第30話 元奴隷はエルフの住処に帰還する
その後、俺達はエルフの住処に帰還した。
道中で敵のエルフに襲われることは無かった。
おそらく位置を感知されていたが、彼らは襲撃してこなかった。
その理由は分かり切っている。
こちらの陣営に俺がいるためだ。
俺は連中の切り札である風の使徒を抹殺し、さらにはその能力を奪い取った。
そこまで知っているかは定かではないが、風の使徒が死んだことは向こうも気付いているはずだ。
だから勝ち目がないと悟って追撃してこなかったものと思われる。
これは俺達にとっても幸運だった。
俺だけならまだしも、味方がいる状況であの場に長居したくなかった。
滞りなく帰還できてよかった。
(しかし、素直には喜べないな……)
最後尾を任されていた俺は、暗殺部隊全体を眺める。
エルフは少し数が減っていた。
緑髪との戦闘による犠牲者だ。
重傷者や軽傷者が混ざっているものの、今すぐに死にそうな者はいない。
襲撃部隊の皆も、同じく疲労困憊といった様子だった。
こちらも数名が死んでいた。
エルフ達が回復魔術を使って手を尽くしたが、傷が酷すぎて助けられなかったのだ。
これに関しては強い後悔を覚えている。
俺の判断が招いた惨事だ。
どうしようもない怒りが煮え滾っていた。
しかし、いくら激昂したところで彼らは帰ってこない。
この結果から俺は学び、二度と同じことをしないと誓うしかなかった。
できることと言えばそれくらいだろう。
立ち止まっている暇はないのだ。
幸いなのは、同行する中で他に死にそうな者はいないことだろうか。
応急処置とは言え、皆が傷を治療している。
俺も少しだけ手伝った。
炎で傷を焼き固めたのだ。
とんでもない苦痛だったろうが、出血多量で死ぬよりましと思ってほしい。
心苦しいが耐えてもらった。
帰還した俺達は、さっそく治療の得意なエルフから手当てを受けた。
エルフだけが処置されるような流れになりかけたので、彼らを脅して治療を受ける。
俺は別に構いやしないが、仲間は危ない。
今すぐに死ぬような状態ではないが、何の手当てもなく過ごせるほどではなかった。
気力でここまで歩いてきた者もいる。
しっかりとした処理を受けるべきだろう。
「…………」
自分の治療を後回しにした俺は、仲間が処置される光景を監視する。
エルフ達が余計な真似ができないように見張っているのだ。
そこへ案内役の老人がやってきた。
老人は嫌な目付きで治療風景を一瞥すると、鼻を鳴らして俺を睨み上げてきた。
「帰ってきたか。思ったより生きておるではないか」
「……不満か?」
俺が問うと、老人はすぐに頷いた。
彼は不快感を隠さずに言う。
「不満に決まっておるだろう。なぜこれだけ生き延びている。我らが同胞を盾にでもしたのか?」
「お前……」
俺は老人に身体を向ける。
血が滲まんばかりに拳を握り締めた。
沸き上がる激情に合わせて、視界が赤く染まっていく。
一方で老人は、余裕の態度だった。
周囲のエルフ達を見ながら半笑いしている。
彼はこちらを嘲るような調子で口を開いた。
「手を出すのか? 貴様の仲間がどうなってもいいのなら好きにするがいい。ただし、絶対に後悔をすることに――」
「いい加減、黙れ。空気を読めないのか」
俺は老人の戯言を遮るようにして腕を突き出した。
彼の首を掴むと、そのまま頭上高くまで持ち上げる。
感情に任せて炎が噴出した。
そのまま老人に燃え移り、勢いを増していく。
「あ、ぐえぇっ、ぎぁああアアァァァッ!?」
老人が白目を剥いて絶叫した。
炎は本来は一瞬で相手を焼き殺す威力のはずだった。
それなのに老人は、延々と苦しみ続けている。
(これは一体どういうことなのだろう)
本能的に炎の性質を変えて、長く苦しめるようになっているのか。
だとすれば好都合だ。
今の場面ではちょうどいい。
俺は炎を継ぎ足しながら、じわじわと老人を焼いていく。
その後、ようやく老人は沈黙した。
骨の髄まで炎が浸透し、もはや原形を残さないほどに燃え朽ちていた。
首から手を離すと、地面に落下した。
その衝撃でばらばらに四散する。
老人はただの灰の山となった。
俺は手を払いながら周囲を見やる。
エルフ達は硬直していた。
一部の者は、殺気を帯びて武器を手にしている。
俺は全身を炎で包み上げた。
そして彼らに低い声で告げる。
「どうした。早く治療を続けろ。同じ目に遭いたいのか?」
「ひっ」
エルフの誰かが悲鳴を洩らした。
それをきっかけに、場は恐怖に支配される。
彼らの大半は、慌てたように逃げ出した。
治療を行っていたエルフは、泣きそうになりながら作業を続行する。
それを見た俺は炎を解除した。
殺気を霧散させて嘆息する。
どうにも気が晴れない。
(やはりエルフは最低だ……どうしようもない性格をしている)
俺は片手を振る。
吹き抜ける熱風が、老人だった灰を宙に散らした。




