第35話 元奴隷は新たな勢力と邂逅する
その集団は武装していた。
革の外套を着込み、腰には剣や槍を吊るしている。
その佇まいからは、歴戦の雰囲気が感じられた。
たくさんの命を奪ってきた者のそれだ。
俺にはしっかりと伝わってくる。
この村にも戦い慣れた者はいるが、比べ物にならないだろう。
たくさんのエルフを殺してきた俺でも、純粋な技量では敵わないに違いない。
彼らの纏う空気感だけで、それを直感させられた。
その時、集団のうちの一人が、こちらを向いた。
そして野太い声をかけてくる。
「おう、お前さんが炎の使徒か」
発言したのは、屈強な体躯の大男だ。
膨れ上がった筋肉と禿げ頭が特徴で、頬には抉れたような古傷があった。
おそらく刃物が食い込んだのだろう。
大男は俺の前まで来ると、親しげに話を続けた。
「噂は聞いてるぜ。エルフを焼き殺しているんだってな。さすがじゃねぇか」
「何者だ」
俺は警戒しながら問いかける。
村の様子からして、あまり切迫した状況でないのは確認している。
しかし、まだ相手の正体が不明だ。
いくら友好的な態度だからと言って、気を抜くべきではない。
俺からの質問を受けて、大男は自らの頭頂部を叩いて鳴らした。
「おっと、すまんな。挨拶を忘れていた。俺の名はガルス。それで後ろの連中は部下。俺達は各地を放浪する民だ。ヒューマン解放のために旅をしている」
「ヒューマン解放……?」
大男ガルスの自己紹介を聞いた俺は、彼の言葉を反芻する。
ガルスは嬉しそうに頷いた。
「ああ、そうだ。世界はエルフの奴らに支配しているが、おかしいだろう。なぜその他の種族が奴隷にされなければならないんだ」
彼の主張は、俺の考えと同一だった。
肉処理場で殺されかけたあの時から、ずっと胸に抱いていた疑問である。
その理不尽を否定したかった俺は、炎の使徒となった。
あれから現在に至るまで、エルフ達と戦い続けている。
「俺達は世界の常識を打ち砕くために行動している。村長さんとはもう話したが、お前さんも同じ考えなんだろう?」
「……確かに同じだな」
俺が首肯すると、ガルスは大笑いした。
「はっはっは! そいつは最高だな! いつだって同志に会えるのは嬉しいんだ」
彼は俺の背中を何度も叩いてくる。
かなり力が強い。
まるで丸太で殴られているかのような衝撃だった。
もし使徒でなければ、骨の一本や二本は折れているのではないだろうか。
思わず疑ってしまうほどの強さである。
(それにしても、まさか俺と同じ活動をする集団がいるとは……)
俺はガルスとその仲間達を見て感心する。
今まで隠れ村を率いて戦ってきたが、他にエルフに対抗する集団を見たことがなかった。
つい最近になって発足したという感じではない。
おそらく遠く離れた場所におり、はるばるこの地域へやってきたのだろう。
やがて落ち着いたガルスは話題を転換する。
「俺達がこの村に来たのは昨日のことだが、明日の朝には出発するつもりだ。お前さん達の生活の邪魔はしない。すぐに立ち去るよ」
それを聞いて、俺は密かに安堵した。
いくら同じ志と言っても、所詮は余所者である。
あまり長居されると、村人達との間で問題が起きる恐れもあった。
しかも彼らは戦い慣れている。
味方なら頼もしいが、今のところは信用できる段階ではなかった。
そのような考えを隠しつつ、俺はガルスに質問する。
「どこへ行くつもりなんだ」
「エルフの住処に赴いて抗議をする。断られたらそれまでだが、精一杯の言葉ならきっと通じると思う」
「無理だ。エルフ達が納得するはずがない。殺されるぞ」
俺は即答した。
この男は、果たして本気で言っているのだろうか。
エルフは抗議が通じるような相手ではない。
返事の代わりに魔術か矢が飛んでくる。
話し合いなどできるわけがない。
俺がエルフの王と対話できたのは、あくまでも風の使徒という共通の敵がいたからだった。
そこでガルスは、意味深な笑みを浮かべてみせる。
「心配するな。俺達にも策はある――ところで、俺を見て気付くことはないか?」
「特に無いが……」
「なるほど、感知が苦手なのか。それならもう少しだけ隠蔽を薄くしよう」
ガルスは両拳を固めると、全身に力を込める。
すると、彼の身体が光を明滅させ始めた。
何かが破裂するような音も連発し、内包された力が一気に膨らんでいく。
その勢いは衰えを知らず、無尽蔵に増大していった。
上空の雲が渦巻き、月明かりを遮った。
村のあちこちからざわめく声が上がる中、俺は驚愕する。
「な……ッ!?」
「さすがに伝わったようだな。これが俺達の策だ」
ガルスは不敵に笑う。
そんな彼は、青白い雷を全身に纏っていた。




