第36話 元奴隷は雷の使徒と対話する
「雷の使徒か……?」
俺は慎重な口調で尋ねる。
疑問として投げながらも、ほぼ確信していた。
エルフと違って、ヒューマンは魔術を使えない。
今のガルスのように、身体から雷を発するなど、使徒であるとしか考えられなかった。
案の定、ガルスは首肯した。
彼は嬉しそうに言う。
「おう、その通りだ。俺が自信を持つ理由が分かったか」
雷については、リータから聞いたことがある。
小難しいことは忘れてしまったが、とにかく速くて強力らしい。
光を飛ばすことで、木々を燃やすことも可能だそうだ。
様々な加護の中でも最速であり、炎以上に戦いに特化した能力だった。
「自慢になっちまうが、俺は使徒になってからの人生が長い。たぶんお前さんよりもずっとな」
ガルスは朗々と語る。
確かに彼からは、戦い慣れた者の雰囲気を感じていた。
それも圧倒的なものである。
彼の属する集団の中でも、明らかに群を抜いていた。
仮に使徒の力を抜きにしても、一番強いのはガルスだろう。
「使徒の歴が長いほど、基本的に力は強まっていく。能力の扱いだって上手くなる。ちょうどそれを感じている頃だろう?」
ガルスの言葉は、俺にも心当たりがあった。
俺自身、エルフを焼き殺すことで炎の力を高めてきたからだ。
今の状態は、リータと契約したばかりの頃とは比べ物にならない。
単純な出力だけではない。
能力の操り方に根本的な差があるのだ。
炎を色々な形で応用できると、それだけで戦略の幅は格段に広がる。
ただぶちまけるだけでなく、相手や状況に合わせた使い方を考えるのだ。
そうすることで、俺はエルフ達の虐殺を成し遂げてきた。
ガルスほどの戦士ならば、能力の習熟度も凄まじいだろう。
こうして間近で見ているだけで、如何に彼が雷を掌握しているかがはっきりと分かる。
きっと何度も死線を潜り抜けてきたに違いない。
力に驕っているわけではない。
豊かな戦闘経験を軸にした自信をガルスは持っていた。
「雷は風との相性が少し悪いが、水には強い。エルフの連中とも十分にやり合える」
「……それは経験則か?」
「もちろんだとも。なるべく暴力に訴えたくはないが、やむを得ない時はある。そういう場合は、俺が先陣を切ってエルフ達と戦った。これでもまだ不安か?」
「……いや、大丈夫だ」
そう答えるしかない。
ガルスは俺が心配するだけ無駄なほどの力を有している。
本気で説得をする気なのかは知らないが、戦闘になったところでエルフを相手に不覚は取らないだろう。
きっと彼の集団は、エルフ達を蹂躙する。
欠片の反撃も許すことなく、殲滅してしまうだろう。
これはもう確定事項に等しい。
誰かが食い止められるものではない。
それこそガルスが自発的に中断でもしない限り、確実に実行される。
(犠牲になるエルフ達は……)
俺の脳裏を、エルフの王の顔が過ぎった。
それなりに会話をして一時的とは言え協力もしたが、別に助けたいとは思わない。
さすがにそこまでの仲ではなかったし、俺が命を張って救う義理だってなかった。
エルフが殺されるのは良いことだ。
俺も率先して行っているし、ガルスとは気が合うと思う。
あの住処のエルフ達が雷の餌食になってしまうのなら、それはそれで仕方ないだろう。
場合によってはそれが炎になっていたかもしれないが、ほとんど違いなんてない。
エルフ達が圧倒的な力に磨り潰されて死ぬ。
誰がやろうと構わない。
それだけ分かれば十分である。
その時、ガルスが思い出したように手を打った。
彼は背後の部下に指示を送る。
「そうだ、友好の印に手土産をあげよう。俺達の大好物なんだ」
「この村に、交換できるような物なんてないが……」
「必要ねぇよ。俺のお節介だから、気兼ねなく受け取ってほしい。迷惑にはならないはずだ」
ガルスが話す間、彼の部下が馬車を漁っていた。
何かを取り出すつもりのようだ。
彼は大好物と言った。
すると手土産とは、食糧だろうか。
それはとてもありがたい。
いずれ訪れる冬に備えて、少しでも貯蓄したかったのだ。
生活用品や嗜好品だとしても良い。
いずれもこの村では不足しており、どれだけあっても困るものではなかった。
俺は多少の期待を抱きながら馬車に注目した。
そして彼らの"大好物"が見えた瞬間、絶句する。
「は……?」
予想外の光景に思考が鈍る。
どう反応すべきか分からず、思わずガルスを見た。
視線を以て彼に説明を求める。
ガルスは、変わらず明るい笑みを浮かべていた。
いや、その目が強烈な食欲を主張している。
彼は手の甲で涎を拭い取る。
ガルスの部下が引っ張り出したのは、鎖に繋がれたエルフだった。




