第32話 元奴隷は王から提案される
俺は王の言葉に困惑する。
目の前の男は、何を言っているのか。
この期に及んで同盟とは、ふざけているとしか思えない。
エルフとヒューマンが仲良くするなど、考えられることではなかった。
きっと何かの罠に決まっている。
様々な感情が渦巻く中、俺は努めて冷静になって確認する。
「……本気で、言っているのか?」
「もちろんだとも。ここで冗談を言うほど馬鹿ではないさ」
王は淡々と述べた。
確かに冗談で言った雰囲気ではない。
彼は真剣な面持ちで俺に提案をしている。
尚更、意味が分からなかった。
俺が少なからず混乱する一方、王は事情を説明する。
「前にも言ったが、他の勢力との抗争が過熱化していてな。風の使徒が死んだ今、それがより激しくなるだろう。近隣の覇権を巡って殺し合いが起きる」
それについては知っている。
エルフ達は、同じ種族で争いを繰り広げていた。
各地に点在する王は、自らの勢力圏を広げるために戦っている。
最近では風の使徒の出現により、緊張状態が高まっていた。
一つの勢力だけが優位性を持つことに不満を持ったのだ。
それぞれの勢力は、どうにかして使徒を得ようと画策していた。
しかし今回、風の使徒が死んだ。
この情報はすぐに知れ渡るだろう。
そうなれば、各勢力の矛先は互いへと向けられる。
力の均衡が元通りになったことで、今度は自分達が優位に立つために奔走するに違いない。
「そんな時、お前の力があれば心強い。風の力を得た炎の使徒なんて、誰も勝てやしないぜ。味方にできるのなら、是非ともしたいと思う」
王は親しげに話す。
確かに彼の立場からすれば、炎の使徒の力は欲しいのだろう。
俺がいるだけで、他勢力のエルフを一方的に抹殺できるのだ。
それこそ部下が殺されても我慢できるほどである。
俺は王の内心を理解しつつも尋ねる。
「当初の予定では、俺を殺すはずだったんじゃないのか」
「あれはお前が瀕死だった時の話だ。炎の使徒が脅威であることに違いはないからな。隙あらば、というやつだ」
「正直だな……」
俺は思わず呆れる。
王は完全に本音を口にしていた。
隠すつもりもないらしい。
開き直っているのだろうか。
それとも、まだ何か秘めた考えでもあるのか。
この王には、底知れない部分がある。
そういった策があったとしても不思議ではなかった。
俺が訝しんでいると、王は肩をすくめてみせる。
「同盟を結びたいのだから、これくらい白状すべきだろう。お前の信頼を得るには安いものさ」
まるで友人に対する態度だ。
徹底的に俺を懐柔して引き込むつもりのようである。
それがありありと見えていた。
彼は前のめりになって俺を見る。
「それで、どうなんだ。答えを聞かせてほしい」
「…………」
俺は沈黙する。
王の双眸を見ながら考えを巡らせた。
そして答えを告げる。
「同盟は断る。俺達に利益が無い。エルフの駒になるなんてご免だ」
それでは奴隷だった頃と同じだった。
都合よく利用される側である。
もう二度とあのような屈辱は受けないと決めたのだ。
対する王は、飄々と話を続ける。
「ヒューマンの隠れ里で暮らしているのだったな。あの地での日々は大変ではないか? いずれ冬がやってくる。食糧問題にも直面するだろう」
「…………」
「俺ならば、それを解決できる。森の中にヒューマン専用の住居を用意しよう。森の恵みも自由に使っていい。あの岩山で暮らすより、遥かに楽だと思うが」
それは魅力的な条件だった。
確かに隠れ村の暮らしは厳しいものだ。
今後もエルフ達から狙われることになるだろう。
自ずと苦境を強いられていく。
「お前だけの問題じゃないだろう。仲間のヒューマン達に辛い生活を送らせるつもりか?」
「くっ……」
俺は拳を握り締める。
王の言う通りだ。
もし俺だけならば、自由に過ごせばいい。
しかし、実際は村の皆の命を預かっている立場だ。
軽率な選択はできない。
「さあ、どうする? もう一度考えてくれ」
王から再度の念押し。
静寂の中、俺は自分の考えを王にぶつけた。
「――考えは、変わらない。お前達とは組まない。生活は自力で何とかする。邪魔をすれば殺す」
一時的に協力したとはいえ、やはりエルフは信用できない。
あの隠れ村でひっそりと暮らすべきだ。
いずれ生活圏を拡大するつもりだが、今は耐え忍ぶ時期である。
皆で頑張ればいい。
俺は踵を返して部屋の出口へ向かった。
もう振り返らない。
ここでの用事はもう済んだ。
あとは隠れ村へ帰るだけである。
「そうか。残念だ。同盟の申し出はいつでも歓迎している。気が変わったら、また会いに来てくれ」
王の言葉を背に受けながら、俺は砦を後にした。




