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第23話 元奴隷は敵陣に侵入する

 俺達は早足で森の中を進んでいく。

 草木を揺らしても音が鳴らない。

 エルフ達が風魔術で調整しているのだ。

 少しでも隠密性を高め、敵に気付かれないように配慮しているのである。

 おそらく他にもいくつか術を使っているのだろう。

 彼らの魔術は様々な効果をもたらす。

 敵だと面倒でしかないが、味方になるとありがたい代物だった。


 俺は炎の力を限界まで抑えておく。

 少しでも感知されないように努力した。

 どこまで意味があるか不明だが、やらないよりはましだと思いたい。


 先行するエルフ達は、淀みない足取りだった。

 目印のない森の中を迷わずに進んでいる。

 彼らは感覚で現在地を把握し、的確な道のりで選んでいるのであった。

 これはさすがと言う他ない。

 俺達のようなヒューマンには真似できない技能だ。


 このまま俺達は、敵のエルフの領土に侵入する予定である。

 ある程度まで近付けば、風の使徒を感知できる。

 そこからは俺が強引に突破するという手も使える。

 そのため、どこまで気付かれずに接近できるかが肝と言えよう。


 とにかく緑髪に逃げられなければいい。

 追いかけて時間をかけるほど、こちらが不利となる。

 相手の領土に長居することになり、自ずと犠牲が増えていく。


 今回は短期決戦で挑みたい。

 風の使徒をさっさと殺して離脱するのだ。

 他のエルフは後回しでいい。


 戦後処理は、あのエルフの王に任せるつもりだった。

 あの男なら上手くやれるだろう。

 交渉事も器用にこなせる印象があった。


 それが難航するようなら、俺が燃やし尽くしてもいい。

 使徒という天敵さえいなくなれば、俺を止められる存在はいない。

 油断せず、着実に攻め込めば必ず勝利が可能だろう。

 そして今回協力したエルフ達も、折を見て始末する。


(胸が高鳴るな……叫びたくなってくる)


 俺は左右の手で棍棒を弄ぶ。

 こうして息を潜めて移動するのは苦手で、堪らず走り出しそうになる。

 だが、今回ばかりは焦るわけにもいかない。

 もどかしいものの、ここはエルフ達に付いていくのが正解だろう。

 彼らほど森での移動術に優れた者はいないのだから。


 遠くからは無数の戦闘音がしていた。

 別動隊のエルフ達は、上手く陽動の役割を果たしてくれているようだ。

 敵のエルフがそちらに気を取られているおかげで、俺達は比較的安全に前進できる。

 今のところは敵と遭遇しそうな気配もなかった。

 実に順調な道のりである。


 そうして移動すること暫し。

 隊長のエルフがこちらを振り向いた。


「ここから先は、敵の領土となる。より一層、気を引き締めておけ」


「分かった」


 代表して俺が答えておく。

 つまり今からは奇襲や罠の出現率が跳ね上がるということだ。

 隊長の言う通り、気を引き締めなければならない。


 俺達は移動を続行する。

 敵の領土に侵入したと言っても、やることは変わらない。

 炎の力を使わない代わりに、五感を常に活用する。

 少しの違和感も逃さないように、意識を全方位に張り巡らせた。


 皆も同じ調子だった。

 僅かな見落としが死に繋がりかねない。

 惰性で進むことはできなかった。


 さらに進むと、前方からざわめきが聞こえてきた。

 大勢の者達が慌ただしく動いている。

 見ればそれは、ヒューマンの奴隷だった。

 彼らは矢筒を担いで移動している。


(増援部隊の準備か?)


 俺は奴隷の矢筒を見て予想する。

 彼らは陽動の担う戦場へ赴くつもりかもしれない。

 或いは俺達のように別動隊で襲撃でも仕掛けるつもりなのだろうか。

 何にしても、物騒な理由には違いない。


 エルフ同士の戦いにおいても、弓矢は重要だ。

 長期戦ともなれば、矢の補給は必須である。

 矢の運搬くらいなら、奴隷にでも任せられる簡単な仕事だった。

 戦場でもいざとなれば肉の盾にできる。

 実際、そういった話を聞いたことがあった。


 奴隷達はこちらに気付いていない。

 彼らは無心で矢筒を運搬している。


 隊長のエルフは無言で迂回を始めた。

 進路を変更して、奴隷達と鉢合わせにならないようにする。


 この判断は正しい。

 彼らの戦闘能力など皆無に近い。

 俺達だけで簡単に蹴散らせる。


 しかし、彼らに騒がれると敵のエルフ達が殺到してしまう。

 この場で戦闘が始まり、風の使徒の暗殺が遠のくこととなる。

 余計な犠牲も出す羽目になるだろう。

 だからこそ、ここは迂回して進んだ方がいい。


(ん……?)


 その途中、俺はふと奴隷達の向こう側に目を向ける。

 木々の隙間に、揺れる緑の髪が覗いていた。

 一見すると背景と同化しているが、確かにあれは髪だ。

 焼け爛れた腕が、こちらを指差している。


 それを認識した瞬間、俺は叫ぶ。


「――避けろォッ!」


 刹那、不可視の刃が奴隷を切り刻み、その勢いで俺達に襲いかかってきた。

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