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男がか弱きこの世界で  作者: 水無月涼
四章 銀の鍵
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四章4話 再会の銀

 熱せられた鉄板の上で油が弾ける音が響き渡る。

 瞳には空腹を促す一枚肉のこんがりとした焼き目と、きつね色に染まった揚げ物が視界を彩り、そこから漂う食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐってくる。

 俺たちは三人揃って瞳を輝かせ、ヨダレは口内を満たさんほどに溢れ出して止まなかった。



 「それでは、ごゆっくりどうぞ」



 三者三様の料理を運んできた店員は頭を下げてそう一言を残すと、背を向けて立ち去っていく。

 ただ、その声も立ち去っていく足音も、今の俺たちの耳には届いてはいなかった。

 フォークやナイフを握り締めながら口に溢れる唾を飲み込む。

 一口大になるようナイフを入れ、透明に煌めく油を滴らせながらそれを持ち上げる。

 どこか緊張感のようなものがあった。

 俺たちは示し合わせたかのように息を揃え、持ち上げた一口を口へと運び入れる。



 「「「……!」」」



 口の中に衝撃が広がった。

 最初に感じたのは切り口から溢れ出した油の旨み。

 そして、次に襲い掛かったのは噛む度に溢れ出す旨みと肉が持つ甘さ。

 噛めば噛むほどに油が止めどなく溢れ出してくるが、そこにしつこさは無く、旨味を凝縮した水を流し込んでいるかのごとく、それは喉をサラサラと通り、口に含んだ全てを飲み込んだ瞬間、全身に多幸感が広がっていった。



 「「「旨い(おいしい)……!」」」



 俺たちの感想は一つしかなかった。

 皆が声を揃え、表情を輝かせ、今まで口にしたことがないほどの美味なる味に手は自然と次の一口へと動き始めていた。



 「へー、薬膳鶏の唐揚げにしたんだ。おいしそうだねー」


 「えっ……?」



 耳元で響いた唐突な声掛けに、俺は心臓を跳ねさせながら振り返る。



 「一口貰っても良い?」


 「……!」



 すると、あっけらかんとした口調で銀糸の髪を揺らす女性は俺にそう尋ねてきた。

 俺は言葉が口をついて出てこなかった。

 それは彼女のことをハッキリと覚えていたからだ。

 彼女の名前も、彼女が俺たちにしてくれたことも、彼女が置かれている今現在の境遇も。



 「断らないってことは良いんだよね? じゃ、いただきまーす!」



 すると、俺が愕然として言葉をなくしていたことを返事と捉え、俺の席の前にある皿へと彼女は躊躇いもなく手を伸ばす。

 そして、一つを指で摘まんで持ち上げると、それを口へと運び入れ、



 「ぅんまッ!!」



 一度噛み締めた瞬間、驚きを露に目を見開いて喜びの声を上げた。

 クレアは初めて会う人物のあまりの突飛な行動に唖然とし、それとは対照的にミアは瞳をパチパチとさせながら口だけはしきりに動かし続ける。



 「シオンさん、ちょっと……!」


 「おっ? なになに?」



 そんな中、俺はふと我に返り、シオンの手を取って席を外す。

 ミアも一つ貰うね。

 そんな声が聞こえたような気がしたが、今はそれに答えているような余裕はなかった。



 「こんな人目に付く場所で堂々としていて大丈夫なんですか……!? 通報とかされたらヤバイんじゃ……」



 二人に背を向け、周りに聞こえぬよう、声を抑えてシオンへと尋ねる。

 初めて出会った時から既にお尋ね者らしかったシオンは、今では一国に狙われているほどの大罪人だ。

 忍ぶこともなく真っ昼間から公然と出歩くのは身を危険に晒すも同然だった。



 「あっはっはっは! 優しいね、キミ」



 しかし、俺の心配を他所にシオンは声高らかに笑い飛ばす。



 「心配してくれてありがとう、でも大丈夫だよ。ボクに敵対的なのはこの国じゃない。ここは陸続きであの国とは隣国ではあるけれども、国と国との間には絶対に越えられない境界線がある。いくらボクを捕まえようと躍起になっていたとしても、国境を越えて軍隊を派遣するなんて、おいそれと出来るものじゃないからね」


 「あっ……そ、そうか」



 常に少なからず危険があることは確か。

 だが、人目を気にする必要がないほどに安全であることも確かなことだった。

 シオンの言葉でそれに気が付き、俺は心に溢れていた不安が瞬く間に消えていくのを感じる。



 「シオン、こんなところで何をしている?」



 するとその瞬間、どこか疑うような僅かに低い声音でレンの声が背中へと刺さる。

 その声に俺とシオンは同時に後ろへと振り返る。



 「まさか、何か良からぬことを起こす気ではないだろうな?」



 まるで悪戯っ子の反抗現場を目撃したと言わんばかりに、レンは物言いたげに目を細くする。



 「違う違う! 逆だよ逆! ボクが良からぬことを起こすんじゃなくて、良からぬことが起きているからボクがここに来てるんだよ」



 シオンは両手で制止を促すようにレンを止め、笑顔でそう問いに答える。

 一つ、聞き捨てならない言葉があった。

 俺の胸の内には言い知れぬ不安が過る。



 「良からぬこと……? どういうことだ、何が起きている?」



 レンはすぐさまその言葉に飛び付いた。

 敵意が消え去ったことを悟り、シオンは小さく息を吐いて肩の緊張を緩める。



 「どこで何が起きているか、詳しいことはまだわかってないよ。ただ、この街に入った時に、前には感じなかった凄く嫌な匂いを感じてね。絶賛調査中なんだよ……レンさん、気になるんでしょ?」


 「……否定はせん」



 心を見透かしたようなシオンの笑みに、レンは僅かに顔をしかめて同意する。

 やっぱり。

 そう言うように、シオンは一瞬クスリと笑みを浮かべる。

 しかし、そんな笑みはすぐさま掻き消し、真面目な顔付きとなってレンを見返す。



 「……まあ、手伝って欲しいだなんて無理にお願いはしないよ。でも、何か良い情報があったら教えて欲しいな。解決するまでは、お昼時にはここにいるからさ。それじゃ、ちょいとひとっ走りいってくるよ」



 そして、返事を聞くこともなく要求だけを告げたシオンはニカッとした笑みを残し、嵐のように瞬く間に店から去っていった。

 まるで、俺たちがここに留まることがわかっているかのような素振りだった。

 必死に頭を下げなくとも必ず手を貸してくれる。

 そう悟っているようだった。



 「……どこからあたりますか? レンさん」



 ただ、シオン同様に、俺も考えは同じたった。

 正義感の強いレンであれば、見過ごせないから力を貸してくれと、俺たち三人に頭を下げるような未来が容易に察することが出来る。

 シオンへと手を貸すかどうかの意向を確かめることなく、俺は笑みを以てレンへと問い掛ける。



 「……すまんな。また、迷惑を掛ける。取り敢えず、アリアに少し話を聞いてみよう。だが、その前にまずは腹ごしらえだ」


 「……! は、はい」


 (何だろう、今の……)



 返答を受け、俺はレンと共に元の席へと腰掛け、残る料理に再び手を付け始める。

 クレアもミアも、レンの願いに一切反対することはなく、これから先の行動はつつがなく決まった。

 すぐに、いつもと何も変わらない笑顔の光景が俺の視界に戻り始める。

 だが、俺の脳裏に映し出されるのは目の前にある光景ではなかった。

 問い掛けに答えた瞬間の、哀しげと侘しさに満ちた、とても儚いレンの笑顔だけが映し出されるばかりだった。

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