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第10話 元奴隷は前進する

 翌日以降、隠れ村では戦闘訓練がより厳しいものとなった。

 戦いを得意とする者達は、真面目に稽古をしている。


 誰かが昨晩の出来事を目撃し、エルフの陣営にも強力な敵が出現したのだと周知したのである。

 おかげで村全体が緊迫感に包まれていた。

 誰もが引き締まった調子で働いている。


 そんな彼らの様子を、俺は岩山の上から眺めていた。

 なぜこんな場所にいるのかと言えば、荒野の監視のためだ。

 村人の中には目のいい者もいるが、総合的な感知能力は俺が最も優れている。

 たとえ遠くにいても、生命反応を知覚できる。

 加えて不意打ちを受けようが、滅多なことで死ぬことはない。


 炎の加護という大層な能力を持っているも、俺は別に偉ぶりたくはなかった。

 権力も何も欲しくない。

 ただ今の時代を終わらせて、様々な種族が共存できる未来に辿り着きたいだけだ。

 そのためなら地味な仕事だって率先して受け持つ。


「…………」


 俺は荒野の各所を見据えながら考え事をする。

 途中、小さなため息を洩らした。


 風の使徒については、村人達には黙っているつもりだった。

 打ち明けるにしても先延ばしにする予定だった。

 余計な混乱を生みかねないためだ。

 憎きエルフに負けるかもしれないという事実は、間違いなく悪い報せである。

 聞けば気分も落ち込んでしまう。


 隠れ村の生活基盤も安定してきて、ようやく平穏が掴めた時期だった。

 そこに水を差したくなかった。


 しかし、結果を見ると間違っていたのは俺の方だったのかもしれない。

 村人達は戦いに備えてよくやっている。

 慌てている物など一人もいない。

 覚悟を決めた者ばかりだった。

 自分達がすべきことを理解し、それらに没頭している。


 むしろ曖昧なのは俺だけだろう。

 俺だけが半端な心境である。

 昨晩、リータに意志を告げたというのに、気分を切り替えられずにいる。


(まったく情けない……)


 俺は再びため息を吐く。

 軽い自己嫌悪に陥っていると、背後から足音がした。

 顔を向ければリータがいる。


「はい、差し入れよ」


 彼女が差し出してきたのは、焼いた竜肉だった。

 何枚かに薄く切ったそれを野菜で包んである。


 太陽が真上に昇っていた。

 時刻は昼食時だ。

 いつの間にそれだけ経っていたのだろう。

 まったく気付かなかった。


「すまない」


 俺はそれを受け取って頬張る。

 あまり食欲はないが、食わねば傷が治らない。

 よく食ってよく寝ることが肉体回復の秘訣である。


 竜肉はやはり美味い。

 野菜の苦みもちょうど合っていた。

 瑞々しさもあって、肉のしつこさを軽減している。


「…………」


 黙々と食事をしていると、不意に髪を引かれた。

 たぶんリータが弄っているのだろう。

 この感じからして、いくつかの束に分けて編んでいる。

 されるがままになっていると、やがてリータは話題を切り出してくる。


「どうしたの。考え事?」


「そうだ」


 俺は竜肉を咀嚼する。

 後ろでリータの微笑む気配がした。


「何を考えていたか、当ててあげよっか?」


「…………」


 俺は無言で口を動かす。

 髪を若干強めに引っ張られた。

 そして、背中に手が置かれる。


「戦いに出るのが怖い、とか?」


 リータの探るような言葉。

 己の胸中を見つめながら、俺は静かに答える。


「怖くはない、と思う。俺はあの風の使徒を殺したいし、他のエルフ共も血祭りに上げたい」


「でも何か引っかかっているようね」


「……これからは負けて死ぬ可能性がある。それを思い知らされただけだ」


 今までの俺は、どのような相手でも燃やし尽くして勝利してきた。

 そこに敗北の予感などない。

 ところが、こちらの攻撃が通用しない敵が登場してしまった。


 風の加護を受けたエルフは、俺を超える術の制御を有する。

 場合によっては力負けすることだってあった。


 それに対する恐怖や焦りはない。

 戦いがただの蹂躙でなくなった事実を、俺はゆっくりと噛み締めていた。

 現実の変容を受け入れている最中で、心の切り替えが上手くいっていないのであった。


(覚悟はもう決めている。何をすべきかだって分かる。あとは……)


 背中に置かれた手が動いた。

 俺の肩や背中を順に優しく撫でる。


「それを認められるのは成長よ。頑なに否定していたら、前になんか進めないんだから」


 撫でる手が止まったと思いきや、背中を思い切り叩かれた。

 鈍い音が鳴る。

 そこまで痛くないが、少し驚いた。


 俺は後ろを振り返る。

 リータは芯の通った表情を見せていた。


「敗北は人を強くする。まあ、死なないようにだけ気を付けてね?」


「……分かっているさ」


 俺はそれだけ答えると立ち上がった。

 尻を叩いて岩山を下り始める。


「あれ、どこに行くの?」


「死なないための工夫だ」


 たった今、思い付いた策をせっかくなので実践することにした。

 俺は昨晩の出来事から色々と学んだ。

 それを活かさなくてはならない。

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