第19話 元奴隷は王と語り合う
室内は石造りの広い部屋だった。
華美な感じではなく、むしろ質素で地味な印象を受ける。
良く言えば機能的といったところか。
そんな部屋の奥には玉座があった。
青い髪をしたエルフの男が座っている。
屈強な体格で、魔物でも素手で殺せそうな雰囲気だった。
男は玉座からこちらを見やる。
「お前が炎の使徒か」
「そう言うあんたはエルフの王だな」
俺は確認の言葉を返した。
すると、前を歩く老人から殺気が滲み出る。
振り向きはしないものの、俺に対して激昂しているようだ。
言葉遣いと勝手な発言が原因だろう。
一方、男は気にした様子も無く頷いた。
「如何にも。こうして出会えたことを光栄に思う」
俺達は玉座の前まで赴く。
老人は跪きながら王に話しかけた。
「我らが王よ。この者の態度は――」
「ご苦労。下がれ」
青髪の王は、老人の言葉を遮るように命じた。
老人は何か言いたげだが、王の視線を受け続けると一礼して踵を返す。
すれ違い際、老人は魔物のような形相で俺を睨み付けてきた。
内心ではやはり納得できていないらしい。
老人が退室すると同時に、王は盛大にため息を吐いた。
彼は肩をすくめて首を振っている。
「他の連中は嫌うが、好きに話して構わない。管理下にないヒューマンに礼儀を求めるほど、傲慢ではないからな」
「それはよかった」
老人が口うるさいから辟易していたのだ。
王が自由にしろと言うのだから、それに従えばいい。
ここで礼儀について説教されても苛立つだけだ。
そういったことを習わずに生きてきた。
王は玉座に座り直すと、改めて話を切り出す。
「事情は既に聞いている。風の使徒を殺ってくれるんだってな。こちらとしても好都合だ」
「つまり協力関係になれるということでいいんだな?」
「その解釈で間違いない。交渉成立だ」
王はあっさりと述べた。
話の分かる男である。
不思議とこちらへの憎悪も感じられない。
本当にエルフなのかと疑いたくなるほどだった。
しかし、彼の耳は細く長い。
どう考えてもエルフだった。
それは間違いない。
「正直、この局面で来てくれて助かった。ちょうど他の氏族とも戦争中でな。人手が足りていない状況なんだ」
「エルフ同士でそこまで争うのか」
俺は思わず尋ねる。
ずっと気になっていたことだった。
王ならそれに関する見解を持っているはずだ。
これを機に何か知っておきたかった。
俺の問いかけを受けた王は頷いて語る。
「当然だ。生物って奴は、競争の中で成長する。他種族がいるうちは団結するが、すべてを支配したら仲間内で殺し合うものさ。ヒューマンだってそうなるだろう。お前らが世界を手に入れたら、きっとヒューマン同士の争いが始まるぜ」
「エルフと一緒にするな。俺達はそうならない」
俺は即座に反論した。
仲間同士で殺し合うなど、エルフだからこその蛮行である。
隠れ村に暮らす俺達は、上手くやっている。
この男の言うような争いが起きたことなどない。
王はしばらく俺を観察する。
やがて意味深な苦笑を洩らした。
「……まあ、そんなことはどうでもいい。お前が風の使徒を始末してくれるならそれでいい。もし使徒を生み出す方法を聞き出せたら、さらに報酬を上乗せしよう」
「仮に見つけたとしても、絶対に教えない」
「だろうな。知っている」
王は肩をすくめて笑った。
使徒を生み出す方法については、半ば冗談だったのだろう。
俺がそれを見つけ出すことを元から期待していない。
今の段階では、風の使徒を殺せるだけで満足のようだ。
俺はそんな王を見つめる。
先ほどからずっと違和感があった。
こうして対峙することで、ある事実を確信する。
「…………」
「ん? 俺の顔に何かついているか?」
王は不思議そうに顔を撫でる。
俺は彼に指摘した。
「……あんた、使徒だな。何の属性かは分からないが、加護の力を感じる」
違和感の正体とは、王の持つ強大な力のことだった。
ただ魔力量が多いというだけでは説明が付かないものである。
風の使徒に感じたものと似た気配がしていた。
王は腕組みして唸る。
彼は熟考の末に口を開いた。
「ふむ。半分正解といったところか」
「半分だと?」
「確かに俺は使徒の力を持っている。だが、女神と契約したことはない」
王は気楽な口調で打ち明ける。
なぜか話すのが楽しそうだった。
「実を言うと、俺は水の使徒の末裔でね。先祖返りで加護の残滓を発現したってわけさ。このことは他のエルフも知らないことだ」
「水の力を持っているのなら、お前自身で風の使徒を殺しに行けばいいだろう」
「属性の相性は有利だが、俺の力は使徒に比べて弱い。能力の出力差で押し負けるのが目に見えている」
王は残念そうにぼやく。
確かに彼から感じられる力は、俺や緑髪に比べると微弱だった。
力を意図的に隠しているのかと思いきや、これが本来の強さらしい。
たとえ魔術との複合技を駆使しても、緑髪には敵わないだろう。
「だからお前しかやれないんだ。炎は風に対して防御有利が取れないが、純粋な力では負けていない。向こうの使徒を撃退したって話も聞いている」
王は玉座から立ち上がる。
こちらに歩み寄ってくると、俺の肩に手を置いてきた。
「俺はお前と仲良くやっていきたいと考えている。頼んだぜ」
「……こちらこそ」
内に秘めた感情を隠して、俺は淡々と応じるのであった。




