第42話 元奴隷は村長と約束する
基地内に踏み込んだ俺を真っ先に迎えたのは、村長のロビンだった。
胴体に血の滲む布を巻いた彼は、片脚を引きずりながら駆け寄ってくる。
「アレク!」
「おお、生きていたか……」
俺はその姿にひとまず安堵する。
ロビンは隻腕のヒューマンだ。
加えて日頃から虚弱気味で、肉体労働を苦手としている。
そんな彼が、この状況で生き残れる望みは薄いのではないかと思っていたのだ。
しかし、幸運にも死なずに済んだらしい。
負傷しているが、命に別状は無さそうだった。
彼から感じる生命反応は安定している。
基地内には、ロビンの他にも武装した村人達がいた。
生き残った彼らは、ここに固まっていたようだ。
確かに基地なら武器や防具が保管されている。
立て籠もるには最良の施設だった。
その時、俺はふらついて壁に手をついた。
力を抜いて、ゆっくりと屈み込む。
薄目になって呼吸を意識した。
身体の芯がとても熱い。
額に浮かんだ汗を手の甲で拭い取る。
それを見たロビンは、俺のそばに屈んだ。
「大丈夫かい? かなり消耗しているようだが……」
「気に、するな。許容範囲だ」
俺はそれだけ答える。
感情の起伏と、能力の使い過ぎで疲労していた。
もっとも、少し休憩すれば回復する程度だ。
本音を言うなら、他の皆を今すぐにでも助けに行きたかった。
だが、この状態で駆け付けても、窮地に陥る恐れがある。
救える命も救えなくなってしまう。
俺は全身の力を抜いたまま、床を見つめて呼吸を続ける。
ロビンは深刻そうな声音で呻く。
「まさか、いきなり襲いかかってくるとは思わなかった……すまない。招き入れた僕の責任だ」
「お前は悪くない。すべてあいつらのせいだ」
このような事態は予期できない。
向こうが最初から虐殺する気だったのなら、門前払いもできなかっただろう。
悔しいが、ほぼ確実に起こる惨劇だった。
だからロビンに落ち度はない。
彼だって苦しんでいる立場なのだ。
リータからも話を聞いている。
俺はこの件で誰かを責めるつもりはなかった。
「連中は、俺が皆殺しにする。その間、俺の家で待っていてくれ。リータがいる」
「待ってくれ。君だけであいつらを倒すつもりかい?」
「ああ、そうだ」
俺が頷くと、ロビンが肩を掴んできた。
彼は怒りを滲ませながら反論する。
「危険だ! 向こうには君と同じ使徒がいるんだぞ。他の敵だって、まだ残っているはずだ」
「分かっている。だけど、やらないといけない。それとも、ここの皆を連れて戦いに行くのか? 相手は熟練の戦士だ。俺が皆を守れる余裕はないだろう」
「くっ……」
俺の返しを受けて、ロビンは押し黙る。
彼は賢い。
本当は分かっているのだろう。
現状、村人達ができることなど何もない。
強いて言うなら、人質にならないことくらいだ。
様々な事情を加味すると、俺が単独で戦士集団を殺し回るのが最善策だった。
「使徒がいるからこそ、俺一人で立ち向かうんだ。もう誰も、死なせたくない。分かってくれ」
「…………」
ロビンは俯いて沈黙する。
彼の中で葛藤が渦巻いていた。
やがて顔を上げたロビンは、村人達に指示を送る。
「――脱出の準備をしよう。皆でアレクの家まで避難する。アレク、君は使徒の殺害を頼む」
「任せろ」
それから俺達は、基地を出る用意を行った。
用意と言っても簡単なものだ。
各々が最低限の武装と医療品を携えて外へ出る。
それだけであった。
自宅のある方角を指しながら、俺は荷物を持つロビンに警告する。
「このまま最短距離で向かえば、おそらく奴らとは遭遇しない。だが、くれぐれも気を付けてくれ」
「もちろんさ。君の足を引っ張るような真似はしない」
ロビンはしっかりと頷く。
彼は、小さな声で俺の名を呼んだ。
「アレク」
「何だ」
「必ず、生き残ってほしい。僕達で未来を繋いでいくんだ」
ロビンの目は、この先の世界を見据えていた。
そのために地獄のような状況を生き残ろうとしている。
彼の目指す未来には、俺もいるらしい。
(これは、絶対に死ねないな)
笑みを作った俺は、拳を握り締めて頷いた。




