第38話 元奴隷は女神に見抜かれる
その日の深夜、俺は隠れ村にいた。
自室のベッドで横になっている。
月明かりを浴びながら何度も寝返りを打っていた。
心が落ち着かない。
意識は眠りに沈まず、村全体の生命を常に感知していた。
努めて無心になろうとしていると、背後から声がした。
「眠れないの?」
「……あいつらが気になってな」
俺は上体を起こして振り返る。
そこにはリータが立っていた。
彼女は腰に手を当てて苦笑いを浮かべている。
「それもそうよね。なかなかの異常事態だから」
ガルス率いる戦士集団は、隠れ村に宿泊していた。
明日の朝にエルフの領土へ侵略する予定らしい。
それまでは一ヶ所に集まって仮眠を取っている。
「なぜあいつらを村に招いたんだ」
「だって私じゃ勝てないんだもの。引き返すつもりもなかったみたいだし、大人しく入れちゃったわ。それとも戦った方がよかった?」
リータの反論に、俺は俯く。
脳裏で色々な可能性を模索するも、最善策は思い付かなかった。
俺は深々と息を吐く。
「……正しい判断だ。助かる」
もしリータがガルス達を拒めば、彼らが激情して隠れ村を攻撃する恐れがあった。
ひとまず敵対を避けられたのは、彼女のおかげだ。
それは認めざるを得ない。
意地を張っても無駄と悟り、俺は話題を転換した。
「ところであの使徒――ガルスはそんなに強いのか?」
「あなたも感じてるだろうけど、相当な化け物よ。歴代の使徒でも、彼ほど強いヒューマンは珍しいわ。長年に渡って大量のエルフを食べているのね。野蛮だわ」
リータは肩をすくめる。
その反応を見るに、彼女自身はエルフを食うことには否定的らしい。
「エルフを食べると力が増えることは、知っていたんだな」
「当然よ。今までの炎の使徒も、そうやって強くなってエルフに対抗してたんだから」
リータはあっさりと述べる。
聞いたことがない情報だった。
歴代の使徒について訊いても、それとなくはぐらかされてきたのだ。
俺は続けて彼女に尋ねる。
「それをどうして俺に伝えなかったんだ」
「復讐心に駆られた使徒は、エルフの肉を求めて虐殺を加速させる。それが破滅の引き金になるの。あなたもそうなっていたと思わない?」
「…………」
俺は沈黙する。
リータの指摘は、完全に的を射ていた。
もっと早い段階でそれを知っていたら、俺はきっと今まで以上の速度でエルフを焼き殺していただろう。
その過程で慢心して死んでいたかもしれない。
「まあ、時期を見て伝えるつもりだったわ。今のあなたなら、大丈夫そうだしね」
「根拠は何だ」
「今回の暗殺で、心境の変化があったでしょ? あなたの顔を見れば分かるわ」
リータは断言する。
彼女に暗殺作戦で何があったかは話していないが、様々なことを察しているようだ。
直接的に言ってこないが、風の力を得たことも把握しているのだろう。
炎の女神には、なんでもお見通しらしい。
俺は小さくため息を洩らす。
「そういうものか」
「そういうものよ」
リータは妖しげに微笑んだ。




