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竜の盾

ドンドンドン!


家のドアが叩かれ、若い男の声が聞こえてきました。


「ごめんください!

竜騎士殿は、ご在宅でしょうか?」


朝食後の紅茶を楽しんでいた男が、しかめっ面を浮かべると玄関へ向い、ドアを開けます。


「もう傭兵は辞めている。

竜騎士なんて呼び方は、よしてくれ。

朝っぱらから何か用かい?」


家の外に、新品の鎧を身にまとった、一人の若い騎士が立っていました。


「失礼致しました、エリック殿。

本日は、お願いの儀が有り、お伺いさせて頂きました!」


エリックは、ポリポリと頭をかきます。


「まあ、こんなところで立ち話もなんだ。

中へ入ってくれ。

あと、その堅っ苦しい話し方は、よしてくれ。」


「はい! 了解しました!!」


騎士は、元気良く返事を返します。

エリックは、溜め息をつくとポリポリ頭をかくのでした…。


エリックは騎士を居間へ招きます。

テーブルに着いた騎士は、部屋の中をキョロキョロと興味深げに眺めていました。

エリックはティーカップに紅茶を注ぐと騎士に勧めます。

騎士は紅茶を一口すすると、思い出したように話し始めました。


「申し遅れました!

私は、傭兵部隊第二分隊長を任されておりましたアレスの息子、アトルと申します。

この度、私が傭兵になりたいと父に申し出たところ、エリック殿に会って『竜の盾』を借りて来いと命じられました。

どうか『竜の盾』を貸して頂けないでしょうか?」


エリックは、苦笑いを浮かべます。


「アトル…、だったね。

アレスは、俺の事を何と言っていた?」


「はい!

エリック殿は、傭兵部隊総隊長で、部下である父を何度も助けて下さった恩人だと。

また『何か困った事があれば、俺に言え。』と、おっしゃった事を今でも覚えており、今回私が伺った次第です。」


(5年以上前の話をされてもな…。)


エリックは、ポリポリと頭をかきます。


「アトル、君は『竜の盾』が、どう言うものか知っているのかい?」


「はい!

竜の鱗で作られた盾で、持っているだけで、全ての攻撃を防ぐ無敵の盾だと…。

エリック殿は、その盾の力で数々の戦功を上げられ、竜騎士と呼ばれるようになったと聞きました。」


エリックは、少し考えると立ち上がり隣の部屋へ行きました。

戻ってきたエリックの左手には盾が握られていました。

大きさと形は、まるでホームベースのようです。

表面は、真っ黒な羽で覆われていました。


「君の剣の腕が見たい。

外へ出てもらえるか?」


「お願いします!」


エリックの言葉にアトルは緊張した様子で答えました。


エリックの家は、広い草原の真ん中にポツンと建っている一軒家。

周囲を小高い木々に囲まれています。

家の外に出た2人は、数歩の距離で対峙しました。


「好きに切りかかってくれて良い。

遠慮は無用だ!」


エリックは、盾を構えるわけでも無く、棒立ち。

アトルは剣を上段に構えると大きく深呼吸しました。

そして、エリックに切りかかります。

と、振り下ろしたアトルの剣がエリックの頭上10cm程のところで止まりました。

アトルが剣を止めたのです。

てっきり盾で受けるものだと思っていたエリックが微動だにしなかったから…。


「どうした?

俺が持っているのは『竜の盾』だ。

どんな攻撃も防ぐ、気にせずかかってこい!」


しかしアトルは半信半疑、切りつけても大丈夫なのか悩んでいます。

エリックは笑顔を見せました。


「君は傭兵には向いていないようだ。

やめた方が良い。」


アトルは、ガックリと肩を落とします。


「父にもそう言われました…。

私は優しすぎると…。

どうしても傭兵になりたいと言うと、『竜の盾』を借りてくることが出来ればなっても良いと言ってくれました。

無敵の盾が有れば、戦場で死ぬ事も無いだろうと…。」


エリックは、ポリポリと頭をかきます。


「一度、家へ戻ろうか?」


そう言って、エリックがアトルに背を向けた瞬間…。


ヒュン!


アトルの背後から飛んで来た矢がエリックを襲います。

気付いたアトルが叫びます。


「エリック! 避けて!!」


が、間に合うわけも無く矢はエリックの背中に…。

しかし矢は刺さる事無く、ポトリと地面に落ちました。

木の陰から弓を構えた騎士が現れます。


「『竜の盾』の力、確かに見せてもらった!

我が君が『竜の盾』をご所望だ。

おとなしく渡してもらおう!!」


エリックは、矢を拾い上げるとアトルに問います。


「アトル、あの騎士は君の知り合いか?」


アトルは、いいえと首を横に振りました。

エリックは、騎士に向かって叫びます。


「おーい! そこの君!!

金貨50枚で、この盾を譲っても良いぞ!!」


騎士とアトルは驚きの顔を見せます。

エリックは、アトルに指示します。


「アトル、君は家の中に入っていなさい。」


アトルは、何か考えがあるのだなと思い、黙って頷くと家へ向います…。

その間に騎士が近付いて来ました。


「どう言うつもりだ…。」


騎士の問いにエリックが、ポリポリと頭をかきながら答えます。


「今まで何人もの人間が『竜の盾』を奪いに来た。

そいつら全員倒してきたんだが、傭兵を辞めて5年…。

もう、そんな生活に疲れたんだよ。

俺は盾を手放したいんだ。」


「分かった!

金貨50枚で、盾を買わせて頂く。」


騎士は、ニヤリと笑いました。

エリックは言葉を続けます。


「以前にも、売った事がある。

そいつは、金貨39枚しか持っていなかった。

俺が金を数えていると襲い掛かってきてね。

盾の力で反撃されないのを良い事に金を奪おうとしたんだ。

だから最初に金貨50枚確認させてもらうよ。」


騎士は苦虫を噛み潰したような表情。

どうやら同じ事を考えていたようです。

と、騎士が疑問を覚えます。


「ちょっと待て、そいつを倒す事は出来ない…。

だったら、盾がここにある筈が無い!」


「金貨50枚確認させてくれたら、どう言う事か教えるよ。」


「お前が盾の力で、俺を襲わない保障がどこにある!」


「襲うんなら、とっくに襲ってる。」


騎士は、少し考えると正直に言いました。


「金貨は25枚しか持ち合わせていない…。」


エリックは呆れ顔を見せ、大きく溜め息をつきました。


「じゃあ、足りない分は、その弓と矢、剣と鎧で良いよ。」


騎士は条件を呑みました。

エリックは騎士が鎧を脱いでいる間、無敵の盾の弱点を話します。


「俺の家の周りには、落とし穴が掘ってある。

盾があっても、落とし穴には落ちるんだよ。

あとは蓋をして、放っておくだけで餓死すると言う訳だ。」


騎士は、なるほどと何度も頷いていました。

騎士が鎧を脱ぎ終わりました。

エリックは盾を渡します。


「じゃ、契約成立だな。

このまま、真っ直ぐ帰って貰えると俺も安心できるんだが…。」


「そうですね。

ここで襲っても、まだ何かありそうな気がします…。

退散させてもらいますよ。」


騎士は、盾を受け取ると落とし穴を警戒しながら来た道を戻って行きました。

しばらくして、ヒヒーンと馬のいななきが聞こえてきました。

騎士が隠していた馬に乗り、去って行ったようです。

エリックは、金貨と武器と鎧を持って家へ戻ります。


「エリック殿!

どう言う事ですか!?」


家の窓から見ていたアトルが問います。

エリックはテーブルに着くと、すっかり冷めてしまった紅茶を入れなおしました。


「貸すと売るとを天秤にかけて、売った方が良いと判断しただけだよ。

君が金貨50枚も持っているとは思えなかったしね。」


アトルは、ぐうの音も出ません。


「で、傭兵になるのかい?」


エリックの問いに、アトルは首を横に振ります。


「一つ質問して良いですか?

あなたは、なぜ傭兵を辞めたのですか?

『竜の盾』があれば、まだまだ活躍出来た筈なのに?」


エリックは苦い顔を見せます。


「戦いが終って、部隊は解散…。

次の戦の時、また召集されるわけだが、それまでの間、他国の戦場で稼ぐ者も多い。

が、俺は傭兵部隊の総隊長だったんで、王国と専属契約を結んでいたんだ。

思うに『竜の盾』の力を他国に渡したくなかったからだと思うけどね。

ある日、軍議を開くから参加してくれと、王国から召集がかかった。

で、その軍議の席で出された紅茶に毒が仕込まれていたんだ。」


「えっ!?

何で、味方のエリック殿を…?」


「竜の盾が欲しかったんだろう。

前々から譲ってくれと、しつこく言って来てたしな。

毒なら殺せると思ったみたいだが、カップを傾けた時、口元へ向かってくる紅茶を盾が毒攻撃と認識してくれてね。

紅茶が口へ入って来なかったんだよ。

その事に気付いた俺は、とっさにカップを口元から離し、紅茶をこぼして具合が悪くなったふりをした。

今思うとカップを手にした時、周りの連中がニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていたな。

が、いつまで経っても死なない事に連中は、驚いたようで…。

多分、毒が弱かったとでも考えたんだろう。

そ知らぬ振りして、大丈夫か?と声をかけてきやがった。

俺は、調子が悪くなったと、軍議を抜け出し、そのままドロンしたって分けさ。」


「その後、王国からは何も言って来なかったのですか?」


「俺が傭兵を辞めると言ったら、竜の盾を譲ってくれと何度も遣って来た。

盾は主を選ぶから譲っても使えないぞと言ったんだが、それでも欲しいと言うものだからね。

金貨1000枚で売ったよ。

案の定、盾は使い物にならなかったみたいだけどね。」


「えっ!? じゃあ先程の騎士の盾は…?」


「たまに来るんだよ

王国に盾を売った事を知らない奴が…。」


「???」


アトルは首を傾げました。

エリックは、笑みを浮かべます。


「王国の連中は嫌いだが、君のお父さんとは、仲間だと思っている。

そいつの頼みだから聞いてやりたかったが、傭兵になる気がないのなら、この話は終りだな。」


(もう『竜の盾』が無いのに…?)


と、アトルは色々と疑問に思いましたが、それ以上質問はしませんでした。

アトルは、丁重に礼を言うとエリックの家を出て行きました。

その姿を見送ったエリックは、手に入れた武器と鎧を持って隣の部屋へ行きます。

部屋には、沢山の武器と鎧が無造作に置かれていました。

その一角に真っ黒な羽で覆われた十数枚の盾が…。


エリックは、盾を手にすると、ニヤリと笑うのでした……。



エリックが傭兵になりたての頃、子供の黒竜がクマの罠にかかっているのを見つけました。

罠は食べ物を取ると檻が閉まる仕掛け。

竜は初めて見る罠に興味を持って入ってしまったようです。

エリックは竜を助けました。

竜は、お辞儀をすると鱗を一枚咥え、エリックに渡します。


『ありがとう。

礼として、この鱗を受け取って欲しい。』


エリックは、鱗を受け取ります。

真っ黒な鱗は、手のひらに収まる大きさ。

光を受けると虹色に輝きます。


(何て美しいんだ!)


エリックは、鱗に見とれます。


『その鱗を身に着けていれば、災いを防ぐ事が出来る。

と言っても、罠にかかった私の言葉では、説得力がないか?』


竜の言葉にエリックは笑いました。


「いや、信じるよ。

ただクマの檻には注意するけど。」


エリックの言葉に竜は笑います。


『竜の鱗は、全ての攻撃を防ぐ無敵の盾だ。

戦において剣や矢が、お前に届く事は無い。』


「盾と呼ぶには小さすぎないか?」


『成竜の鱗なら、丁度良い大きさだったのだがな…。

なに、小さくても効果は同じだ。

身に着けるだけで良いから、小さい方が邪魔にならないだろう。』


「確かに・・・。」


と、エリックは頷きます。


『では、さらばだ!』


竜は、飛び去りました。

エリックは、足元の小石を拾い上げると頭上に投げ上げます。

数秒後、落ちてきた石が、エリックを避けるように曲がりました。


(なるほど、もう盾は必要ないと言う事か…。

しかし盾が無いとカッコつかないな…。

そうだ!

強度を気にしなくていいんだから、軽くてカッコ良い盾を作ろう。

牛の皮に鳥の羽を付けて漆で固めて…。)


こうして作った盾を『竜の盾』と名付けたエリックは、竜騎士と呼ばれ戦場で目まぐるしい活躍をみせます。

その胸元には、真っ黒な鱗のネックレスが、隠されているのでした……。

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