第7話 元奴隷は憎しみを糧に燃え上がる
「風の使徒、だと……」
俺は呟く。
対する緑髪のエルフが頷いた。
「はい。先日、風の女神から加護を授けられました。不遜なる炎の魔人を抹殺するように、とのことです」
告げられた言葉は、安易に否定できるものではなかった。
心当たりがあったのだ。
俺自身、エルフに反逆するために力を得た。
リータと契約したのである。
そしてこの二年間、エルフは炎に脅かされる日々を送ってきた。
一方的に虐殺される状況に見かねた風の女神が、目の前の女に加護を授けたとしてもおかしくない。
立場は反転しているものの、経緯は似ていた。
「我々エルフも、あなたが目障りでしたので好都合でした。ようやく対抗手段を得た形ですね」
緑髪は淡々と述べる。
それがさも当然といった口ぶりだった。
俺のことをまるで敵として見ていない。
勝利を疑っていなかった。
胸の奥底で憎しみが燻るのを感じながら、俺は緑髪に問いかける。
「思い上がるなよ。あんなそよ風で俺を殺すつもりか?」
「実際に試して見せましょう」
緑髪は両手を構える。
彼女の周りで空気の擦れる音がした。
風が渦巻いている。
他のエルフ達も、士気を上げていた。
俺に恐怖する者はいない。
残虐な眼差しでこちらを睨んでいた。
「……ハハッ」
劣勢を悟りながらも、俺は片腕に炎を集中させる。
それをエルフ達に向けて放出した。
炎は彼らの目の前で拡散する。
風の障壁に受け流されたのだ。
通常の魔術なら苦も無く貫けるはずだが、そうはならなかった。
「確かにあなたの炎は凄まじい。並みのエルフの魔術では歯が立ちません。純粋な力勝負なら、私も決して敵わないでしょう」
緑髪はそう述べながら風の刃を飛ばしてくる。
俺は炎の壁を前面に展開する。
壁を突き破った刃が、身体を浅く切り付けてきた。
僅かな痛みを伴って血が飛んだ。
「くっ……」
俺は炎の勢いを強める。
風の刃は、それに合わせて貫通力を高めてきた。
この期に及んで手加減されている。
その事実に怒りが込み上げるも、身体への傷は増えていく。
やがて強力な風が飛んできた。
空気の塊だ。
巨人に蹴飛ばされたような衝撃と共に、俺は荒野を吹き飛んで転がる。
「……ッ」
立ち上がろうとして血を吐いた。
咳き込んで息ができない。
ぐらぐらと揺れる視界には、微かにエルフ達の姿が映っていた。
「ですが私には魔術があります。そこに加護を合わせた時の相乗効果は、あなたの炎をも凌駕する。お分かりいただけましたか」
「…………」
俺は無言で立ち上がる。
深呼吸で息を整え、奥歯を噛み締めてエルフ達を睨み付けた。
何人かが怯える気配をさせた。
それでも情けない姿は見せない。
風の使徒という心強い味方がいるからだろう。
「無駄な抵抗をやめれば、楽に死なせてあげましょう。あなたの傘下にいるヒューマン達も殺しはしません。元の奴隷生活に戻っていただきますが、命だけは保証します」
緑髪は辺りに風を吹かせた。
地面が切り刻まれるのを目にする。
竜のブレスを超える威力だ。
それを片手間に連発できるらしい。
「如何でしょう。諦める気になりましたか」
緑髪は念押しの確認をしてくる。
だから俺は、舌を出して啖呵を切ってやった。
「――誰が諦めるかよ。お前らは皆殺しだ」
「そうですか。残念です」
緑髪は特に表情も変えずに言う。
彼女を中心に風が吹き荒れる。
他のエルフ達が後ずさった。
最大威力で俺を殺すつもりのようだ。
こちらの防御も丸ごとを破壊する勢いである。
(どこまでも神経を逆撫でしてくる女だ)
思えばエルフはずっとこうだった。
俺が奴隷だった時から変わらない。
それどころか、俺が生まれてくる前も同じだったのだろう。
リータの話によれば、炎の使徒は過去に何人も現れている。
その数だけエルフの支配に抵抗してきたのだ。
「はぁぁ……ッ!」
俺は叫びながら炎を噴き上がらせる。
全身を巡る痣が熱を帯びる。
皮膚が燃えてめくれ上がっていった。
焦げた身体が黒く染まる。
衝動が落ち着いた時には、俺の身体は炎を纏っていた。
この状態も久々だった。
消耗が激しいため、普段はほとんど全開にしないのだ。
部分的に炎を使うくらいである。
ただ、最も強力な形態であるのは確かだった。
風の使徒に立ち向かうにはちょうどいい。
「…………」
緑髪が沈黙する。
その表情に陰りが覗いていた。
双眸に明確な憎しみを感じる。
「どうした? そんなに遠慮するなよ」
俺は両手を広げておどけてみせた。
エルフ達は誰も喋らない。
俺が歩んだ分だけ、彼らは慌てて後退する始末だった。
その光景を嘲笑いつつ、漲る殺意に任せて構えを取る。
「――来ないのなら、こっちから仕掛けてやる」
俺は炎を噴き上げて突進する。
すぐさま風の刃が迫ってきた。
俺は無視して接近を強行する。
肉体が切り付けられるも、所詮はその程度だった。
少し痛むくらいで、切断に至るほどではない。
炎が風を押し退けているのだ。
「オラァ!」
両手を振るって炎を飛ばした。
炎のの絨毯は、荒野を舐めるようにして這い進む。
緑髪は風の防御を行使した。
彼女はなんとか受け流すも、背後にいたエルフ達に炎が直撃した。
受け流された分を浴びてしまったのだ。
風の防御が不十分だった。
炎の勢いを殺し切れなかったのである。
(やはりそうか……)
俺の力は憎悪を糧に膨れ上がる。
そこに上限はない。
魔術で増幅された風の加護だろうと、感情次第で圧倒できる。
エルフに追い詰められれば追い詰められるほど、炎の力は強まっていくのだ。
緑髪は風で炎を吹き消そうとしていた。
しかし、消えない。
俺の憎しみが根源となっているのだから消えるわけがない。
炎を浴びたエルフ達は、次々と倒れて焼け死んでいく。
残されたのは緑髪の女のみとなった。
俺は親しげな口調で話しかける。
「これで二人きりになれた。嬉しいか?」
「……炎の魔人は、その精神も低俗のようですね」
「元奴隷だからな。飼い主の影響を受けているのさ」
俺は気楽に言葉を返した。




