第5話 元奴隷は夜闇の光に気付く
勢力別の地図を睨んでいると、部屋の扉が開かれた。
現れたのは眼鏡をかけた隻腕の男だ。
彼の名はロビン。
この隠れ村の村長であり、軍事の参謀を務める男であった。
ロビンは穏やかな笑みで挨拶をしてくる。
「やあ、調子はどうだい」
「まずまずだ。悪くない」
「それはよかった。竜の死骸を見てきたよ。あれはすごい迫力だったなぁ」
ロビンはしみじみと言う。
嬉しそうな声音だが、彼のそれは他の者と違う。
以前、リータが呟いた言葉を借りると、知的好奇心と呼ばれるものらしい。
食糧的な観点以外の部分で物事を捉えているのだという。
ようするに変わり者ということだろう。
一方、ロビンは横から地図を覗き込んでくる。
「ところで、次に攻め込む場所は決めたのかい?」
「今考えているところだ」
「ふむ……」
ロビンは顎を撫でつつ思案する。
ほどなくして、彼は地図の一カ所を指差した。
「まずはこの地点を狙うといい。他領との問題に気を取られている。保有する奴隷も多いから、こちらの勢力も増やせるはずだ」
「なるほど。助かる」
軍事知識に関して言うと、俺はさっぱりだった。
それに対してロビンはとても賢い。
俺の何倍も視野が広い。
皆からの人望もあり、だからこそ村長の地位に就いていた。
当のロビンは気楽そうに微笑む。
「いいってことさ。僕にはこれくらいしか取り柄がないからね」
ロビンはふと真面目な表情になる。
彼は真剣な口調で俺に告げた。
「この村も安定してきたけれど、まだまだこれからだ。僕もなるべく貢献したいと思っている。何かあれば遠慮なく言ってほしい」
「ああ、今後も頼む」
ロビンが手を差し出してきた。
信頼を込めて、俺はそれを握る。
◆
その日の夕食では、竜の肉が振る舞われた。
今宵は村の中央で宴会が開かれており、村人達は日頃の疲れを存分に癒している。
竜の肉はとても美味く、それが場を大いに盛り上げていた。
俺の倒した竜は巨体だった。
そのため、皆で食べようが簡単に無くなる量ではない。
新鮮な状態が一番美味いのだから、今のうちに楽しんでおいた方がいい。
今日くらいは贅沢をすべきだろう。
そういった機会も大切だ。
節制ばかりでは生きていられない。
奴隷の時では考えられないほど豊かな生活だが、これが正しいのだろう。
働く中で仲間が死んでいく日々が当たり前だとは思いたくない。
世界は未だにそれが主流だが、この村の中だけでも否定し続けたかった。
そんなことを考えつつ、俺は村人達と喋りながら料理を楽しむ。
しばらくはその調子だったが、ある拍子に笑みを固まらせた。
炎が村の外に不穏な気配を感知したのだ。
「…………」
俺は無言で立ち上がる。
そのまま、宴会から抜け出そうとした。
すると、背中に村人の声がかかる。
「おう、アレク。どこへ行くんだ」
「少し用事を思い出した」
俺はそれだけ答えて村の外へと赴く。
あまり言い広めても不安を煽るだけだ。
宴会の楽しい空気を台無しにしたくなかった。
どうせ俺一人で対処できるのだから、さっさと問題を解決すればいい。
そうすれば、皆が嫌な思いをしなくて済む。
岩山から荒野に出た俺は、目を凝らした。
遥か前方に、複数の光が見える。
魔術の光ということは、エルフの集団だろう。
微妙に方角はずれているが、こちらへと近付きつつある。
これまでも、荒野を偵察するエルフ達を見ることがあった。
今回もその一環なのだろう。
いつも通り、急接近して殲滅すればいい。
森のないこの地帯だと、エルフは本領を発揮できない。
彼らは自然の中にいる時だけ最大の魔術を使える。
力の弱った状態で偵察など、舐められたものである。
もっとも、万全だろうと関係ない。
エルフが俺の炎を防げるわけではないのだから。
誰一人として、俺を凌駕する者はいなかった。
「……行くか」
俺は炎で空を飛ぼうとする。
その時、そばから物音がした。
反射的に振り向くと、岩に寄りかかるリータの姿があった。
彼女は夜闇の中で微笑む。
「水臭いわねぇ。声くらいかけてくれてもいいのに」
「宴会の最中だ。邪魔をするほど無粋じゃない」
「気遣いありがとうね。でも大丈夫。これから愉快な光景を見せてくれるのでしょう?」
紫色の瞳が妖しく輝く。
リータの手には、酒と竜の肉が握られていた。
彼女はそれらを俺に見せながら小首を傾げる。
「ほら、そのために持ってきたんだから。ちゃんと私を楽しませてね?」
「……分かった」
相変わらず自由な女神である。
エルフの虐殺劇で酒と肉を楽しみたいらしい。
(やはり悪趣味だな)
心を読まれているかもしれないが、そう思わざるを得ない。
俺は仮面を着けながら肩をすくめた。




