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第9話 元奴隷は己を省みる

 俺は夜の荒野を歩く。

 前進するほどに、身体が鈍い痛みを訴えた。

 緑髪の風を食らった際に負った傷である。

 俺は両腕を交互に確かめる。

 痣に沿って抉れている箇所があった。

 焼けて傷が塞がっているが、そこから血が滲んでいる。


(動いたせいで傷が広がった気がする……)


 俺は深いため息を吐く。

 気が緩んで倒れそうになるも、なんとか体勢を持ち直した。


 油断すると気絶しそうだった。

 しかし今までの経験上、死ぬことはない。

 炎の加護は、生命力を大幅に強化している。

 よほどの致命傷でも、安静にすれば生き延びることができる。


 やがて俺は岩山の麓に到着した。

 そこではリータが酒を飲んでいた。

 彼女は顔をほんのりと赤く染め、優雅に微笑んでいる。


 俺は彼女に詰め寄る。


「おい、どういうことだ」


「何のことかしら」


 リータは涼しい顔でとぼける。

 彼女は俺の言いたいことを正確に理解している。

 その上でわざとらしい態度を取っているのだ。


 俺は怫然とした顔を隠さず、彼女への追及を進めていく。


「風の使徒のことだ。あんたは気付いていたんだろ」


「もちろん。だから警告はしたでしょう?」


「確かにそうだが……」


 俺は苦い表情で唸る。

 反論の言葉が浮かばなかった。


 確かにリータは、俺に警告をした。

 それを軽んじて攻撃を仕掛けたのは俺である。

 彼女に落ち度はなかった。


 一方、リータは嬉しそうに拍手をする。


「それにしてもすごいじゃない。風の使徒を圧倒するなんて予想外だったわ」


「……あんたの予想では、どうなっていたんだ」


「満身創痍になりながらも辛勝、といった具合かしら。最悪、死んじゃうかもとも思ってたわね」


 リータは平然と返してきた。

 まるで世間話のような口調であるが、冗談ではない。

 彼女は本気で言っているのだ。


 沈黙の中、リータは少し真面目な表情になった。

 そして俺の胸に指を添える。


「最近、ちょっと気が抜けてたでしょ。どんな戦いでも負けることがないから、考えが甘くなっていたわ」


「それ、は……」


 俺はさらに言葉に詰まる。

 リータの指摘する通りだった。


 俺は戦う前から勝利を確信していた。

 相手の戦力を確かめず、嗜虐心に従って攻撃を仕掛けたのだ。

 間違っているのは俺の方である。

 こうして諭されると、如何に自分が駄目だったのかよく分かった。


 リータは納得げに何度も頷いてみせる。


「うんうん、気持ちは分かるの。それはしょうがないことだから。圧倒的な力で憎い相手を叩き潰す。それは恐ろしいくらいに爽快なのよ」


「………」


「歴代の炎の使徒がそうだったわ。復讐に固執して自我を失うか、強大な力に慢心して破滅するの。個人で世界を変えられる存在になったのに、あっけなく命を落としてしまう。それはそれで愉快だったわぁ」


 リータは歌うように語る。

 その瞳は深い喜びに潤んでいた。


「私はあなたに加護を授けたけど、別にお母さんじゃないのよね。私が楽しむために助けてあげるだけよ。そこを忘れないでね?」


「……ああ、分かった。だが、一つだけ言っておく」


「どうしたの?」


 リータに問われた俺は、小さく呼吸する。

 告げるべき言葉は決まっていた。

 この二年間、揺らいだことがない。

 拳を握った俺は、彼女に向けて言い放つ。


「――世界を塗り替えるまで、俺は絶対に死なない。エルフ共を打ち倒して、人間の誇りを取り戻してみせる」


「今までの使徒もそうやって宣言して死んでいったわ。志半ばでね。あなたはそうならない自信があるの?」


「自信はよく分からないが、そうならないように努力する。頑張って生き足掻いてみせるさ」


「ふーん……」


 リータは間近で俺の目を見つめてくる。

 そこにはあらゆる感情が窺えなかった。

 紫色の双眸は、炎のようにくゆる輝きを帯びている。

 視線を外したリータは、顔を離して笑った。


「ふふ、悪くない答えね。根拠もなく断言するよりずっといいわぁ」


「…………」


「アレク。あなたは他の使徒より長生きしているわ。無謀で慢心してるところもあるけど、気を付ければ目的もやり遂げられるんじゃないかしら」


 すいと距離を詰めてきたリータは、俺の頬に手を当てた。

 炎の女神とは思えないほどひんやりとしている。

 そこには確かな優しさがあった。


「……っ」


 驚いた俺は、身を固めて彼女の顔を見返す。

 リータはぱちりと片目を閉じた。


「応援してるわ。これからも楽しい人生を見せてね?」


「……ああ、期待に応えてみせるよ」


 ここまでされると、もはや言うことなんてなかった。

 どうやら彼女には勝てないらしい。

 肩をすくめた俺は、我慢できずに苦笑した。

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