第44話 元奴隷は怒りを糧に戦う
炎を纏う拳が、雷を纏う拳と衝突した。
腕に痺れるような痛みが走るも、気にせず押し込んでいく。
その際、下から鋭い軌道で蹴りが飛んできた。
「邪魔だッ!」
俺は肘打ちで対抗する。
ぶつかった向こうの脚は、焼ける音と共に白煙を上げた。
皮膚も焼けて歪んでいる。
「チィ……ッ!」
ガルスは忌々しそうに舌打ちを打つ。
蹴りが失敗した彼は、俺の顔を鷲掴みにしようと手を伸ばしてきた。
俺は足裏から炎を噴き出し、宙返りするようにして躱す。
さらに空中から炎の矢を連射した。
ガルスは後退し、炎の矢を雷で防御していく。
上手く相殺していた。
それ以上の怪我をしないように気を付けている。
「…………」
俺は地面に着地し、雷で焼けた身体を確認する。
まだ大丈夫だ。
動きに支障は無かった。
他にも大小多数の負傷はあるものの、気にするほどではない。
俺とガルスは、先ほどから肉弾戦での打ち合いを繰り広げていた。
どれだけの時間が経ったかは分からない。
そのような感覚も失われた中、全力で殺し合っている。
「やるじゃないか。何十年と使徒をやってきたが、お前ほどの強敵とは戦ったことがない。存分に誇るといい。残り少ない寿命だからなァ」
笑うガルスは、挑発気味の言葉を発する。
俺の冷静さを欠くのが目的だった。
そうして判断能力を低下させて、隙を突くつもりなのだ。
こうしてやり取りをしているうちに分かった。
彼は嫌な性格をしているが、それ以上に狡猾だった。
殺し合いの場における心理戦が得意としている。
だから俺は、怒りを表に出さない。
煮え滾る激情を腹の奥底に蓄えながら、噛み締めるようにして言葉を返す。
「死ぬのはお前だけだ。俺は生き残る」
「よく言えるぜ。これが若さってやつかね。羨ましいもんだ」
ガルスはこちらを嘲りながら嘆息する。
そんな彼が、ふと穏やかな表情を見せた。
「――なぁ、エルフを奴隷にしたことはあるかい」
「何だ」
「エルフの奴隷だよ。食ったことはないにしても、奴隷にしたことくらいはあるんじゃないのか?」
この局面で雑談とは妙だ。
しかし、時間稼ぎといった感じでもない。
ただの興味本位なのだろう。
彼は狂っている。
何をしてきたとしてもおかしくなかった。
それに気楽な態度に見せかけて、ガルスはまったく隙を見せていない。
こちらを油断させるための罠も兼ねているのだろう。
気を引き締めつつ、俺は質問に答える。
「……ない。いつも皆殺しにしている」
「そいつは勿体ねぇな。ちゃんと教育してやれば、従順なんだぜ? 一時期はエルフの奴隷軍団で戦争をやったりしたんだ。あれは最高に楽しかった。他の勢力に潰されたのが惜しいくらいだ」
ここで新たな事実が発覚した。
ガルスはかつてエルフの奴隷を大量に所持していたらしい。
食用にしているのは知っていたが、戦争の道具にしていたとは予想外である。
それだけの戦力を集めるほどに、ガルスは暴力の道を歩んできたのだ。
本当に恐ろしい男である。
ここで俺は、一つの可能性に気付く。
「まさか、その戦争をこの大陸でも繰り返すつもりか……?」
「そうさ。楽しそうだろう」
ガルスは平然と肯定した。
やはり戦争そのものを楽しんでいる。
殺し合うことしか考えていない完全な狂人だった。
使徒の力を悪用しており、俺の目的とは完全に対立している。
「絶対に止めてみせる。お前の力は、俺が奪う」
「やってみろよ。若造に負けるほど老いちゃいないぜ。体力が切れかかってるんじゃないのか?」
「関係、ない」
俺は口内の血を吐き捨てる。
地面に付着した血は、燃え上がって蒸発した。
ガルスは両手の指を動かす。
指の間で、音を立てて雷が瞬いた。
「まだ倒れてくれるなよ。こっちは楽しんでるんだからなァ!」
吼えたガルスは、獣のような速度で突進してきた。




