第14話 元奴隷はエルフと対話する
現れたエルフ達は、素早い動きで俺を包囲してきた。
そして杖や弓を向けてくる。
その数はちょうど十人だ。
放つ殺気や立ち振る舞いを見るに、なかなかの精鋭と思われる。
正面に立つエルフの男が、俺に対して忠告してきた。
「動くな。攻撃されたくなければ、大人しくしていろ」
「それはこっちの台詞だ。焼き殺されたいのか?」
俺は即座に言い返す。
男は顔を真っ赤にして歯噛みした。
「貴様……ッ」
激昂する男だったが、他のエルフの視線を受けて咳払いする。
彼はなんとか冷静さを取り戻した。
少し意外な反応である。
攻撃命令を出す勢いだったのだが、自制心が利く性格なのかもしれない。
しかし、向こうの警戒心は依然として維持されていた。
当然だろう。
彼らの目の前にいるのは炎の使徒――エルフにとって最大の天敵である。
油断すれば命を落としかねないことを知っている。
同時に何としてでも殺したいはずだった。
事実、彼らからは強烈な憎悪と、それに隠された恐怖が窺える。
そんな空気の中、俺は地面に転がる死体を指差した。
「この死体は今見つけたところだ。俺が殺したものではない」
無駄だと思うが、誤解されたままなのも癪なので一応の釈明を口にする。
ただ、どうせ信じてもらえないだろう。
エルフが炎の使徒の言葉に耳を貸すはずがない。
俺だって同じ立場なら信じない。
仮にそういった偏見を無くしても、主張は通じないに決まっている。
状況を考えても、明らかに俺が殺したとしか判断のしようがなかった。
では他の誰が殺したのだと訊きたくなるに違いない。
ところがエルフの男は、あっさりと頷いてみせた。
彼は憎々しげに死体らを一瞥する。
「知っている。我々が始末した連中だからな」
他のエルフ達は、特に異論を発しない。
彼らは同じような調子で死体を眺めていた。
動揺する者は一人もいない。
どうやら嘘ではなく本当らしい。
これらの死体は、彼らが作ったのだ。
よく見れば、俺を包囲するエルフ達の衣服には、所々に血が付着している。
同胞を惨殺した痕跡であった。
俺は当然の疑問を男に投げる。
「……仲間割れか?」
「違う。ここにある死体は、敵対氏族のエルフ共だ。我々の領土に侵入していたから殺した」
男の回答を聞いて納得する。
エルフ達には、それぞれの勢力と領土が存在する。
縄張り争いの中で、死者も出ているのだ。
あまり目にする機会がなかったが、なかなかに熾烈なものらしい。
一方、男がまじまじと俺を注視してくる。
「それにしても増援を呼んでいたのかと思いきや、まさか炎の使徒が現れるとはな。我々の領土へ何をしに来た」
「ちょっとした用事だ」
「後ろで待つヒューマン共はその連れというわけか」
男は確信を抱いた声音で尋ねてくる。
俺は肯定も否定もしない。
ただ男を睨み付けた。
すると男は、不機嫌そうに眉を寄せる。
「あまり見くびるなよ。エルフには魔術がある。ヒューマンの感知など容易い」
「耳が腐るほど教えてもらったさ。そいつらは残らず死体になったが」
「…………」
エルフの男が、微かに歯ぎしりをした。
俺の挑発に怒りを覚えている。
それでも吹っ切れて攻撃するような真似はない。
感情を抑え込んでいた。
(なぜだ)
エルフがヒューマンを殺すのに我慢する意味が分からない。
ましてや相手は奴隷ではなく、敵対するヒューマンだ。
彼らなら嬉々として殺しにかかりそうなものだが、そのようなことはしない。
炎を恐れているだけでは説明が付かなかった。
「どうする。この場で殺し合うか」
俺はあえて誘いの言葉をかける。
エルフ達の間に緊張感が走った。
男は苦い顔を見せると、首を振る。
「それは避けたい。お前も不要な戦いは望まないはずだ。連れのヒューマンを危険に晒すつもりか? お前の能力は概ね把握している。味方を守るのは苦手だろう」
「……っ」
俺は反論の言葉が出てこない。
全く以てその通りだった。
俺の戦法は、殺すことに特化している。
広範囲に高熱の炎を振り撒く力は、根本的に誰かを守るための力ではない。
むしろ加減を誤った場合、守るべき対象を俺自身が焼いてしまうことになる。
場の十人のエルフを殺すのは簡単だ。
しかし、一瞬のやり取りの中で襲撃部隊に被害が出る恐れがあった。
相手の力量を加味すると、その可能性は極めて高い。
正直、危ない橋を渡りたいとは思えなかった。
「…………」
「…………」
場に沈黙が訪れる。
暫しの睨み合いの末、俺はため息を吐いた。
殺気を緩めて男に声をかける。
「……分かった。何か話があるのだろう? 聞いてやるさ」
男は他のエルフ達を顔を見合わせる。
何かを確認すると、彼は俺に対して予想外の話を切り出した。
「単刀直入に言う。貴様に風の使徒の暗殺を頼みたい」




