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やっぱり気弱な白崎さん  作者: 君野旬
3/6

3 潜入大人の国

 大人の国の門が見えたところで突然俺は考えた。いや考えてしまった。


 なぜ、俺は今ここにいるんだと。感謝からくる使命感と緊張や罪悪感がせめぎ合う。


 実際、俺の友達にもこの門をくぐった人は何人かいるし、誰もしょっぴかれてなどいない。でもあいつらの冒険は大人の国に入って出た時点で完結した。


 だが俺の場合は違う。ここから指定のものを調達し、それを店員に渡すという難関が待ち受けている。こんな難関を田中は乗り越えてきたのか。いや、田中は結局捕まってるから乗り越えてはいない。


 それに田中は恐怖心とか常識が通用しない。お化け屋敷に入った時はいつのまにかいなくなって最後は何故かフランケンシュタインのメイクをしてスタッフといっしょに脅かしてきたくらいだ。


 でも田中は俺がずっと見つけられなかったものを探し当ててくれたんだ。行くしかない。


 俺は意を決して門をくぐった。




 十分後。一通り物色を済ました後、俺は目的の肌色DVDを持って大人の国を出た。


 そして緊張と罪悪感を感じながらレジに向かうと、途中で知らないスーツを着たおじさんと楽しそうに話すマサが目の前から歩いてくる。


「あっ。タクもういいよ」


「何が?」


 その時、俺はいきなりおじさんに右手を両手で握りしめられた。

「君が桐谷君だね」


 田中といるといつもこうだ。ほぼ毎回何かしらのイレギュラーに見舞われる。

 大人の国云々は自分で勝手にしていることだから何でもないが見ず知らずのおじさんに手を握られるこの状況はどう考えてもイレギュラーだ。


「そうですけど。てゆうか手離してください!」


 おじさんの空気に飲み込まれそうになったがなんとか声を出すと、おじさんはすぐに手を離した。


「すまない。私としたことがつい興奮してしまった」


 年齢は恐らく30代後半くらいだろう。髪もしっかりと整えられていてしっかりと見てもやっぱり清潔感のある紳士だ。


「田中、この人は?」


「さっき友達になった紳士さんだよ」


 さっきの距離感から知り合いだと思っていたが初対面であそこまで距離を詰められる田中を素直に凄いと思った。


「はっはっは。少し女優談義に花を咲かせてしまってね」


「どっちがどうゆう経緯で声をかけたんだ?」

 田中に聞く。


「僕だよ。棚橋さんからは同士の匂いがしたんだ」


 隣の紳士の名前を知ると同時に俺は二人の出会いについて知るのは後にすることにして適当に返した。


「へぇーそうなんだ」


「桐谷君。今すぐそれを私に渡しなさい」


 棚橋さんはきっと馬鹿なことをしようとした俺たちを止めようとして来てくれたんだろう。俺は棚橋さんの真剣な顔を見てDVDを渡す。


「よし。じゃあ行こうか」

 そう言って棚橋さんは反転、大人の国とは真逆の方に歩き出したので俺は慌てて止めた。


「ちょっと待ってください。俺たちを注意しに来たんじゃないんですか?」


「注意?そんなことするわけないじゃないか」


「じゃあ何を?」


「僕も昔は君達のように欲に純粋な少年でね。何度もDVDを借りて何度も注意を受けた。だからこそ君達には同じ轍を踏んで欲しくないんだ」


 棚橋さんは戻れない過去に想いを馳せているのだろうか、一瞬だけ儚い表情を見せた。


 最大の難関は棚橋さんによっていとも簡単に打ち破られた。俺の葛藤や緊張は無駄になってしまったわけだが借りられなくて注意を受けるのもみっともないのでこれで良かったのだろう。



「ありがとうございました。棚橋さんがいてくれて助かりました」


 高校生二人と紳士一人が並んでAVを借りに来るのは奇異な光景だったのか店員さんは俺たち3人を合計で10度見ほどしていた。もしかしたら店員さんは俺たちが家族でAVを借りに来た変人一家と思ったのかもしれない。


 俺はレジで見た値段ぴったりの硬貨を財布から取り出す。


「僕が払うよ」


「いや、田中は冷や冷やアイス見つけてきてくれただろ。これくらいは俺に払わせてくれよ」


 棚橋さんにお金を渡そうとするといきなり棚橋さんが感極まった様子でいう。

「君達には感動した!ここは私に払わせてもらおう。なあにお金には少しも困っていない。あまりあるくらいだから気にしないでくれ」


「いやそれは」

 今知り合った人にAVを借りさせあまつさえその代金すら払わせようとするのは如何なものか。


「未来ある若者への出資だと思ってくれ。では失礼する」


 棚橋さんは俺にDVDを渡すと男の俺でもドキッとするようなダンディな笑みを浮かべて優雅に去っていった。


「今度こそどうやってあの人と知り合ったのか、ちゃんと教えてくれ」


「ちゃんとって言われてもなー。普通にAVを借りようとする同士だと思ったから声かけただけだよ」


 まずどうして棚橋さんがAVを借りようとしているのが分かったのか。だいたい同士ならなんで声を掛けるのか。田中は『理解不能』だ。考えるだけ無駄か。


「分かった。じゃあもう帰ろう。ウチ寄ってくんだろ」


「ではお言葉に甘えて」


「棚橋さんの真似してるだろ」


「分かった?」


「あのキャラは棚橋さんだから出来るんだぞ」



 その日の夕飯は田中とマックだった。

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