一章10話 背後に見える影
「続いての商品はこちら! 皆さんの大好物である初物! それも、何色にも染まる七歳児!! 傷一つない最良品質の商品となっております!」
司会者の演説と壇上に姿を見せた少年を目にして、オークションに集まった絢爛な衣装に身を包む貴婦人たちからは歓声が鳴り響く。
商品が子供であるということに色めき立つもの、壇上に立つ少年の怯えた表情で昂るもの、それらを関係なしにその顔立ちに心惹かれているもの。
意味合いは皆それぞれだったが、多くのものたちが七歳というあまりにも幼い少年に対して熱視線を注いでいた。
見知らぬ大人の視線を一身に集める少年は、今にも泣き出しそうなほどに表情を恐怖の色で染める。
「それでは、入札の方を始めて参りましょう! まずは銀貨一枚から!!」
しかし、そんな子供の感情などに寄り添うことなどなく、開幕の火蓋が切って落とされた瞬間、我が物にせんとする大人たちの醜悪な争いの声が勢いよく会場内に飛び交い始めた。
一人、また一人と牢屋から壇上へと連れ出され、その度に盛況する声を耳にしながら一人取り残された俺は、膝を抱えて座り、俯いて地面を眺めて時が過ぎていくのを待っていた。
「はぁ……相変わらず貴族って生き物は気持ち悪いわね。何で子供相手にあそこまで興奮できるのかしら? ホント、貴族って特殊性癖の持ち主が多くて好きになれないわ」
すると、耳には唐突に嫌悪を露にした独り言が響き渡る。
俺は近くから響き渡ったその声に顔を上げると、そこには牢屋の鉄格子のすぐ近くに立って壇上に視線を注ぐリゼの姿があった。
「……人を襲おうとしたやつが言うことかよ」
俺は汚いものから目を背けるようにすぐさま視線を下に落とし、思い出したくもない記憶を省みながら小さく呟く。
「……ちょっと、リゼとあの肥えたババアたちを一緒にしないでくれる? リゼのは誰しもが持つ責めっ気の延長みたいなもの。さすがに、あれとは一線を画してるわよ」
(やられる側からしたら、どいつもこいつも同じだ……人を買って弄ぶようなクズたちも、人を拐って道具なように売り付けるクズたち、も……全部…………)
「……!」
すると、リゼの耳にその呟きは届いていたようで、リゼは不服そうな声音で反論を訴える。
しかし、俺はそれに何らかの言葉を返しはせず、耳に届く音はオークションの競り合う声だけとなる。
(ちょっと、待ってよ……何で、こいつら、貴族と手紙でやり取りするほどの交流があるんだ……? そもそも、何で貴族たちは人拐いなんていう、まず関わり合うことなんてなさそうなやつらと、交流してるんだ? 貴族なんて市民たちからしたら、誰しもが知っているレベルの有名人みたいなものだろ……非人道的なことをしているやつらと関わっていることがバレたら、一瞬で街中、国中に噂は広がるし、そうなったら治安の維持をしている人たちから介入されてもおかしくない。何でこいつら、これまでそれが一切バレることなくこんなことを続けられているんだ? まさか……そんなことって…………)
俺は記憶の中に僅かに残るリゼたちの会話、そして今の現状を擦り合わせ、恐る恐る顔を上げながら未だ牢の前に立って壇上を眺めるリゼへと視線を注ぐ。
「……なあ」
「……! 何……?」
そして一言、小さく声を掛けると、リゼは一度驚きながらも振り返り、静かに疑問符を浮かべる。
「……一つ、聞きたいことがある」
「聞きたいこと……? 何かしら? 今日でもう会うこともなくなるし、リゼが答えられるものだったら答えて上げてもいいわよ」
そんなリゼへと要望を告げると、リゼはすんなりと了承を示し、改めて問いかけてくる。
俺はその返答を受け、呼吸を整えるように、一度小さな間を作る。
「……お前ら、本当に誘拐犯なのか?」
そして、言葉を短くまとめ、俺は端的に質問を投げ掛ける。
すると、リゼは全く理解できないといった様子で眉を中央に寄せて首を傾げる。
「……どういう意味?」
「……そのまんまの意味だよ。お前ら、本当にただの誘拐犯か? 今の俺には、お前たちが典型的な普通の誘拐犯には思えないんだよ……最初は、お前たちに対して何にも感じてはいなかった。ここから逃げ出すのに必死で、何にも見ていなかったからな……けど、もう逃げられないとわかって、ここまで連れて来られて、色々とおかしいと思ったんだ」
大きくはない声量で語る俺の話に、リゼは一切言葉を挟むことなく静かに耳を傾ける。
「……まず、この地下空間だ。かなりの広さがあるように感じる点については少し思うところはあるが、お前たちの根城に地下牢を作ること自体はまだ理解できる。後ろ暗いものを隠すためには必要不可欠と言っても良いからな……ただ、このオークション会場をお前たちが管理しているということと、こことあの地下牢を繋ぐ長い通路の存在は、どう考えても普通じゃない。ただの誘拐犯が所持しているような施設の大きさが越えている……そして、もう一つおかしいと思ったところが、お前たちが貴族に手紙でのやり取りをしていたということだ。今この場にどれだけの貴族が集まってるのかは知らないが、お前らみたいな身分違いの人間たちが、大勢の貴族と関わり合いを持てるなんておかしいだろう。だから、思ったんだよ……お前らは、本当にただの誘拐犯なのかって」
最後まで俺の言葉を静かに聞き続けていたリゼは、僅かな間の後にフッと笑みを見せる。
「あんた、結構良いカンしてるわね。その通りよ、私たちはただの誘拐犯とは少し違う。何せ、貴族が私たちの活動の支援をしてくれているんだからね」
「……は?」
そして、リゼは誇らし気な様子でハッキリとそう言ってのけた。
俺は自分の耳を疑い、疑問符を浮かべて固まる。
「まあ、そりゃ驚くわよね。貴族が犯罪を犯している連中に力を貸しているんだもの……でも、ビジネスの観点から見たらそんなに不思議なことじゃないのよ。私たちはオークションで貴族から金を巻き上げ、その一部を納める。支援者は私たちにこのオークション会場を用意して、それを開催する旨の手紙を多くの貴族へと届ける。その人からしたら、自分はほとんど動くことなく私たちから多くの金を受け取ることができるんだから、バレない限りは得しかないっていうわけよ……ちなみに、あの長い通路は支援者の屋敷の地下に作られたこの会場と、私たちの家の地下に作られた地下牢を繋ぐためにあれだけの長さになっているのよ。だって、貴族が夜な夜な身分違いの私たちの家に集まるのはおかしな話でしょ? ただ、どこか特定の施設っていうのも怪しさが増す……けど、貴族の家に貴族が集まるのはそこまで不思議なことじゃない。貴族同士が集まってパーティーを開いている、みたいな体を装えるからね……どうかしら? これであんたの疑問には応えられたかしら?」
「……何だよ、それ」
「……?」
「じゃあ、俺が頑張って逃げ出そうとしてたことは、無駄だったってことか……?」
「……まあ、そうなるわね。あの時はかなり焦ったけど、屋敷には常時誰かしらはいただろうし、モルダが捕まえていなくても結果は変わんなかったでしょうね」
リゼの回答を静かに聞き終えた俺は絶望に打ちひしがれてゆっくりと視線を床に落とす。
その最中、俺を見つめるリゼの表情には嘲笑うかのような小さな笑みが浮かんでいた。