第20話 元奴隷は仲間に報告する
王との謁見を済ませた俺は、仲間の残る家屋へと戻る。
ちなみに帰り道も老人と護衛に見張られている。
和やかな雰囲気とは程遠い。
とても軽口を叩ける流れではなかった。
特にひどいのが老人のエルフだ。
先ほどからとんでもなく不機嫌である。
王に対する俺の言動が、よほど気に入らなかったらしい。
まあ、それもどうでもいいことだ。
王がそれを許可したのだから、老人も異は唱えられない。
今までのやり取りを見るに、エルフ間における身分差は絶対だった。
一方、護衛から暗殺計画について歩きながら聞かされる。
俺が王と会っている間に、大まかな部分が定まったそうだ。
護衛曰く、暗殺の決行は三日後。
当日までに打ち合わせや準備を済ませておくらしい。
暗殺はこちらの襲撃部隊とエルフの部隊が合同で実施して、緑髪の属する氏族の領土へ侵入する。
そこから時間をかけずに一気に攻め入り、潜伏する風の使徒のもとへ赴くのだという。
あとは俺との一騎討ちにさえ持ち込んで彼女を打ち倒す。
それを聞いた時、俺は懸念する点をいくつか思い付いた。
まず一つ目は、戦場が森になるということだ。
森の中だと、エルフの力は強まる。
風の使徒がどれほど強化されるか未知数だが、決して油断できない変化だと思われる。
前回は荒野での戦闘で、地理的には俺が有利だった。
今回は様々な面でこちらが不利を強いられる。
奇襲で殺せれば解決だが、そう上手くやれるとは思えない。
向こうも優れた感知能力を持っている。
それらを誤魔化して接近する自信はなかった。
炎の使徒である俺は、隠密行動が苦手だ。
どれだけ気を付けたとしても、すぐに探知されてしまう。
リータによると、加護の炎は生命力と威力に特化しており、他の分野は不得手らしい。
過去の契約者達も、正面からの大火力で捻じ伏せる戦法ばかりだったそうだ。
今回も暗殺と銘打っておきながら、実際は派手な戦いになりそうである。
三日後の計画について考えていると、俺達は襲撃部隊の待つ小屋まで戻ってきた。
老人が鋭い目で俺を睨む。
「用件があれば、こちらから声をかける。無用な外出はしないように心得ておけ」
「分かっているさ。決まりには従うよ」
俺は老人を適当にあしらっておく。
このエルフは、いちいち苛立つ言い方をしてくる。
形式上は同盟を組んだようなものなのだから、もう少し態度を改めてほしいものだが。
まあ、そういった配慮を期待できない相手であるのは分かり切っている。
だからこちらも見合った言動を取るしかない。
我慢ばかりしていては、いずれ爆発してしまう。
少しずつ発散しておかなければ。
「ふん……」
怒気を帯びた老人は、歯ぎしりしながらその場を立ち去っていく。
護衛達がその後に続いていった。
彼らも老人と似たような調子で、俺を殺したいほど憎んでいる。
立場上、手出しできないのは辛いのだろう。
その苦しい心境は、端々から感じられた。
俺は去りゆく面々に手を振っておく。
(……奴らはいずれ焼き殺してやる)
改めて決心を固めつつ、俺は小屋の中へ入る。
そこでは襲撃部隊の皆が休息を取っていた。
彼らの顔には疲労が窺える。
考えてみれば当然のことだ。
ここは憎きエルフの領土内で、敵に包囲されているようなものである。
迂闊な行動をすれば、たちまち殺される危険性が付きまとっていた。
あまり心の休まる状態ではない。
もちろんそうならないように王と交渉してきたが、彼らはその結果をまだ知らない。
俺のような力を持たない普通のヒューマンにとって、エルフは決して逆らえない相手なのだ。
未だにその意識は拭い切れないのだろう。
俺はさっそく皆に事情説明をする。
暗殺決行は三日後で、それまでにエルフ達と打ち合わせをする旨を伝えた。
案の定、誰もが嫌そうな顔をしていた。
エルフと共闘することに抵抗があるのだ。
俺だってそうだ。
可能ならば襲撃部隊だけで戦いたいし、出発当初はそのつもりだった。
だがしかし、エルフ達の助力が得られるのは大きい。
彼らは優秀な魔術使いであり、弓の名手だ。
感情を抜きにすれば頼りになる存在に違いない。
下手に意地を張ってヒューマンだけで行動するとなると、損を食うのは俺達自身だった。
目的達成のためには、この地のエルフ達を共闘するのが一番である。
そういったことを述べて皆を説得した。
結果、皆は大賛成とまではいかないが、一応は納得してくれた。
ひとまずは歩み寄る方針になったようである。
とは言え、まだまだ共闘するに足る関係ではない。
せめて道中で喧嘩をしない程度の仲を構築しておきたかった。
ここから地道に努力する必要がありそうだ。




