第8話 元奴隷は風の使徒を追い詰める
俺は地面を蹴り、燃える拳で緑髪に殴りかかった。
何はともあれこうするしかない。
あの冷徹で余裕ぶった顔を燃やさなければ、俺の気が済まなかった。
対する緑髪は、浮かび上がって後退する。
風で自分の身体を運んだのだ。
彼女は距離を取りながら空気の塊を打ち込んでくる。
「チッ……」
俺は接近を中断して腕を交差し、足腰に力を入れて踏ん張った。
そこで空気の塊がぶつかってくる。
腕の骨が軋むも、折れることはない。
事前に分かっていれば、吹き飛ばされることもなかった。
「うおおおおおあああああああっ」
俺は攻撃の合間を狙い、強引に突進を行った。
両手から噴き出した炎によって動きを加速させる。
「……っ」
俺の急接近を目にした緑髪は、不機嫌そうに眉を寄せた。
彼女は頭上へと舞い上がって夜空を陣取る。
下りてくる気配はない。
エルフというやつは、とことん見下すのが好きらしい。
(頑なに近接戦闘を拒んでいるな。今の間合いだと都合がいいらしい)
俺は緑髪の行動から推測する。
おそらく彼女は、魔術と加護による遠距離攻撃が得意なのだろう。
今までの攻撃の練度や発動速度を見てもそれは明らかだ。
馬鹿正直に対抗すれば、粗が出るのは俺の方に違いなかった。
一方で肉弾戦が苦手と見える。
さらに俺の炎が、緑髪の風をぶち抜けることが判明した。
だから余計に近付きたくないのだろう。
(――それならば、徹底して嫌がらせをするまでだ)
俺は炎で空を飛ぶと、腕を緑髪に向ける。
指先に集束させた炎の矢を発射した。
竜すら一撃必殺で仕留める威力を持ち、回避は難しい速度を誇る攻撃だ。
堪らず緑髪は風の防御を使った。
目を凝らせば、何重にも張っている。
炎の矢はそれらを次々と打ち抜いていく。
緑髪はそれでも諦めず、風の防御を継ぎ足していった。
最終的に炎の矢は、彼女のすぐそばを通過する。
なんとか軌道を逸らすことに成功したのだ。
命中してくれれば嬉しかったが、さすがにそこまで甘くはなかった。
「…………、……っ」
緑髪は肩で息をしていた。
それなりの消耗があるようだ。
加護の扱いに慣れていない。
授けられてからの日が浅いようだった。
おそらくは最低限の運用を覚えて、すぐさま隠れ村の襲撃を実行したのだと思う。
冷徹な見た目に反して、気が短いのかもしれない。
(加護の扱いに関しても、俺の方が優れている)
有利な点が分かるだけ儲けものだ。
そこを活かす形で戦いを進めていけばいい。
緑髪は遠目にも苛立っているのが分かった。
彼女は両手を大きく振るう。
すると、荒野の砂が舞い上がり、あちこちに竜巻が発生した。
俺を囲うようにして迫ってくる。
普通のエルフでも、工夫すれば竜巻を発生させられるが、緑髪の生み出したそれは規模が数倍だ。
さらに複数を同時に発動している。
ここに来て力の温存を放棄したらしい。
全力で俺を殺そうとしていた。
(――いいだろう。こっちも全力だ)
俺は憎悪を昂らせる。
体内で膨れ上がる炎を知覚した。
激情を理性で抑え込み、力だけを一気に解放する。
周囲に向けて放った炎は、竜巻と混ざって赤い暴風と化した。
焼けそうな熱風を振り乱しながら荒野の上を暴走し始める。
意識を向けるも、赤い暴風は操れない。
二つの加護が衝突して、互いの管理下から外れているようだ。
炎を纏った竜巻は、やがて破裂した。
それと同時に、熱風の刃を辺りに撒き散らす。
一部が俺の身体に命中する。
脇腹や手足から血が迸るも、傷口は焼けて塞がった。
大した怪我ではない。
灼熱も俺には効かず、加護のおかげで傷の治りも早い。
しっかりと食って寝れば完治するだろう。
一方で緑髪は重傷を負っていた。
風の加護を持つ彼女には、竜巻の衝撃自体は効かない。
しかし熱風を浴びたことで、半身が焼け爛れていた。
苦しそうに顔を歪めている。
「いいじゃないか。お似合いの顔だぜ」
軽口を飛ばすと、緑髪は竜巻を叩き付けてきた。
俺は炎の飛行で回避する。
再び目を向けると、緑髪が忽然と消えていた。
彼方を見れば、急速に離れる彼女の姿を発見する。
風による全力の加速だ。
あれではとても追いつけない。
敗北を悟って逃走したらしい。
彼女の誇りからすれば許されないことだが、命を優先したのである。
緑髪は風の使徒だ。
エルフという種族全体のためにも、簡単に死ぬわけにはいかない。
それを分かっていたからこそ、彼女は逃げたのだ。
「ふう」
俺は地上に着地して全身の炎を解除した。
額の汗を拭う。
(なんとか撃退できたな……)
結果的に追い返すことができたが、今の戦いは危険だった。
まさか相手も同格の加護を持っているとは思わなかった。
今後の戦いでも油断できない。
俺の力を完全に超えたエルフが出てくる可能性もあった。
――世界への反逆は、そう上手くはいかないようだ。