鳴り止む気配はなかった。



 「私、言ってない! 何も言ってないじゃない! お願い許して! 助けてよぉ!!」



 ピッ、ピッ、ピッと、間隔を開けながら幾度となく響き、時が経つに連れ、その音の間隔は徐々に短くなっていく。

 何か、嫌な予感がした。



 「……離れて!!」


 「「……ッ!」」



 すると、これまで雛鳥のように後ろを静かに付いて来ていたミアが、突如として切迫した様子で叫びを響かせる。

 俺とクレアはその言葉に体を反応させることはおろか、声を上げることすら出来なかった。

 ミアはクレアを庇うように地面に押し倒し、俺はそんなクレアと同じように、シオンの手によって地面に押し倒される。



 「うぉぁあッ!!!」



 そして、女性を押さえ込んでいたレンは彼女の胸ぐらを乱雑に掴み取ると、持てる力の全てを注ぎ、俺たちから遠ざかる方向へとその体を放り投げた。

 女性が宙を舞う間も機械的な音は絶えず鳴り続ける。



 「ぃゃ……ぃや……!」



 遠ざかっていく女性の表情はとても悲壮感に満ちていた。

 涙を滴らせ、助けを乞い願うように離れ行く俺たちへと手を伸ばす。

 しかしその瞬間、響き続けていた音は一際激しく、立て続けに響き渡り、



 「「「……ッ!?」」」



 そして、女性の体は一瞬の閃光と共に姿を消して、衝撃波が体を突き抜けるほどの巨大な爆発が巻き起こった。

 衝撃波によって幾つかの岩肌はバラバラと砕けて落ち、街道へと新たに小石が降り注ぐ。

 そんな音を耳にしながら、地に伏せていた俺たちは舞い上がった砂塵の中へと成す術もなく飲まれていった。

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