5 人見知りな彼女
「それでどうしてあんなことをしたのかな」
白崎さんと話すとほぼ無意識で口調が柔らかくなってしまう。強い口調にして、泣かせたら悪いのでこの口調でしばらくはいこう。
白崎さんは人と目を合わせるのが苦手のようで部屋に入った瞬間以来一度も目が合っていない。
「......ええと。......私、友達が一人もいなくて......それで桐谷君がエッチなところから出てくるのを写真を撮って......」
白崎さんは文章の繋げ方が上手くはないらしい。
「どうして友達がいないが俺の写真を撮ったことに繋がるの?」
俺が責めていると思ったのか白崎さんは何度も頭を下げる。
「すいませんすいませんすいません......」
「大丈夫だから全然怒ってないから。その間のところを教えてください」
傷つけんとするあまりとうとう敬語になってしまったが、変に刺激するよりはマシか。
「......桐谷君は色んな人と仲が良くて話しやすそうだったから」
うん。まだ分からない。今度は催促しなくても話を続けた。
「……何とか話してみたかったんだけどきっかけもないし、話す話題も無くて……そしたら昨日……そのエッチなところから出てくる桐谷君を見かけて」
端的に言えば俺と話したかったけど話すきっかけもないため、写真で脅すという強硬手段を取ったということではないだろうか。問題は山積みだが話すきっかけにはなる。
「確かに話すきっかけにはなるか」
「お、おかしいのは分かっています。ただどうしても思いつかなくて」
「てことは俺と話すためにあの写真を撮ったってこと?」
「話したいんじゃなくて……」
白崎さんは俺と目を合わせていう。その言葉が彼女に多分の緊張を与えるものだということは白崎さんを見れば分かる。
「私の友達になってくれませんか」
「いいけど」
俺の人生を壊しかねない爆弾を持ってたんだ。とんでもない要求が来ると思っていた分拍子抜けしてしまった。俺の肩透かしを食らったような面持ちとは裏腹に白崎さんはかなり驚いていた。
「えぇー!本当に良いんですか!?」
「当たり前じゃん。いやてっきり今後の人生捧げるくらいのでかい要求が来ると思ってたからホッとした」
俺は笑っていう。
「人生捧げるって……そんなこと言うわけないじゃないですか」
「いやでも本当にあの写真は人生壊すレベルで……あの信じてくれるか分からないけどあのDVD俺が借りたわけじゃないよ」
急に思い出しダメ元で弁明する。
「そうだったんですか!?」
「あの時俺と一緒に大人の人と高校生がいたでしょ」
「はい。いました」
「その高校生が借りてきてっていうから借りただけだから。本当に!」
念を押して説得する。まあ普通だったら信じないだろうが言わずにはいられない。
「信じます。私も桐谷君が年上の方が好きだとは思ってません」
ズレた返しだがまあ信じてくれたかもしれない。
「なんかズレてる気がするけどまあいいか。早速だけど白崎さんは何か好きなこととかあるの?」
まずは相手のことを知るべきだ。白崎さんは話し下手なようだし、俺が話しかけるべきだ。
「え!好きなことですか」
「うん。何でも」
しばらくの空白の後で白崎さんは言った。
「……本を読むのが好きです」
俺も俺の周りもあまり本は読まない。漫画も入れていいなら別だが。
「どんなジャンルが好きなの?ファンタジーとかサスペンスとか色々あるけど」
「基本何でも読むんですけど一番は推理小説ですかね」
「へぇー。アガサクリスティーとか?」
アガサクリスティーという言葉に反応したのか少しテンションが上がった様子で顔を前に出してくる。
普段は隠れている両眼が少しだけ顔を覗かせる。綺麗で大きな眼ときつすぎない柑橘系のいい匂いがした。
「いいですよねアガサクリスティー!オリエント急行も面白いですし、そして誰もいなくなったもゾクゾクするし、ねじれた家も……」
白崎さんはようやく距離が近いことに気づいたのか姿勢を直し、謝罪する。
「すいませんすいません。つい調子に乗ってしまって」
言うべきか言わないべきか迷ったが俺は覚悟を決めて言う。
「そんなに謝らないでよ」
白崎さんの顔が凍りつく。きっと謝罪という行為は白崎さんにとって一種の防御壁で俺は今それに剣を突き立てているようなものなのだろう。でも俺の思う友人は頻繁に謝ることはない。
「今日会って俺一回もイラっとなんかしてないし、謝ってほしいなんて思ってない。いや、まあ写真の件はちょっとあれだったけど。俺はイラっとしたらちゃんと怒るから。友達なんだろ。そんなに謝らないでよ」
すぐに言いすぎたと気づいた。謝ろうとすると彼女の頰を涙が伝う。
完全にやらかした。俺が全力で頭を下げようとすると白崎さんがいう。
「うん。そうする」
俺は髪の毛で隠れた白崎さんの素顔を初めて見た。風によって髪の毛が舞い上がり、大きな瞳やスラッとした鼻、整った輪郭が同時に目に入る。
俺は思わず言葉を失った。