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第3話 元奴隷は竜を屠る

 晴れ空の下、俺は荒野を歩く。

 片手で荷馬車を引っ張りながら進んでいた。


 荷馬車には薬草や果実、動物の肉等が満載だった。

 いずれも後方の森で収穫してきたものである。

 悪くない量だろう。

 普段の収穫に比べると多い方だった。


「ふんふーん……」


 荷馬車の端にはリータが腰かけていた。

 彼女は機嫌よく鼻歌を奏でている。

 紫色の目は、どこか遠くを眺めていた。


 リータはとても気まぐれな性格だ。

 こういう時に話しかけると、少し不満げな顔をされる。

 向こうから声をかけられるまでは、大人しく黙っているのが正解だった。


 彼女はずっとこんな調子なので、俺も対処法を心得ている。

 かれこれ二年ほどの付き合いだろうか。

 時が経つのは早いものである。


「……ん?」


 黙々と歩いていた俺だが、ふと眉を寄せる。


 遥か彼方に強力な生物がいた。

 俺に宿る炎が、生命の鼓動を感知したのだ。


 この反応は大型の魔物だろうか。

 空を高速で移動して、真っ直ぐとこちらに向かっている。

 俺は反応のある方角に視線をずらす。


 翼を上下して接近するのは、緑色の飛竜だった。

 全身が鱗に覆われており、その上から高濃度の魔力を纏っている。

 黄色い小さな瞳は、俺達を見下ろしていた。


 俺は竜の巨躯に注目する。

 よく見ると腹に術式が施されていた。

 記憶力に自信はないが、あれは確か使役の刻印だったはずだ。

 あの竜は野生ではなく飼い慣らされた個体らしい。


(どこかのエルフが、俺を殺害するために送り込んで来たか?)


 俺はため息を吐きつつ推測する。

 別に珍しい手段でもない。

 そういった襲撃は幾度も味わってきた。


 飽きもせずによくやるものだ。

 エルフ達からすれば、それだけ俺は殺したい相手なのだろう。

 今までやってきたことを振り返ると、その気持ちは分かる。


 もっとも、同情の余地はない。

 後ほど誰が差し向けたのかを調べなければ。

 主犯の者には、その行為に相応しい罰を与えたいと思う。


 俺は荷馬車から手を離した。

 戦いの場をここから移す必要があった。

 巻き添えで荷馬車を壊されたら堪らない。

 現状、最も恐れていることだ。


 竜を眺めるリータがぽつりと呟く。


「若い風の竜……あなたなら大丈夫そうね」


「ああ、問題ない。すぐに戻ってくる」


 彼女の言葉に応じつつ、俺はコートの袖をまくった。

 腕に刻まれた炎の紋様が露わとなる。

 この痣のようなものこそ、契約の証であった。


 俺は髪紐を解いて外す。

 一つ結びの長い髪が広がった。

 炎で肉体活性が促されているためか、やけに伸びる間隔が早いのだ。

 あまり放置すると鬱陶しいので、折を見て切ろうと思う。


 次に懐を探り、そこから木製の仮面を取り出した。

 表面は白く塗られ、目の部分を黒く縁取りしてある。

 これといった装飾もなく、凹凸も乏しい。

 のっぺりとした印象の仮面だった。


 俺は仮面を顔に当てて、革帯を後頭部に回して固定する。

 これは防具ではない。

 炎の使徒の象徴として身に着けているのだ。

 戦闘時の意識の切り替えも担っている。


 最後に俺は靴を脱ぎ捨てた。

 これで戦闘準備は完了だ。

 手足を軽く伸ばして動きやすいように慣らしておく。


「それじゃ、気を付けてね。無理しちゃ駄目よ」


「分かっている」


 答えた俺は、竜に向かって疾走する。

 すぐさま竜が息を吸い込み、勢いよく吐き出した。


 耳を澄ますと空気の擦れる音がする。

 風のブレスが迫ってきていた。


 俺は左手から火球を放ち、それをブレスにぶつけて相殺する。

 四散したブレスが、周囲の大地を切り刻んだ。


 なかなかの破壊力だが、対処は簡単だ。

 出力で押し負けなければいいだけである。

 それこそ俺の得意分野だった。


 俺は地面を蹴って跳躍する。

 落下を始める前に、足裏から炎を噴射させた。

 それを連続させることで宙を駆け上がり、竜と並ぶ高度に到達する。


 対峙する竜が咆哮を轟かせる。

 空中に立つ俺は、それを真正面から浴びた。

 鼓膜が破れそうだが、恐怖は無い。

 これまでに培った戦闘経験と精神力が、そういったものを捻じ伏せているのだ。


 俺は片手を振って炎の刃を射出した。

 竜はブレスで対抗するも、炎が軌道を変えることはない。

 そのまま竜の胴体に炸裂した。

 鱗が破られてその奥の肉を切り裂かれ、鮮血が噴き出した。

 傷口が焼けながら広がっていく。


 重傷を負った竜は叫び、怒り狂って突進してきた。

 胴体の痛みで冷静さを失っている。

 災害のような力を持つが、所詮は獣だ。

 こういうところが弱い。


(さっさと決めてしまうか)


 俺は足裏の炎で加速し、竜へと急接近していく。

 竜が大口を開けた。

 俺を噛み殺して丸呑みするつもりなのだろう。

 単純だが有効な攻撃方法である。


(まあ、食らうわけがないが……)


 俺は臆さずに接近速度を上げていった。

 瞬く間に竜との距離が消失し、その凶暴な顔が目の前にまで迫る。

 びっしりと生えた牙が剥き出しとなっていた。

 涎を散らして、俺を喰らおうとしている。


 俺は自分の髪に力を集中させる。

 蠢く髪は炎を纏うと、伝えた意志に従って伸びた。

 そして、束になることで竜の噛み付きを阻んでみせる。


 一方、炎に衝突した竜は怯んでいた。

 鼻先が少し焦げている。


 俺はその隙に飛び上がり、片脚に炎を灯した。

 その脚で竜の頬に蹴りを繰り出す。

 大振りの蹴りが、狙った通りの箇所にめり込む。


 瞬間的に膨れ上がる炎。

 蹴りを受けた竜は、血を飛ばしながら落下した。

 地面に激突し、土煙を巻き上げながら転がっていく。


「思ったより飛んだな……」


 竜は腹を上に向けて倒れていた。

 ほどなくして、ぎこちない動きながらも起き上がる。

 蹴りを浴びせた頬は、見事に抉れていた。

 表面が焼け焦げており、歯茎と牙が剥き出しになっている。

 熱でへばり付いているのか、口が上手く開けられないようだった。


 竜は羽を動かして、再び上空に舞い上がろうとする。

 もちろんそのような猶予は与えない。


 俺は右手を竜に向けた。

 指先を揃えて真っ直ぐに伸ばす。

 続いて左手で手首を掴んで押さえた。

 しっかりと狙いを定める。


「――食らえ」


 俺は小さな声で竜に告げる。

 指先で圧縮された炎が、矢の形となって放たれた。


 空を切る炎の矢は、飛び立とうとした竜の顔面に炸裂する。

 次の瞬間には、片目を抉りながら頭部を穿った。

 遠目にも脳漿が弾け飛ぶのが見えた。


 竜は声も上げられずに脱力し、轟音と共に倒れ込む。

 もう起き上がってくることはない。

 頭部が内側から炎上していた。

 やがて全体が燃え始める。


 俺は竜のそばに降り立つと、広がりつつあった炎を吸収して消火した。

 このまま燃やしてしまうのはもったいない。

 竜の死骸には、色々と使い道がある。

 せっかくなので持ち帰りたかった。


(エルフ達に感謝しなくてはな)


 腹部の術式も消えている。

 術者に居場所が分かる仕様ではないようだ。

 そういう厄介な魔術もあるため気を付けないといけない。


 俺は竜を引きずって荷馬車に戻った。

 リータは頬杖をついて待っていた。


「おかえりなさい。見事な手際だったわね」


「竜が弱かった。訓練を十分に受けていない個体だろう」


「それにしたって上出来よ。あなたは炎の加護をしっかりと引き出せている。誇ってもいいと思うわ」


 リータは俺に対する評価を述べる。

 彼女は素直に感心しているようだった。

 お世辞を抜きして、上手く戦えていたということだろう。

 炎の女神に褒めてもらえるとは、嬉しい限りである。


 障害を排除した俺は、片手で荷馬車を引っ張って移動を再開した。

 もう一方の手で竜の尻尾を掴み、死骸を丸ごと引きずる。

 荷馬車とぶつからないようにだけ注意した。

 揺れがひどいと、リータから小言を受ける羽目になる。


(それにしても、随分と生活も変わったな……)


 俺は自らの行いを冷静になって振り返る。


 炎の女神リータと契約を結んでから二年。

 あれから俺は、数多くのエルフを虐殺してきた。

 彼らの森も焼き払った。


 この荒野も、半年前までは緑豊かな森だったのだ。

 俺がエルフごと炎の餌食にしたのである。


 この二年間を通して、俺は様々なことを学んだ。

 先ほどのように戦闘能力は大幅に向上した。

 竜のような魔物ですら、単身での討伐が可能となっている。

 奴隷では知り得なかった知識や常識も取り入れて、充実した日々を送っていた。


 さらに今では、帰るべき場所もある。

 奴隷の頃のように劣悪な環境ではない。

 既に故郷とも言えるような地だ。


 日が傾き始めた頃、俺は足を止めた。

 そこは小高い岩山が並ぶ地帯だ。

 外観はただ山が密集しただけの場所だが、しっかり近付くと分かることがある。


 岩山の合間には、ひっそりと建物が並んでいた。

 小規模ながら畑も作られている。

 働く人々の姿もちらほらとあった。

 俺達の姿を認めると、嬉しそうに手を振ってくる。


 この場所こそ、元奴隷で結集して築いた隠れ村だった。

 エルフの支配を受けていない数少ない土地である。

 ここが現在の俺の拠点だった。


「竜の肉がお土産なんて、今夜の食事は豪勢になりそうね」


「ああ、楽しみだ」


 そんな会話をしつつ、俺達は隠れ村の中へ入っていった。

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