第17話 元奴隷は王に謁見する
与えられた借り屋に俺達は荷物を置く。
室内は薄暗いが広かった。
掃除が行き届いていないものの、十分に使える。
この人数で暮らす分には事足りるだろう。
エルフ達は、意外と親切なのかもしれない。
もっと劣悪な扱いをされるのではないかと身構えていたが、それだけ俺達のことを重要視しているものと思われた。
軽んじるべきではない相手だと理解している。
勘違いしてはいけないのは、彼らが友好的なわけではないという点だ。
あくまでも俺の暴挙を恐れた上での待遇である。
内心ではきっと憎悪を滾らせている。
なんとも厄介な連中だが、こうして協力関係にあるうちは利用させてもらおうと思う。
借り屋で荷物整理を行っていると、エルフの老人が室内に入ってきた。
彼は顎をしゃくって俺を呼び出す。
「炎の使徒。貴様に用がある」
「何だ」
「歩きながら説明する」
そう言って老人は屋外へと出てしまう。
有無を言わさない態度だった。
こちらの支度はどうでもいいらしい。
(一体何の用だ?)
俺は頭を働かせるも、心当たりがなかった。
襲撃部隊の皆と顔を見合わせたが、やはり答えは出てこない。
とにかく、従わないという選択肢はなかった。
俺は仕方なく借り屋の外へと向かう。
そこには老人と護衛のエルフ達がいた。
老人はこちらを見ると無言でどこかへと歩き出す。
護衛達は音もなく追従していった。
俺も老人に追い付くように早足で移動する。
しばらく歩いていくと、エルフの居住区に到着した。
あちこちに木造の建物が並んでいる。
窓からエルフ達が覗いていた。
辺りには緊張感のある静寂が漂っている。
言うまでもなく俺のせいだろう。
仮面を着けた長髪のヒューマンなど、炎の使徒くらいしかいない。
俺は特に気にすることもなく進む。
別に慣れた反応であった。
これで大歓迎される方がおかしい。
争わずにこの場を歩けている状況は、むしろ別の意味で異常なのだ。
途中、老人が唐突に話題を切り出す。
「今からお前には、我らが王と謁見してもらう。風の使徒の暗殺の前に、まずは王に話を付けねばならない」
「ここにいるのか」
俺はすぐに反応する。
エルフの王とは、各領土を支配する者だ。
王同士が争いながら領地を奪い合っているのが、この世界の大きな流れであった。
俺は過去にエルフの王を二人殺害している。
リータと契約した当初、そのままの勢いで最寄りの王を始末したのだ。
どちらも相当な実力者で、王の名に恥じない力を有していた。
しかし、所詮はただのエルフである。
炎の使徒を凌駕するほどではなかった。
それにしても、ここに王がいるとは予想外だ。
外敵を警戒して王の位置は秘匿されている。
狙って殺しに行ける存在ではなく、このような形で会えるとは思わなかった。
「王はヒューマンを嫌っている。くれぐれも機嫌を損ねぬように気を付けろ」
「向こうの態度次第だな」
「……フン」
老人は忌々しげに鼻を鳴らす。
俺の返答が気に食わなかったようだ。
もちろんこちらも分かってやっている。
いい加減、見下した態度を止めてくれると助かるのだが、老人の様子を見るに、それは叶いそうにない。
居住区を抜けて連れてこられたのは、小さな小屋だった。
ここに王がいるとは思えない。
訝しんでいると、老人は小屋を指し示す。
「まずは身嗜みを整えてもらう。その格好で王に会わせるわけにはいかない」
「服はこれしかないんだ」
「分かっている。こちらで用意したものを渡す」
老人が目配せすると、護衛の一人が俺に畳んだ服を押し付けてきた。
装飾に乏しい黒い服だ。
いつの間に用意したのだろう。
「そこで身体を洗って着替えろ。あまり時間をかけるな」
老人に命じられて、俺は半ば強引に小屋の中へと入った。
室内の壁には、等間隔で箱型の魔道具が設置されている。
つまみを動かすと、そこから水が出てきた。
これで身体を洗えばいいらしい。
俺は今の衣服を脱ぎ捨てて水を浴びる。
汚れをよく洗い落としてから、渡された服を着た。
(やはり質がいいな)
俺は着心地の良さに感心する。
丈もちょうどいい。
動きを阻害される感じはなかった。
「…………」
俺は脱ぎ捨てた衣服を見る。
もう必要ない。
持ち運ぶにしても邪魔だったので、元の衣服は焼却しておく。
焦げた残りは手で払って水で流した。
小屋から出ると、護衛達が武器を構えていた。
彼らは冷たい殺気を漲らせている。
何やら剣呑な雰囲気である。
どうやら炎の使用を察知し、俺を警戒しているようだった。
俺は両手を広げて敵意がないことを主張し、彼らに歩み寄っていく。
「待たせたな」
「……ふむ、行くぞ。遅れるな」
老人はじろりと俺を睨むも、それ以上は何も言わずに歩みを再開させた。
護衛達も武器を下ろす。
俺は肩をすくめて息を吐いた。




