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第2話 奴隷は炎の女神と出会う

 肉処理場の外には、数十人のエルフが待ち構えていた。

 弓や杖で武装した彼らは俺を包囲している。

 騒ぎを聞き付けてやってきたのだろう。


「本当に炎の魔人だ……」


「絶対に逃がすな! ここで仕留めるぞ!」


「奴はまだ覚醒したばかりだッ! 落ち着いて対処しろ!」


 エルフ達は口々に何事かを喚いている。

 威勢とは裏腹に、彼らは驚くほど慎重だった。

 いつもなら躊躇いなく暴力を振るってくるというのに、一向に近付いてこようとしない。


 エルフにとって、炎とはそれだけ危険な代物なのだろう。

 実際、この炎は何人ものエルフを殺している。

 その力は俺自身も痛いほど実感していた。


「放てェ!」


 エルフの一人が号令を発する。

 構えられた弓から無数の矢が放たれた。


「くっ……!」


 俺は反射的に腕を上げて顔を庇う。

 直後、全身に鋭い痛みが伝わってきた。

 そっと確かめると、あちこちに矢が突き立っている。


 ただし、傷はそれほど深くない。

 ほんの少し刺さっている程度である。


 エルフは魔術で矢を強化できる。

 おそらくは、これらの矢も強化されているだろう。

 本来なら魔物ですら簡単に貫く威力だが、炎を得た俺には通用していない。

 これくらいならば、何度か食らったところで無視できる。


 刺さった矢が燃えて崩れ始めた。

 すぐに抜け落ちて無くなる。

 さすが炎の力だ。

 引き抜く手間が省けた。


「――行くぞ」


 俺は両手を掲げ、そこに力を込める。

 十分に熱を帯びたところで、エルフ達に向かって突き出した。


 荒れ狂う炎がエルフ達に襲いかかる。

 しかし、彼らに触れる寸前で半透明の壁に阻まれた。

 俺はその光景に歯噛みする。


(防御魔術か)


 こちらの攻撃を察して発動したのだろう。

 目を凝らせば、壁が何重にも張られているのが分かる。

 防御魔術の向こうには、安堵するエルフ達の顔が見えた。

 俺の攻撃を阻止して気を抜いているようだ。


 だから俺は、両腕にさらなる力を集中させた。

 今の炎で防がれるのなら、防げない規模にまで膨らませればいい。

 それが可能であると直感的に理解していた。

 エルフへの憎悪を昂らせるたびに炎は強まり、防御魔術の表面を焼いていく。


 やがて防御魔術に亀裂が走った。

 炎を浴びる箇所から音を立てて割れ始める。

 あまりの破壊力に、魔術が維持できなくなったのだろう。


 エルフ達は慌てて追加の防御魔術を構築していた。

 炎を凌ぐ壁が増えるも、あれでは間に合わない。

 破壊される速度が圧倒的に勝っている。


 やがて炎がすべての防御魔術を突破した。

 守りを失ったエルフは、あっという間に燃え上がった。


「ひぃああああああぁぁっ!」


「だ、誰か消してくれぇっ!?」


「熱い、熱い……火がァ……ッ!」


 悲鳴と断末魔が交錯する。

 燃えるエルフが逃げ惑い、倒れて地面を転げ回る。

 実に愉快な光景だった。

 胸の内に喜びが込み上げてくる。


 その様子を眺める中、俺は遠くに立つ杖持ちのエルフに気付く。

 予め炎の届かないであろう地点にまで退避していたらしい。

 彼らの杖がこちらを向いた瞬間、俺は見えない力に殴り飛ばされた。


「ぐ、ぅっ」


 おそらく風魔術だ。

 空気の塊を叩き付けられたのである。


 打ち上げられた俺は、近くに積み上がった丸太の山に衝突した。

 それらを崩しながら地面に倒れる。

 起き上がって身体を触るも、特に怪我はしていなかった。

 やはり契約によって頑丈になっている。

 普通なら、今の衝撃で骨が折れてもおかしくなかった。


 俺が立ち上がるまでの間、エルフ達は仲間を包む炎を消そうとしていた。

 水魔術を使っているが、ほとんど効果はなさそうだ。

 炎の勢いが強すぎるのである。


「よっと……」


 俺は近くにあった丸太を肩に担ぐ。

 かなり重たそうなのに軽々と持ててしまった。

 炎の力は、俺の腕力にも影響しているようだ。


 担いだ丸太に炎が伝わり、表面が一気に燃え始めた。

 武器にするにはちょうどいいだろう。

 そう考えた俺は、丸太を構えてエルフ達に突進する。


 エルフ達が再び防御魔術を張ったので、丸太を真っ直ぐに叩き込んだ。

 炎に包まれた先端は、少しの抵抗もなく壁を突き破る。

 そのまま一気に接近を果たす。


「な……っ!?」


 目の前には、呆然とする杖持ちのエルフ達がいた。

 予想外の流れに理解が追いついていないようだった。

 俺は隙だらけの彼らに丸太を振り下ろす。


 飛び散る肉片。

 燃える丸太による殴打は、容赦なくエルフを叩き潰した。

 勢い余った丸太が地面にめり込んでいる。


 下敷きになったエルフは即死していた。

 地面は血みどろになり、はみ出た腕や脚が痙攣している。

 魔術を使う暇なんてなかっただろう。


「うおおおおおおォォォォッ!」


 俺は丸太を回転させるようにして振り回す。

 血飛沫と共に、軌道上のエルフ達が吹き飛んだ。

 彼らは高速で木々にぶつかり、身体がありえない方向にへし折れる。


 三度目の殴打を繰り出そうとした時、脇腹に矢が突き立った。

 見れば、遠くに立つエルフが弓を構えている。

 そのエルフは青い顔で俺を睨んでいた。

 勇気を振り絞っての行動だろう。


「……ははっ」


 俺は小さく笑うと、弓持ちのエルフ目がけて疾走する。

 距離を詰めるまでの間に、計十本もの矢が胴体や顔面に命中した。

 無論、そんなものは関係ない。

 僅かな痛みは高揚感で打ち消される。


「ウオラァッ!」


 俺は接近の勢いを乗せて丸太を突き出す。

 丸太はエルフの顔面を粉砕した。

 そのまま後頭部までぶち破って燃やす。


「ハァ、ハァ……」


 崩れる死体を前に、俺は丸太を下ろす。

 少しだけ息が切れているが、まだまだ動ける。

 視線を巡らせて辺りの状況を確かめた。


 辺りに散らした炎は森に移り、だんだんと燃え広がっていた。

 生き残りのエルフ達は、仲間の救助を止めている。

 彼らは俺と距離を取って身構えていた。

 森を侵す炎も気にしない。

 俺を殺すことだけに専念すると決めたらしい。


(上等だ。やってやる)


 俺は彼らのもとへ歩いていく。

 慌てることはない。

 優位なのは炎を操る俺だ。

 彼らに対する憎しみを自覚しながら、一歩ずつ進み続ける。


 対するエルフ達は、矢と魔術を放ってきた。

 俺は攻撃のほとんどを身体で受けるが、軽い傷しか負わない。


 強烈な空気の塊が直撃しても仰け反るだけだ。

 少し踏ん張るだけで耐え切れる。


 研ぎ澄まされた風の刃も同様だった。

 命中すれば血が飛ぶも、肌が薄く切られた程度である。

 水魔術すら、一瞬だけ炎の勢いを弱めるほどの効果しかなかった。


 あれだけ強力だと感じていたエルフの魔術が、今では大したものではなくなっている。

 憎悪と殺意を意識するほど、俺の炎の力は高まる。

 もはや殺される心配は微塵もなかった。


「…………」


 俺は足元に転がるエルフの死体に注目する。

 燃え尽きて黒くなっていた。

 触れてみると、消えていた炎が復活する。


「……なるほどな」


 俺は死体を持ち上げ、それを生き残りに投げ付けた。

 猛速で飛んだ死体がエルフに衝突する。

 そこからまた炎が広がって犠牲者が増える。


(これはいい)


 俺は死体を投げながら接近していった。

 エルフ達は必死に防御するも、たまに死体が壁を突破している。

 生き残りが少ないせいで防御が薄くなっているのだ。


「くそ、このままでは……」


「諦めるな! 魔力が切れるまで障壁を張り続けろッ!」


「こんなの勝てるわけがねぇ! 焼け死ぬなんてご免だッ!」


 エルフ達の弱音が聞こえてきた。

 一部の者は、背を向けて逃走している。

 それを引き止める者も出てきて、勝手に言い争いを始めていた。

 俺の死体投げを防ぐどころではない。


(あれほど恐ろしかったエルフが愚かにしか見えないな……)


 俺はふと冷静に考える。

 力とはこうも視点を変えるものらしい。

 強者と弱者の違いが明確に分かる。


(じっくりと殺すのもいいが、そろそろ全滅させよう)


 決心した俺は丸太を放り投げて、残る障壁を破壊する。

 これでエルフ達を守るものがなくなった。

 その一瞬を利用して、最大級の炎を撃ち込んだ。


 前方が真っ赤な炎で覆い尽くされた。

 エルフ達はその中を踊り狂う。

 逃げようにもすべてが炎に包まれている。

 彼らは次々と焼け死んでいった。


 辺りに嫌な臭いが漂い始める。

 エルフが焼けているせいだろうか。

 あまり長居したくないと思わせる臭いだ。


(これで肉処理場の外にいたエルフは全滅させたな……)


 俺は遠くを見据える。

 森の木々の向こう側に、エルフの居住区が覗いていた。

 俺の暴走を知って、今頃は大慌てだろう。


 逃げる支度でもしているのか。

 或いは、俺を殺すための準備を進めているのか。


 どちらでも関係ない。

 やることは一つだけだ。


 血みどろの丸太を引きずりながら、俺は居住区を目指して移動する。




 ◆




 俺は炎に包まれた森の中を歩く。

 労働中によく通った場所だが、かつての面影はない。

 どこもかしこも燃えていた。


 エルフが好む自然豊かな森を、俺は好き放題に燃やしている。

 この事実だけで気分は晴れやかだった。


(最高だな、本当に)


 それなりの時間はかかったが、俺はこの地区のエルフを殲滅した。

 気取った建物の並ぶ居住区も炎の中に沈めてやった。


 後方では、ヒューマンの奴隷が戸惑って彷徨っている。

 俺を見ると怯えて逃げるため、まともに会話はできていない。


 奴隷達の反応も当然だろう。

 俺は支配種であるエルフを惨殺して、住処を燃やし尽くした。

 彼らの目には、怪物のように映っているに違いない。


 俺としても、他の奴隷に構う余裕はなかった。

 そういった態度を取られても気にしない。


「……くそ、きついな」


 俺は荒い呼吸で愚痴を洩らす。

 立ち止まりそうになるのを我慢する。


 全身の炎は消えかけていた。

 所々が燃えているくらいで、それほど目立つものではなくなっている。

 少し前から重い疲労感があり、今にも気を失いそうだった。


 たぶん炎の力を使いすぎたのだろう。

 さすがに限度があったのだ。

 明らかに人智を超えた能力なのだから、負担もなしに使えるわけがない。

 このどうしようもない疲労感は代償と言えよう。


(エルフ達の被害に比べれば軽いものか……)


 俺は歩き続けながら、自分の身体を見下ろす。

 元の色に戻った肌には、痣のようなものが残っていた。

 それは全身に染み込んでおり、擦っても取れない。

 何かの模様みたいだが、正体はよく分からなかった。


 こんなものは今まで無かった。

 状況的に考えて、炎の力に関係するのだろう。

 色々と推測したかったが、疲れのせいで頭が回らない。


(とりあえず、どこかで休息を取らねば……)


 そう思って進んでいると、前方に人影を発見した。


 樹木に寄りかかるのは、赤い長髪の女だった。

 耳が長くないのでエルフではない。

 たぶんヒューマンだろう。

 幻かと思うほど綺麗な顔をしている。


 その女は、ゆったりとした白い衣服を着ていた。

 手首には金の腕輪をはめている。

 まず間違いなく奴隷の服装ではない。

 奴隷ではないヒューマンを初めて見た。


(一体誰だ。なぜこんな場所にいる?)


 女の素性を怪しんでいると、紫色の瞳と視線が合ってしまった。

 何か行動を起こす前に、向こうから話しかけてくる。


「やっほ。お疲れ様。見事な殺戮だったわ」


 頭の中に聞こえた声と同じだった。

 俺に契約を勧めて、炎の力を渡した存在である。

 目の前の美女がそうなのだろう。


 確信した俺は尋ねる。


「……あんたは、誰だ?」


「私はリータ。炎の女神よ」


 赤髪の美女――リータは名乗る。

 しかし、その言葉の中に聞き捨てならない単語が混ざっていた。

 俺はそこを指摘する。


「炎の女神だって? そんなものは存在しないはずだ」


 労働奴隷の俺は、多少ながら世界の歴史も教えられていた。

 その際、女神についての話も聞かされている。

 水や風など、女神は属性ごとに存在する。

 記憶が正しければ、その中に炎を司る女神はいなかったはずだ。


 俺の指摘を受けたリータは、軽く肩をすくめた。

 彼女は苦笑気味に話し始める。


「エルフから習ったんだろうけど、そんなの当てにならないわよ」


「どういうことだ」


「炎はエルフの天敵なの。高慢な彼らが、それを司る女神を吹聴したいと思う?」


 リータは俺に問う。

 脳裏に浮かぶのは、焼け死んでいくエルフ達の姿。

 俺は首を横に振った。


「……思わない」


「そういうこと。だから私は歴史の裏に葬り去られた。ヒューマンの尊厳と一緒にね」


 リータは軽い口調で言う。

 そこには若干の皮肉が含まれていた。

 偽りの歴史について、彼女も思うところがあるようだ。


 そこまで会話をしたところで、俺は気になっていた疑問を口にする。


「どうして、俺を助けてくれたんだ」


「あなたがエルフに対して並々ならぬ憎悪を抱いたからよ。私の炎は復讐者との親和性が高い。加護を授けるのに最適だったってわけね」


 リータは当然と言わんばかりに返答する。


 確かに俺は、エルフ達に憎しみを覚えている。

 特に挽き肉機に投げ込まれた際の感情は強かった。

 あれがリータの目に留まったらしい。


 顎に指を当てたリータは、懐かしそうに目を細める。

 彼女はここではないどこかを眺めているようだった。


「最後にヒューマンと契約したのは六十年くらい前だったかしら。あの時の彼は、三日と持たずに死んじゃったわ。エルフの大軍に単身で突っ込んでね。力を手に入れて無謀になっちゃったのよ」


「過去にもあんたと契約したヒューマンがいたのか?」


 俺が訊くと、リータは身振り手振りを加えて説明する。


「何十年もかけて力を蓄積して、素質のあるヒューマンに加護という形で授けるの。エルフ達は隠しているけれど、周期的な災厄として認知されているみたいよ」


 リータの説明を聞いて、俺はエルフ達の言葉を思い出す。

 彼らは"炎の魔人"と言っていた。

 すなわち炎を知っていたのだ。


 契約が数十年に一度なら、存命のヒューマンが炎を知らないのも納得である。

 長命種のエルフとは異なり、大半のヒューマンは生まれてから三十年ほどで死ぬ。

 過酷な労働で命を落とすか、エルフ達の娯楽として処刑されるのだ。


 エルフ達にとって、年老いたヒューマンなど不要だった。

 役立たずと判断された者から殺されていく。

 ただしその仕組みには、情報隠蔽の意味もあったのかもしれない。


(長生きさせないのは、炎を知られる恐れがあるからか?)


 過去に炎を知った者は、ひっそりと殺されたのだろう。

 俺達を奴隷として使役する陰で、エルフは炎という存在を徹底的に抹消していたらしい。


 リータの話は筋が通っていた。

 おそらくすべて真実だろう。

 そして彼女は、炎の女神なのだ。


 不意にリータが俺に歩み寄ってくる。

 彼女は炎の残る肩に手を置いた。

 その手が燃えることはなかった。


「まあそんなわけで、今回の契約者はあなたよ。頑張ってエルフを燃やしてね。応援してるわ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。あんたの目的は何なんだ」


 話が勝手に進もうとしたので、俺は慌てて尋ねる。

 力を与えてくれたことには感謝している。

 しかし、俺に加護を授ける意図が不明だった。

 契約してもリータに利益が無い。


 片眉を上げたリータは、唸りながら首を傾げる。

 彼女はあっさりとした口調で答えた。


「私の目的? うーん……調子に乗ったエルフをからかうことかしら。彼らが燃えていたら愉快でしょう?」


「……冗談だよな?」


「いいえ、本気。私は衰退した炎の女神。世界を乱して楽しむ悪趣味な存在よ」


 リータは不敵に笑う。

 ふざけている感じではない。

 彼女は大真面目だった。


 この瞬間、俺は理解する。

 炎の女神リータは、善良な存在ではない。

 むしろその逆に位置している。

 ある意味では、エルフよりも危険かもしれない。


 もっとも、それを悟ったところで俺に関係はなかった。

 善悪の以前に、リータは俺に救いをもたらした。

 彼女がいなければ、今頃は肉片になって死んでいただろう。

 嫌う道理などなかった。


 肉処理場での出来事を振り返っていると、リータの顔から笑みが消えた。

 彼女は何かを見定めるような表情をする。

 そして、俺の胸に指を当ててきた。


「あなたの目的は? 炎の力で何をしたいのか教えてくれる?」


「俺の、目的……」


 呟いた俺は、地面を見つめて考える。

 今まで思いもしなかったことだ。

 自分で決められることなんて、何一つとしてない人生だった。


 今の俺は奴隷の身分から解放された。

 しかし、それはあらゆることを自分で考えねばならないということである。

 誰かに決められて動く日々は、もう終わった。


「…………」


 手に生じた炎が揺らめく。

 指を順に折り畳んで、それを静かに握る。

 強い熱が指全体に伝わってきた。


 顔を上げた俺はリータに宣言する。


「世界をエルフの支配から解放して、人間の尊厳を取り戻す。それが、俺の目的だ」


「――いいじゃない! 面白いわぁ。そんな目的を掲げる契約者なんて初めてよ」


 リータは機嫌よく手を打った。

 直前までとは打って変わって満面の笑みである。

 俺の答えをよほど気に入ったらしい。


「そんな目的、ということは、今までの契約者は違ったのか?」


「ほとんどがエルフの根絶だけを願っていたわね。復讐者の気質が強いヒューマンばかりを選んでるから、仕方のない部分ではあるのだけど」


 リータは困り顔で嘆息した。

 長い年月の中で、そういった者達と幾度も接してきたのだろう。


 俺は過去の契約者達に共感する。

 彼らの気持ちはよく分かる。

 俺だってエルフが憎い。

 根絶できるのなら、その道を選びたくなる。


 だが、それではいけない気がしたのだ。

 エルフの根絶は、俺だけの身勝手な願望である。

 殺し尽くしたその先には何もない。


 炎の力は偉大だ。

 奴隷の苦痛を知る俺は、これをもっと広い視野で使いたいと思った。

 それが可能かはともかく、実現に向けて努力したかった。

 少なくともエルフ根絶だけを志すより良い結末が待っている気がした。


 俺の考えを察したのか、リータは優しい眼差しで見つめてくる。


「うん、あなたの目的に協力してあげる。今回はいつもより楽しめそうだわ。よろしくね……えっと」


「四十九番だ」


 俺は自分の名を口にする。


 ところが、リータは途端に眉を寄せた。

 彼女は不満そうに首を振る。


「そんな無粋な呼び方、嫌よ。そうね……」


 リータは頭上を眺めながら思案する。

 少々の時間を経て、彼女は嬉しそうに言う。


「――アレク。今からあなたの名前はアレクよ。女神が直々に授けたんだから、大事にしてね?」


「俺は、アレク……」


 与えられた名を反芻する。

 新鮮な響きだ。

 慣れるまでに時間がかかりそうだが、四十九番よりは好きになれそうだった。


「はい、親愛の証」


 リータが片手を差し出してきた。

 俺は彼女の顔を見やる。

 赤い髪を揺らして、リータはこくりと頷いた。


(奴隷ではない、俺の新たな人生……)


 胸に募るのはいくつもの不安と、それ以上の期待。

 俺は、炎の女神の手をしっかりと握った。

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