第22話 元奴隷は暗殺を始動する
そして時は過ぎて暗殺決行の当日。
俺達は、エルフ達の住処の端にいた。
武装した襲撃部隊の皆は、緊張した面持ちをしている。
初日のように疲労困憊した様子ではない。
この状況の中でも、彼らなりに食事と睡眠で元気を取り戻したのだ。
そのことに俺は密かに安堵する。
あまりに不調なら、彼らを同行させるべきではないとまで考えていたのだ。
その心配は杞憂に終わったようである。
近くには十数人のエルフ達がいた。
最初にこの住処まで俺達を案内してきた者も混ざっている。
隊長のエルフの顔もあった。
彼らは俺達の暗殺に同行するエルフ達だ。
言ってしまえば協力者である。
道中、敵のエルフを殺してもらう他、様々な補助を任せる予定だった。
彼らはそれなりの実力者揃いだ。
少なくとも並のヒューマンよりも強い。
彼らは魔術を使える上、弓の扱いも抜群であった。
一応、腕っ節だけなら襲撃部隊の方が優れているものの、汎用性では圧倒的にエルフが勝っている。
これからあらゆる場面で世話になるだろう。
エルフ達はこちらを苦々しい顔で見ている。
中には小声で愚痴を吐いている者もいた。
随分と感じが悪いが、それはこちらも同じことである。
襲撃部隊は、エルフ達に敵意に近い視線を向けていた。
今日まで何度か説得したものの、結局は互いへの嫌悪感は拭えなかった。
まだ争いに発展しないだけ改善されている。
それでも同じ任務をこなす仲とは思えない。
しかし、既に暗殺決行日だ。
予定を先延ばしにすることはできない。
この集団で暗殺を成功させなくてはならなかった。
ため息を吐いた俺は、襲撃部隊の様子を確認する。
考えた末、一人で同行するエルフ達のもとへ赴いた。
エルフ達の視線が俺に殺到する。
特に気負うことも無く、俺は彼らに話しかけた。
「よろしく頼む。仲良く……はできなさそうだが、互いの目的のために力を尽くそう」
エルフ達は無言で顔を見合わせる。
そのうちの一人が鼻を鳴らした。
「……この空気でよく言えたものだ」
「この空気だからこそ言った」
俺は即座に返す。
エルフ達の間で明確な苛立ちが沸き立つ。
気に食わない回答だったらしい。
俺は続けて彼らに述べる。
「お前らを一人残さず灰にしてやりたくて堪らないが、今のところは我慢している。お前達も同じような心境だろう。だが、今は互いの力が必要だ。個人的な感情で王の命令に背けるほど、お前達の忠誠心は薄っぺらなのか?」
「…………」
エルフ達がにわかに殺気を帯びる。
しかし、言い返してくる者はいない。
彼らは俺の言葉が正論であるのを認めているのだ。
ここで否定などすれば、王の意向を無視すると同義である。
だから反論などできるはずがない。
彼らの誇りと忠誠心の高さはよく知っている。
沈黙の中、隊長が俺を一瞥した。
彼は低い声音で告げる。
「精々、我々の邪魔をしてくれるなよ。もし貴様が腑抜けるようであれば、風の使徒は我々が殺してやる」
「安心しろ。あの女は確実に焼き殺してやる。それが俺の役目だ」
俺は拳に炎を宿しながら宣言する。
これは誰に何を言われようと実現するつもりだった。
あの女は、この手で息の根を止めなければ気が済まない。
炎の使徒としての本能だろうか。
緑髪を生かしておきたくないと強く考えてしまうのだ。
強い衝動が頭の中を支配している。
暗殺決行日になって、それが顕著になってきた。
俺は意識的に気分を落ち着けようと努力する。
昂ってしまうのは仕方ないが、冷静さを欠くのは駄目だ。
このままではいずれ致命的な失敗を犯してしまう。
考えなしに突っ込んだ結果、俺は風の使徒から痛い目に遭わされた。
その教訓から学ばなければ。
俺はエルフ達と襲撃部隊の双方から離れると、樹木に背を預けて目を閉じた。
深呼吸を繰り返しながら精神を集中させる。
荒ぶる心を鎮めていく。
今回の暗殺作戦は、まず最初に他のエルフ達が陽動となる戦闘を勃発させる。
俺達はその間に相手の領土へ潜入する手筈となっていた。
出発の合図は魔術で届くらしい。
「…………」
俺は何も考えず、ひたすらに深呼吸だけを繰り返して待つ。
やがて数度の破裂音がした。
見れば遠くの空で水の球が弾けていた。
遅れて喧騒と別の魔術の音が聞こえてくる。
離れた地点で、両陣営による戦闘が始まったようだ。
先ほどの水球は、弓の一斉射撃の合図であった。
今回は、俺達の出発合図の役割も兼ねている。
「行くぞ。遅れるのならば置いていく」
エルフ達が足早に森の中へ踏み込んでいく。
襲撃部隊は外套を纏ってそれに続く。
俺は樹木から背中を離した。
そして最後尾から皆を追って歩き始める。
(いよいよか……)
当初はまさかエルフ達と共闘するとは思わなかったが、状況的には悪くない。
暗殺成功の可能性は、確実に上昇していた。
あとは如何に犠牲を出さずに完遂するかといった点だろう。
そのすべては俺に懸かっている。
森を進む俺は、静かな熱狂を胸の内に抑え込んだ。




