第18話 元奴隷は王の砦に踏み込む
着替えを済ませた俺は、老人と護衛と共に再び移動する。
居住区を離れて森の小道を抜けると、しばらくして石造りの砦に辿り着いた。
壁に囲われた建造物で、森の中にぽっかりと建っている。
他に施設もなく、砦だけがそこにあった。
明らかに他の家屋とは違う雰囲気だ。
老人と護衛は、砦へと真っ直ぐに向かっていく。
(ここに王がいるのか……)
俺は砦を見上げる。
かなり大きく、五階か六階ほどの高さはありそうだ。
これほどにもなると遠目にも見えそうなものだが、なぜか近付くまで視認できなかった。
生命反応も曖昧で、ここに来るまで砦に気付けなかったほどだ。
今もなぜか上手く機能していない。
室内に誰かいるのは分かるが、具体的な人数や種族、強さが分からなかった。
このようなことは滅多にない。
砦全体に特殊な加工が施されているのだろう。
おそらくはエルフの魔術で情報を隠蔽されている。
遠くから見えないようにして、さらに生命反応も誤魔化しているのだ。
ありえない話ではない。
優れたエルフなら、これくらいの術は使ってきそうだった。
各地の王は、似たような方法で居場所を隠しているのだろうか。
それなら見つからないのも納得だ。
常に居場所が露呈していると、日々に安全など存在しないことになる。
俺だけではなく、他の王からも暗殺を狙われることになるだろう。
「ここから先は許可なく発言するな。私か王に求められるまで口を閉ざしておけ」
砦の前まで来たところで、老人が俺に忠告してくる。
とびきり厳しい目をしていた。
よほど重大なことらしい。
当然だが、王の前で無礼を働くことは許されない。
もし何かあった場合、俺を招いた老人達にも責任追及があるのだろう。
だからこそ、こうして念入りに忠告をしている。
心配せずとも俺から積極的に何かするつもりはない。
俺だって、今のところはエルフ達と手を結びたいのだ。
王からの助けを得られるのは大きい。
危険を減らして、森の中を堂々と移動できるようになる。
風の使徒の殺害において、これほど有利な状況はあるまい。
もし何かの弾みで王を殺してしまったら、この地のエルフとは二度と協力できない。
そのまま戦争が始まるだろう。
彼らは荒野の隠れ村にも攻撃を仕掛けてくる。
王を失ったエルフ達は、全力で俺達を滅ぼしにかかるはずだ。
そんな最悪の事態を避けるのが俺の役目であった。
他の者には任せられない部分だ。
個として圧倒的な力を持つからこそ、エルフとも対等に取引ができる。
俺達は壁を抜けて砦の敷地内へと入った。
凄まじい顔で見張りに睨まれるも、特に何も言われなかった。
ここは王の住まいだ。
エルフ達も、下手に騒ぎを起こせないらしい。
俺は心の中でエルフ達を嘲笑っておく。
「貴様のことは既に伝達してある。王の言葉を否定するな。ただひたすらに従い続けるのだぞ」
階段を上がる途中、老人が言った。
分かっているというのに、何度も注意の言葉を投げてきた。
俺が何かしないかよほど心配と見える。
心なしか老人は緊張しているようだった。
王への謁見とは、それほどまでに大きなことらしい。
忠誠心という意識を持たない俺には、到底理解できない気持ちだった。
(隠れ村では、上下関係なんて無いからな……)
村を運営する都合上、何人かが役職を持っているくらいだ。
あそこに暮らす村人達は、炎を使う俺と距離を取ったり、過度に敬ったりすることはなかった。
皆が親しげに接してくれる。
強いて言うなら、リータが一目置かれているくらいだろうか。
もっとも、彼女は炎の女神だ。
ヒューマンが崇めるのは当然であり、身分差という次元の話ではない。
(そういえば、隠れ村は今頃どうしているのだろう)
しっかりやれているのか。
ロビンがいるからまず安心だと思うが、外敵がないことを祈るばかりである。
その際はリータの力を借りるしかない。
考え事をしているうちに、俺達は砦の最上階に到着した。
目の前には巨大な扉がある。
辺りは静まり返っていた。
生命反応によると、奥に誰かがいる。
おそらくこの地の王だろう。
「…………」
老人が無言で俺を見る。
だいたい何を言いたいかは分かった。
俺は頷いておく。
ここまでついてきた護衛達は、階段のそばに待機していた。
彼らは扉まで近付こうとしない。
どうやらここから先へは行けないようだ。
許可が下りていないのだろう。
(いよいよ王との対面だ)
俺は深呼吸をする。
別に緊張しているわけではない。
少しでも気持ちを鎮めておきたかっただけだ。
ちょっとしたことで怒りを覚えないようにする。
老人が静かに扉を押し開いた。
室内に入る前に、彼は張りのある声を上げる。
「王よ。炎の使徒を連れてきました」
老人は無駄のない動作で一礼すると、そのまま室内へと踏み込む。
心の準備もそこそこに、俺も後に続いて入室した。




