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第46話 元奴隷は窮地を知る

「驚いたぜェ……まさか、お前さんがこんな力を持っているとはなぁ!」


 激昂するガルスが叫ぶ。

 それに合わせて血が飛んだ。

 彼はかなりの深手を負っているが、死ぬ気配は見えなかった。

 重度の傷は彼の神経を逆撫でし、結果として力を増幅させている。


 俺は精一杯の笑みを張り付ける。


「すごいだろう。風の使徒を殺して力が増えたんだ」


「な……ッ!?」


 ガルスが驚愕する。

 動きを止めた彼は、怒りを霧散させた。

 そして肩をすくめて苦笑する。


「おいおい、聞いてないぜ。風の使徒なんて現れたのか」


「エルフの希望だったが、焼き殺した。その時に新たな力を手に入れた」


 俺が説明すると、ガルスは腹を抱えて爆笑した。

 その声が夜空に響き渡る。


「ハッハッハ! こいつは傑作だ! 俺のやろうとしていたことを、もう実現していたとはなァ!」


 よほど愉快らしい。

 ガルスはなかなか笑いを止めない。

 重傷を負った怒りはどこへ消えたのか、彼は親しげな調子で歩み寄ってくる。


「ずるいじゃないか! 俺にも分けてくれよォ!」


「断る。お前はここで死ぬし、雷の力は俺が貰う」


 俺は宣言する。

 ガルスを殺すことは確定していた。

 この場で絶対に始末する。


 俺の言葉を受けたガルスは、途端に冷静になる。

 彼は顔の血を拭いながら息を吐く。


「……まあ、いい。お前さんを殺した後、その皮膚を剥ぎ取って使ってやるよ……村の連中からも剥ぎまくってやる」


「やってみろよ」


「よぉし! わかったァッ!」


 突如、ガルスは血塗れの笑みで襲いかかってきた。

 彼は全身から雷を放出し、青白い光となって突進してくる。


 対する俺は、全力の炎を放射した。

 そこに風の力も混ぜ込む。


「ぐおっ……!」


 真正面からそれを浴びたガルスは、あちこちから鮮血を迸らせる。

 吹き飛ぶかと思いきや、彼は寸前で踏ん張ってみせた。

 そこから再加速して咆哮を上げる。


「だが、効くかああああああぁぁぁッ!」


 ガルスは瞬く間に接近してくる。

 気が付くと、彼の蹴りが俺の腹に突き刺さっていた。


「……ッ」


 俺は激痛に悶える暇もなく地面を転がっていく。

 立ち上がろうとすると、背中に拳が叩き込まれた。

 背骨が軋む感覚。

 込み上げるままに血を吐く。


「ク、ソ……!」


 悪態を洩らした俺は、手を後ろ向けて炎を放つ。

 その頃には、ガルスの姿は遠く離れた場所に退避していた。

 彼は大笑いする。


「ハハハ! 遅いぜ小僧ッ!」


 ガルスが何かを投げ付けてきた。

 それは小石だ。

 しかも雷の力を帯びている。


 俺は腕を上げて防御した。

 小石が前腕にめり込み、肉が抉れて血が噴き出した。

 俺は思わず地面に倒れ込む。

 抉れた箇所を焼いて止血した。


「そらもう一発だ!」


 楽しそうなガルスの声がした。

 俺は地面を蹴って転がる。

 今度は腰に小石が命中した。

 倒れそうになりつつも、なんとか立ち上がる。

 当たり方が悪ければ危なかったかもしれない。


「ひはははははははは! ノロマすぎるぜェ! 眠ってんじゃねぇか!?」


 ガルスが狂笑を響かせながら疾走する。

 もはや目視では捉えきれない速さだ。

 残像を生み出すガルスは俺に接近すると、すれ違いざまに拳を振るってくる。


 俺は寸前で動こうとするも、腹を殴られた。

 身体を折った際、別の方向から脇腹を蹴り飛ばされる。

 そしてまた別方向から肘打ちを食らう。


「雷の強みは速度だ! 炎と風が束になっても追いつけねぇよ!」


 ガルスは目にも留まらぬ速さで連撃を繰り出してくる。

 俺は致命傷を負わないようにするのが精一杯だった。

 あまりの速さで彼の姿が見えない。

 ただ攻撃されるのを受けるばかりとなっていた。


「オラァ!」


「がっ……!」


 何十回目かの拳が、顔面にぶち当たる。

 俺はついに倒れた。

 手足が痙攣して、まともに動かせない。

 痛みが強すぎて感覚が麻痺していた。

 いくら使徒の力で生命力が上がっていると言っても限度がある。


 視界はひどく掠れている。

 少し離れたところに、ぼやけた姿のガルスが立っていた。

 彼の勝ち誇った声が聞こえてくる。


「これが格上の力ってやつだ。どうだい、観念したか?」


「…………」


 俺は返事をしない。

 ただ視線だけをガルスに送る。

 ガルスは愉快そうに鼻を鳴らした。


「炎だけが目当てだったが、まさか風も手に入るとはなぁ……日頃の行いが良かったみたいだ。まあ、安心して死ねよ。お前さんの力は有効活用してやる。きっと世界を燃やし尽くすはずさ」


 ガルスが手を打って笑う。

 怒りは鎮まった様子だ。

 散々、俺を叩きのめして気分が晴れたのだろう。

 風の力という、思わぬ報酬に喜んでいるのもある。


 彼は俺に問いを投げてきた。


「遺言はあるかい。聞いてやるよ」


「……こ、だ」


 俺は口を動かした。

 ガルスが怪訝そうな雰囲気になる。


「あ? 何だって? 小さすぎて聞こえねぇよ」


 ガルスは、俺の言葉を聞き取ることに意識を向けていた。

 勝利を確信して、気が緩んでいる。


 俺は血だらけの口を笑みの形に歪めた。

 そしてガルスに告げる。


「――そこだ。そこが、一番いい」


 呟いた瞬間、俺は炎の力を発動させた。

 するとガルスの足下から白い炎が噴き上がった。

 彼はそれをまともに浴びる。


「ギィァ……ッ!」


 ガルスは炎の外に逃げようとする。

 しかし、燃える四肢が言うことを聞かないのか、その場から動けずにいた。

 その身体は、炎によって浸蝕されていく。


 ガルスの悲鳴を聞きながら、俺はゆっくりと立ち上がった。

 ふらつきながらも、なんとか倒れないように努力する。


「……ずっと前に、仕掛けていたんだ。外敵用の罠をな。まさか、雷の使徒を相手に発動するとは、思わなかったが……」


 俺は咳き込みながらも呟く。

 もっとも、それを聞く者はいない。

 この場に立つもう一人の使徒は、夜闇を照らし上げる炎の只中にいた。

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