第21話 元奴隷は自らの印象を再確認する
翌朝、俺達は小屋の中で食事を行う。
食べたのは、村から持参してきた食糧だ。
保存用なのでとびきり美味いわけではないが、腹はそれなりに満たされる。
今はこれで十分だろう。
森で食糧を調達してもいいそうだが、皆にそれだけの気力がなかった。
寝不足の者も多い。
やはりこの状況下では休めなかったのだろう。
彼らの心境も理解できるので、俺から批難することはできない。
(後で単独で狩りをするべきかもしれないな)
皆の様子を見て、俺はそう判断する。
今のうちに美味い料理で英気を養っておかなければ。
この状態では、暗殺も満足にできないだろう。
あまり休まる状況でないのは確かだが、なるべく万全な状態を維持しておきたい。
食事を済ませた俺は、一人で屋外へと出た。
気晴らしに散歩をすることにしたのである。
そのついでに食糧も取ってこようと思う。
垂らしたままの髪を結びつつ、いつもの仮面を装着した。
ついでに貰った衣服の襟を直す。
着心地がいいので割と気に入っている。
散歩と言っても、エルフ達の居住区へは近付かない。
さすがに問題が起きてしまうだろう。
用もないのにうろつくべきではなかった。
俺は居住区とは反対方向へと進んでいく。
生命反応を探りながら移動していった。
その途中、大量の反応を発見する。
おそらく大半がエルフではない。
ここからそう遠くない場所におり、ちょうど居住区からも離れている。
なんとなく気になった俺は、そちらへ行ってみることにした。
近付くほどに様々な声が聞こえてくる。
それは叱責の叫びや悲鳴、呻き声などだった。
あまり穏やかな雰囲気でないのは確かであった。
「これは……」
俺は頭痛を覚えるも、歯を食い縛って誤魔化す。
この先に何があるのか分かったが、引き返すつもりはない。
直接確認しておきたかった。
強まる頭痛を無視して、俺は茂みを突き進んでいく。
やがて茂みを抜けて開けた場所に出た。
そこにはいくつもの切り株があった。
辺りにはヒューマンが立っている。
斧を持った彼らは、疲弊した顔で伐採作業に勤しんでいた。
「遅い! 何を休んでいるッ!」
叱責を飛ばすのは数人のエルフだ。
監督官である彼らは、動きの鈍いヒューマンを鞭で痛め付ける。
そのたびに他のヒューマン達は、顔を背けて斧を振るい続けた。
ここは奴隷の作業場だ。
木材の調達が仕事のようである。
もっとも、それは建前に過ぎない。
伐採なんて魔術を使えばすぐに済むようなことだ。
実際は、エルフ達の嗜虐心を満たすための場所であった。
もう何度も目にしてきた光景だ。
俺自身、二年ほど前まではここにいた。
もしリータに選ばれなければ、奴隷のまま無残に死んでいた。
懐かしいが、決して良い記憶ではない。
かと言って忘れ去りたいわけでもなかった。
「なっ、貴様は……ッ!」
監督官の一人が俺に気付くと、血相を変えて後ずさった。
鞭を下ろすと、風の刃を飛ばしてくる。
俺は指先から小さな炎を放った。
風の刃に衝突させて、その軌道をずらす。
頭上で枝が切断された。
落ちてきたそれを俺は掴み取る。
枝は、手の中で燃え上がって丸焦げになった。
「ひいっ!?」
情けない声を上げたエルフは、背中を見せて逃げ出した。
それ以上、反撃してくる様子はない。
俺の登場に驚いて、咄嗟に攻撃してしまっただけらしい。
一瞬、焼き殺してやろうかと思ったが、その衝動を寸前で留める。
向けるべき相手が違う。
この気持ちは、緑髪と戦う時まで取っておこう。
一方、近くにいた奴隷達は斧を投げ出すと、他の監督官のもとへ逃げていく。
俺に対する恐怖で溢れていた。
その様を目の当たりにした俺は、思わず笑いをこぼす。
「……ははは」
暴力を振るい続けるエルフより、炎の使徒の方が恐ろしいらしい。
なんとも愉快なことだ。
まあ、彼らの気持ちは分かる。
どれだけ痛め付けられようと、エルフはただのエルフだ。
従順ならば殺されることもなく、最低限の食事も与えられる。
対する俺は、得体の知れない存在である。
さすがに炎の使徒の噂くらいは聞いているだろうが、それでも親しげな態度は取れないだろう。
強力な魔術を扱うエルフを一方的に虐殺するような怪物だ。
彼らが恐怖を抱くのも当然のことだった。
これまで奴隷を解放してきた中で、彼らに恐怖されたのは一度や二度ではない。
中には嫌悪感を向けてくる者もいた。
隠れ村に暮らすのは、俺に追従すると決めた少数派だ。
大部分のヒューマンは、どこかへ行方を眩ませている。
その後の動向は知らない。
別の勢力のエルフに捕まって、奴隷の身分に逆戻りしたのか。
はたまた森の中で生存できずに死んだのか。
或いは何らかの手段で密かに食い繋いでいるのか。
少なくとも、俺達以外の反逆勢力は聞いたことがなかった。
地域が離れているだけで、そういった者達もいるのだろうか。
余裕ができたら、そういった情報も集めていきたい。
奴隷達の反応から分かる通り、今の俺は暴力の象徴だ。
これまでの行動からすると仕方ないことだが、いずれこの印象は変えていきたい。
俺の向かう先は、きっとその方向ではないだろう。
新たな時代を築き上げるため、さらに頑張っていこうと思う。




