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第29話 元奴隷は風の力を確かめる

 俺は体内に今までとは異なる力の存在を知覚した。

 これが風の能力らしい。

 しかも一時的なものではない。

 炎と同じく、俺と深く結び付いているようだ。


 俺はその力を放出してみる。

 風の刃が飛んで、遠くの樹木をまとめて切断した。

 断面から燃え上がる。


 狙いから少しずれた位置に命中していた。

 まだ力が上手く操れていない。


 さらに言うと、風だけを行使するのは不可能らしい。

 必ず炎の要素が紛れ込んでくる。

 風の刃による切断だけは行えず、燃えてしまうということだ。


(俺が炎の使徒だから、完全な分離はできないのだろう)


 これは仕方ない。

 風だけが使えるのならば、かなり便利だったのだが、そこまで都合の良い能力ではないようだ。


 一方で今までのように炎だけを使うのは問題なく可能だった。

 全体的な出力も向上している。

 緑髪から力を奪ったことで、基礎部分が強化されたらしい。


 これは純粋に良い変化である。

 満身創痍になってでも緑髪を倒した甲斐があった。

 今後、風の力は様々な場面で活用できそうだ。


 一連の確認を済ませた俺は、同行してきたエルフと襲撃部隊のもとへ戻った。

 真っ先に動いたのはエルフ達だ。

 彼らは武器を構えて俺を警戒してくる。


 俺が風を使った姿は、遠目にも見えたはずだ。

 新たな能力に目覚めた使徒に、エルフ達は恐れを抱いているのである。

 隊長の男が、油断なくこちらを見ながら呻く。


「貴様……」


「ああ、風の使徒の力を奪った」


 エルフ達の間でざわめきが起きる。

 まるで絶望を突き付けられたかのような顔だった。

 彼らがそういった表情になるのも分かる。


 エルフ達は、風の使徒が他勢力に属している状況が許せず、憎きヒューマンと手を組んでまで暗殺を決行した。

 その結果、あろうことか炎の使徒に力が移ったのだ。

 彼らにとって最悪の結末である。


 その横で襲撃部隊の皆は喜んでいた。

 俺の成長を歓迎してくれている。

 両者の反応の違いを見て、思わず笑いそうになった。


 隊長は驚きから我に返ると、慎重な口調で俺に尋ねる。


「何ということを……加護の力は、譲渡が可能なのか?」


 訊かれた俺は、体内の能力を確かめる。

 その感覚から答えを述べた。


「譲渡は、たぶんできない。使徒が別の使徒を殺すことで、相手の能力を得られるらしい」


「……本当だな?」


「無意味な嘘を言うわけがないだろう。それとも、俺を殺して加護を奪えるか試してみるか?」


 疑わしそうなエルフの隊長に、俺は殺気を隠さず言い返す。

 足元の地面に裂け目が走った。

 感情の昂りに合わせて、風が出てしまったのだ。


「ぐっ……」


 隊長は悔しそうに顔を歪める。

 他のエルフ達は、なかなか武器を下ろさない。


 苦笑する俺は、彼らに忠告することにした。


「やめとけよ。お前らが束になろうと敵わないんだ。無駄に死にたくはないだろう?」


 炎の力だけの時から、俺は彼らを皆殺しにできた。

 今ならもっと迅速に可能である。

 攻撃速度や可視性において、風は非常に有利な能力だ。

 エルフ達など、簡単に抹殺できる。


 俺の忠告を受けたエルフ達は、納得できない様子ながらも武器を下ろしていく。

 彼らだって馬鹿ではない。

 互いの実力差くらいは把握している。

 ここで俺に立ち向かったところで、無意味に死ぬと分かっていた。


 彼らの殺気が萎えていくのを確かめた俺は、踵を返した。

 焼き殺したエルフの増援のいる方角へと向かう。

 すると背後から隊長の声がかかった。


「おい、どこへ行く。任務は終わったぞ」


「気が変わった。この領土の王を殺しに行く。ちょうどいい機会だ」


「部隊は壊滅している! この状態で進むというのかッ!」


「お前達は先に帰還してくれ。俺の仲間も連れ帰るんだ。ここからは俺一人で向かう」


 せっかくここまで訪れたのだ。

 ついでに王も殺してしまえば、さらに問題が解決する。

 風の能力も得た俺は、よほどの事態でも負けない。

 もちろん油断や慢心はしない。

 慎重にやるつもりだった。

 それでも大して時間をかけずに抹殺できるだろう。


「無茶だ! 後のことは、我らが王が何とかする。貴様が出しゃばるところではない!」


「…………」


 俺は振り返り、必死に反論する隊長を凝視する。

 そして、ある可能性に気付いた。


「……なるほど。俺を撤退させるように命じられているな? 王から指示されているんだろう」


「…………っ」


 隊長が顔を強張らせた。

 どうやら的中したらしい。


 俺は愉快になって笑いつつ、ふと襲撃部隊の皆を見た。

 誰もが負傷している。

 生死を彷徨っている者も少なくなかった。


 俺は彼らを置いていこうとしていた。

 一瞬、間違いなく復讐心に支配されていたのだ。

 彼らの姿を目にした俺は、笑みを消す。

 そして歩みを止めた。


「分かった、従うよ。一旦、帰還しよう」


「……何!?」


「どうした。まさか説得が通じるとは思わなかったのか」


「いや……違う。帰るぞ。貴様が周囲の警戒をしろ」


 動揺を誤魔化した隊長は、偉そうに命令を下す。

 彼の態度には触れず、俺は大人しく頷いた。


「任せときな。完璧にこなしてやるさ」

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