第31話 元奴隷はエルフの王と再会する
その後、俺は単独でそこから移動を始めた。
向かう先はエルフの王の待つ砦である。
暗殺の結果を報告しに行くのだ。
もしかすると既に聞いているかもしれないが、やはり俺から直接伝えるべきだろう。
俺は記憶を頼りにエルフの住処を歩いて進む。
周囲のエルフが、恐怖や憎悪を向けてくるも、それらを無視して移動を続ける。
いちいち構ってはいられない。
俺もかなり消耗しているのだ。
余計なことをして疲れたくなかった。
ただし、途中で結託した何人かが襲いかかってきたので、そいつらだけは焼き殺してやった。
確か老人の護衛役だった者達だ。
役目を果たせなかった腹いせだろうか。
さすがに襲いかかられたら無視もできないため、殺すしかなかった。
新たな犠牲者によってエルフ達は恐慌状態に陥っていたが、自業自得としか言えない。
それ以降は、特に邪魔もされずに砦に到着した。
何度か道に迷いかけたが、なんとか辿り着くことができた。
見張りの者を無視して砦を上がり、王の待つ部屋に踏み込む。
エルフの王は、以前と同じように玉座に座っていた。
彼は片手を上げてこちらに声をかける。
「よう、元気そうだな……案内役はどうした?」
「燃やした。言い争いになってね」
俺は正直に告白する。
案内役とは老人のことだ。
どうせ嘘をついても見抜かれるだろう。
いずれ判明することである。
王は天井を仰ぎながら髪を掻いた。
そして感情の読めない顔で息を吐く。
「そうか。まあ、仕方ないな。長年、仕えてもらったが今回は擁護できない。忠誠心は完璧でも、頭が固すぎるのはいけない」
その反応に俺は違和感を覚える。
あまりにもあっさりとしていた。
味方が死んだ際の感想とは思えない。
俺は思わず尋ねる。
「……俺のことが憎くないのか?」
「こうなることは予想できていたからな。できれば起きてほしくなかったが、憎んだところで意味がない。お前にぶっ殺されるだけだ」
王は平然と述べた。
確かにそれは事実である。
王が全力を出したところで、俺に勝てるわけがない。
彼は微塵の悔しさも見せずに認めている。
「感情に流されるとな、王なんてやっていられないんだ。ただし、民の感情は知っておかなくてはならない。齟齬が大きくなるといずれ破綻する」
エルフの王は諭すように語る。
それは決してヒューマンに向ける口ぶりではなかった。
まるで友人に対する言葉のようである。
俺は大いに困惑した。
このようなエルフは初めて見た。
よく分からない男だった。
様々な疑問を抱きつつ、俺は王に問いかける。
「それをなぜ俺に言うんだ?」
「必要だと思ったからさ。善意からの助言だと考えてくれ。いずれ理解するだろう」
王は淡々と答える。
それを聞いても、やはり理由は不明だった。
俺は王ではない。
むしろ縁遠い存在である。
隠れ村でも主導者の立ち位置ではなかった。
あくまでも最も強い力を持つ者に過ぎず、それ以外に名乗れることはない。
一方、王は手を打った。
我に返った俺に向けて、彼は確認の言葉を投げる。
「さて、本題に入ろう。風の使徒は始末できたか?」
「始末した。死体は持ち帰れなかったが、証拠はある」
俺はそう答えると手を振った。
放たれた熱風が、石壁に一筋の傷を刻み込んだ。
そこから焼けるような音がした。
石なのでさすがに燃え上がるようなことはない。
その光景を目にした王が、感心したような顔になる。
「――ほう。あの女の力を奪ったのか」
「使徒はこういったことができるらしい。俺も初めて知った」
「なるほどなぁ。瀕死や相打ちを期待していたが、こいつはとんでもない誤算だ。とても勝てやしないぜ」
王は苦笑いしながら言う。
冗談のように言っているが、おそらく本気だろう。
緑髪との戦いで俺が弱っていれば、躊躇なく殺すつもりだったに違いない。
目の前の王は、それを白状したのだ。
俺は両拳に炎を滲ませながら一歩踏み出す。
殺気を乗せた視線を玉座の王に向けた。
「水の能力を持っているだろう。立ち向かう気はないのか」
「ここで仕掛けるほど無謀な性格はしていないさ。殺される未来しか見えない」
王は肩をすくめる。
このような状況でも、一切の緊張を感じさせない。
普通のエルフなら恐怖するはずだった。
相当な胆力の持ち主である。
俺が感心する間にも、王は話を進行させていく。
「暗殺は無事に終わったわけだが、一つ提案がある」
「何だ」
俺が訊くと、王は不敵な笑みを浮かべた。
あれは何かを企んでいる顔だ。
彼は続きを口にする。
「こうして共闘したのも何かの縁だ。ちょいと同盟でも結ばないか?」




