第37話 元奴隷はエルフを知る
「……おい」
俺はガルスを睨み付ける。
声音は無意識のうちに低くなり、嫌悪感が滲んでいた。
ガルスは気にした様子もなく首を傾げる。
「ん? 何だ」
「大好物と言ったが、あれは間違いなのか」
俺は馬車から出てきたエルフを指差す。
エルフは首輪で繋がれており、無気力な顔をしていた。
呆然と虚空を見つめている。
現状を理解しているのか、非常に怪しいところであった。
まるで動物のような姿だ。
一方、ガルスは両手を広げて苦笑した。
彼は穏やかに肯定する。
「何も間違いじゃないぜ。お前さんの認識で合っているはずだ」
「……つまりお前達は、エルフを食っているのか?」
「ああ、そうだ。奴らは栄養豊富な上に美味いからなぁ。しかも食らうことで魔力も増える。これだけ完璧な食糧もないだろうさ」
ガルスは愉快そうに語る。
その最中、視線はエルフに固定されていた。
そこに映るのは、やはり食欲だ。
エルフを食いたがっているのは明らかだった。
味なんて知らないが、きっと中毒になるほどなのだろう。
少なくともガルスは夢中になっている。
彼の部下達も同じような調子だった。
飢えた狼のような眼差しをエルフに向けている。
今にも飛び出しそうな者も多かった。
(エルフを主食にでもしているのか……?)
彼らの姿を見て、俺はどうしようもない忌避感を覚える。
今までヒューマンに感じたことのないものだった。
胸がどうしようもなくざわつく。
目の前にいる男が、同じ種族とは思えなかった。
機嫌良くエルフを眺めていたガルスだったが、ふと怪訝な表情を見せた。
彼は恐る恐るといった口調で俺に尋ねる。
「……まさか、お前さん達はエルフを食っていないのか? なぜだ。連中と戦っていれば、捕虜くらい手に入るだろう」
「食うという発想がなかった……何より、そんなことをすればエルフ達と同じだ」
俺の答えを聞いたガルスは、鼻を鳴らしてため息を吐いた。
何か大きく呆れているようだ。
信じられないとでも言いたげである。
彼はゆっくりと首を横に振ると、乾いた笑いを洩らした。
「ははぁ、綺麗事を言うじゃねぇか。そんな甘い考えで、よくここまで生きて来れたな」
ガルスは一歩踏み出す。
それだけで、研ぎ澄まされた威圧感がひしひしと伝わってくる。
何かされたわけではない。
ただ本当に、一歩分だけ近付いただけだった。
笑みを消した彼は、指先を俺の眼前に突き付けてくる。
「お節介を承知で言っておくが、俺達のような使徒は特にエルフを食った方がいい。力の上昇幅が段違いだ。俺が勝ち続けてこれたのは、文字通りエルフを糧にしてきたからだろう」
嘘を言っている感じではない。
エルフを食らうことで、俺の力は急増するのだろう。
それは直感で理解できた。
エルフがヒューマンを食って魔力を高めているのは知っている。
その反対にも作用があるというわけだ。
実践したことはないが、ガルスの力を見れば紛うことなき真実であるのは間違いなかった。
エルフを食らうことで得をするのは俺だけではない。
隠れ村の食糧問題も劇的に改善される。
エルフを襲って貯蓄すればいい。
たったそれだけで全てが簡単に解決する。
俺がいれば、大きな危険もない。
勝利は約束されているようなものであった。
ガルスは俺の目を見て話を続ける。
「本当に目的を果たしたいのなら、甘さとこだわりを捨てろ。いずれ死ぬぜ。手段を選ばない奴ほど強い。先輩からの助言だ」
「…………」
「もちろん執念は必要だがな。使徒の力の源だ。それに関しては、心配せずともいいようだが」
ガルスは嫌な笑いを洩らした。
俺の心の内を見透かすような眼差しである。
「まあ、試しに食ってみればいい。美味い調理法が知りたいのなら、何種類でも教えよう。俺のおすすめはエルフの干し肉で――」
「……ない」
俺はぼそりと呟く。
それを目にしたガルスは眉を寄せた。
「何だ。どうした?」
「俺は、食わない。エルフ共と同じことは、したくない」
感情を込めて宣言する。
損得で見れば、エルフを食った方がいい。
それは間違いないだろう。
だが、心が拒否していた。
奴らを殺して食うようなことをすれば、いよいよ怪物になってしまう気がしたのである。
俺はヒューマンの尊厳を捨ててまで目的を果たしたいとは思えない。
ガルスは苦笑混じりに脱力した。
「……そうか。まあ仕方ねぇな。別に無理強いはしないさ。勿体ないと思うが、抵抗があるのも分かる。エルフの味が気になったら、いつでも言ってくれ。とびきりの料理を振る舞ってやるよ」
ガルスが俺の肩に手を置く。
俺はそれを振り払って踵を返した。




