第1話 奴隷はエルフを焼き殺す
深い森の中、俺は石材を背負って歩いていた。
止まることは決して許されない。
手足の疲労感を無視して、前の者に続いて進む。
すぐ後ろには石切り場があった。
背中に載せているのは、そこから切り出した石材だ。
今日だけで何十回と戻ってくることになるだろう。
果てしない往復作業である。
頭上から照り付ける日光が暑い。
垂れ落ちる汗が鬱陶しかった。
荒くなってしまう呼吸も、なるべく一定の間隔を意識する。
そうしないと早く疲れることを、経験で知っているからだった。
夜が訪れるまで繰り返す重労働。
そして狭苦しい小屋で不快な思いをしながら眠る。
これが奴隷の日常であった。
(まったく、嫌になる……)
愚痴を呟きかけて、ほんの少し気が緩む。
その拍子に俺は躓いて転んだ。
背負っていた石材が、横に倒れて割れる。
(しまった……)
全身から血の気が引くのを感じた。
石材が壊れたせいで作業がやり直しだが、そんなことはどうでもいい。
もっと恐ろしいことがやってくる。
「四十九番ッ! 貴様、何をやっている!」
叱責の声が飛んできた。
凄まじい剣幕で近付いてくるのは、エルフの監督官だ。
手には鞭を握っている。
監督官はそれを躊躇いなく鞭を振り上げた。
俺は目を閉じて身構える。
「…………っ」
乾いた音と共に、強烈な痛みが背中を襲った。
堪らず俺は地面に倒れる。
そこに連続して鞭が打ち込まれる。
同じ箇所を狙われるせいで、痛みはどんどん悪化していった。
「ぐっ……う、ぅ……」
俺は歯を食い縛って痛みに耐える。
立ち上がる気力は、とっくに失われていた。
されるがままとなっている。
周りの奴隷達は素通りだった。
一部の者は俺を嘲るか、或いは憐れむような目を向けてくる。
助けようとする者なんて一人もいなかった。
それを薄情とは思わない。
誰かがこうして鞭を受けている時、俺も同じようにしてきたのだから。
関わらないことが最も利口なのである。
(そう、耐えるんだ……耐えるだけで、いい……)
俺自身、こうして暴力を振るわれるのも一度や二度の話ではない。
だから知っている。
監督官は気が済めばやめるのだ。
滅多なことでは殺されない。
何も考えず、ただ終わるのを待てばいい。
下手に抵抗すれば、余計な苦痛が増えるだけだ。
今日は運が悪かった。
そう思って耐えるのが正解なのだった。
しかし、今日に限って俺は疑問を感じた。
感じてしまった。
(……どうしてこんな惨めな扱いを受けなければならないんだ?)
どうして俺は奴隷なのだろう。
生まれつきこんな生活だったが、おかしいのではないか。
あまりにも不平等すぎる。
確かにヒューマンという種族は弱い。
世界最強の支配種であるエルフに屈するしかなかった。
他の奴隷によると、ずっと昔――数百年も前からこのような力関係らしい。
ヒューマン以外の種族も、ほとんどが同じ扱いだそうだ。
エルフは魔術の使い手である。
魔術を使う場面を何度か見たことがあるが、大型の魔物すら簡単に吹き飛ばして殺していた。
無詠唱魔術は、エルフだけが使える特殊技能だという。
こうして鞭を振るう監督官も、実際は魔術を使えるのだ。
ヒューマンを虐めて楽しんでいるだけで、本心ではそこまで怒っていない。
この労働自体、弱者を痛め付けるエルフの娯楽であった。
「どうしたっ! もっと泣き叫べッ! 下等なヒューマンらしくなァッ!」
「…………う、ぐぅ……」
背中の痛みが気にならなくなるほど、俺は思考に没頭する。
考えれば考えるほど、怒りが込み上げてきた。
それは抑える間もなく膨れ上がる。
初めての経験だった。
奴隷の扱いを嘆くことはあれど、強い怒りを覚えることなんてなかった。
「うああああああああぁぁァァァッ!」
駄目だと感じた時には、既に手遅れだった。
ついに我慢の限界に達した俺は、地面の小石を掴む。
そこから立ち上がると、監督官に殴りかかった。
「何っ」
監督官が驚く。
まさか反撃されるとは思っていなかったのだろう。
その隙に俺は小石を振り下ろす。
「うっ!?」
咄嗟に飛び退いた監督が呻き声を上げる。
彼は顔を押さえていた。
頬に一筋の傷ができている。
小石が掠めたのだ。
「貴様ァ……ッ」
監督官が血走った目で睨んでくる。
見るからに怒り狂っていた。
辺りが騒然としている。
当たり前だ。
監督官が傷を負うなど一大事に決まっている。
状況を察した奴隷達は、巻き添えを恐れて早足で離れていく。
その場に居座っていると、すぐに他の監督官が駆け付けた。
俺は瞬く間に包囲されて逃げられなくなる。
(くそ、このままだと不味い……)
そう思った俺は、掴んだ小石で再び監督官に殴りかかろうとした。
しかし、横から見えない力に吹き飛ばされる。
風魔術を受けたのだろう。
俺は地面を転がり、顔を上げれば監督官に囲まれていた。
「ヒューマンごときが、我々に手を出すとはなぁっ!」
「恥を知れ! この薄汚い奴隷がッ!」
「殺してやる。殺してやるぞ貴様は!」
殴る蹴るの暴行が、罵声と共に降りかかってきた。
全身に果てしない痛みが襲いかかる。
鞭の比ではない。
何度も意識が遠のいた。
しばらくして暴行が止まった時、身体の感覚は鈍くなっていた。
痺れのような痛みが残っている。
骨が折れているかもしれない。
目元が腫れているのか、視界の半分が塞がっている。
鼻から熱いものが流れ出していた。
たぶん鼻血だろう。
全身はさぞ痣だらけに違いない。
もはや抵抗できなかった。
力が入らない。
湧き上がった怒りと憎しみは増大する一方だが、身体がついてこなかった。
やがて監督官の一人が、俺の足首を掴んだ。
そのまま引きずって移動し、石切り場から出る。
硬い地面を背中と後頭部が擦っている。
たまに飛び出た石が当たって痛いが、文句を言うと蹴られるので我慢する。
数人の監督官に連れられて森の中を進んでいく。
(この方角は、まさか……)
俺は行き先を察する。
考えられる中でも最悪に近い展開だった。
声が震えないように気を付けながら、俺は恐る恐る尋ねる。
「俺を……食う、のか……?」
それを聞いた監督官達は、顔を見合わせて笑った。
そのうち一人が鼻を鳴らして言う。
「馬鹿を言え。労働用のヒューマンなんて不味くて食えるもんじゃねぇよ」
「そう、か……」
俺は僅かに安堵する。
言われてみればそうだった。
エルフはヒューマンを食糧にするが、その分は専用に飼育されている。
俺のような労働用の奴隷と異なり、最低限の教育すら受けていない食用個体だ。
豚や牛のように育てられ、ただ食われるだけの存在である。
エルフによると、ヒューマンの肉は味自体はそこそこらしい。
しかし食らうことで魔力が増幅するそうだ。
吐き気を催す話だが、それが常識であった。
監督官に逆らった俺は食用肉にされるのかと思ったが、どうやら違うらしい。
エルフ共に食われるなんて絶対に嫌だ。
奴らの食卓に並ばないと分かっただけで、多少の安心感があった。
しかし、ここで新たな疑問が浮かんでくる。
(だとすれば、俺は一体どうなるんだ……?)
少なくとも良くないことが待っているはずだ。
その内容が気になるが、尋ねるだけの勇気はなかった。
そこからは会話もなく移動する。
ほどなくして監督官は、俺を見下ろして告げた。
「着いたぞ。お前の休憩所だ」
俺は首を曲げて前方を見る。
そこには箱型の建物がそびえ立っていた。
たまに通りかかるので知っている。
あれは肉処理場だ。
食用ヒューマンを加工する施設である。
(なぜここに……!)
一気に恐怖が湧いてくる。
俺を食べないと言ったのに、なぜここへ連れてきたのだろう。
ひょっとした気が変わったのか。
(嫌だ。食われたくない……)
懸命な祈りも虚しく、監督官達は肉処理場の中へ入る。
当然、引きずられる俺も一緒だった。
背中と頭にぶつかる感触が、地面から床に変わる。
痛みは減ったが嬉しくなかった。
監督官達は処理場の端で止まった。
俺は腕を引っ張られて、無理やり立たされる。
ふらつきながらも、何とか倒れないように頑張った。
「動くなよ。余計なことをすれば指を切り落とす」
忠告を受けながら、両手を背中に回された。
左右の手首を何かで固定される。
たぶん縄で縛られたのだろう。
近くには、俺の他に四人のヒューマンが一列に並んでいた。
顔見知りも混ざっている。
全員が痣だらけで負傷していた。
俺と同様、エルフ達の逆鱗に触れてしまったようだ。
「さっさと歩け! もたもたするな!」
「うぐっ……」
俺は監督官に蹴られて、奴隷の列に並ばされる。
他の四人は、こちらを見向きもしなかった。
彼らは前方の奇妙な物体を凝視している。
その物体とは、周囲を柵で囲われたすり鉢状の金属板だ。
中央には、床下へと続く穴がある。
俺は眉を寄せて穴に注目する。
(あれは……)
穴の奥で、何かが高速で回転していた。
俺はそれが複数の刃であることに気付く。
その時、監督官の一人が手を打った。
俺達の注意を引いたところで、監督官は説明を始める。
「こいつは処刑専用の挽き肉機だ。食用以外のヒューマンはここで粉砕され、他の家畜の食糧にされる。今から貴様らを投入する」
他のエルフ達が下卑た笑みを見せた。
彼らは期待に満ちた目で俺達を眺めている。
(くそ、そういうことかっ!)
俺は状況を理解する。
これも娯楽の一つなのだろう。
生意気なヒューマンを惨殺することで、エルフ達は鬱憤を晴らしているのだ。
どこまでも最低な奴らだった。
「まずは貴様からだ」
「えっ」
先頭の奴隷が、風魔術で押し飛ばされた。
突然のことに戸惑う奴隷は、金属板を転げ落ちていく。
そのまま中央の穴に飛び込んだ。
夥しい量の血飛沫が舞った。
それと同時にばらばらになった肉片が噴き上がる。
落下した奴隷が、回転刃に切り刻まれたのだ。
エルフ達が喝采する。
彼らは拍手をしながら大笑いしていた。
涙を流して喜ぶ者もいる。
それから次々と奴隷が挽き肉機に放り込まれていった。
奴隷達はほとんど抵抗できずに肉片となる。
たまに上がる悲鳴は、エルフ達を歓喜させるばかりであった。
やがて前の四人が全員死んで、ついに俺の番がやってきた。
一人の監督官が、意地の悪い笑みで近付いてくる。
その男は、俺が殴って傷を付けたエルフだった。
「愚かな奴隷よ。最期に言いたいことはあるか」
「…………」
脳裏に浮かんだのは、命乞い。
恥を捨てて謝り、助けてもらえることを願うのだ。
惨めな姿を晒して彼らを満足させれば、今回は許してもらえるかもしれない。
しかし、そんな考えは掻き消された。
怒りに駆られた俺は、エルフ達に向かって叫ぶ。
「――最低最悪のエルフ共がァッ! お前らは絶対に許さない! 呪ってやるぞ! 苦しみながら死にやがれェッ!」
「貴様……っ」
顔を真っ赤にした監督官が、俺の首を掴み上げた。
そのまま挽き肉機へと投げ飛ばされる。
俺は金属の坂に衝突した。
すぐに転がりかけたので、両脚で必死に踏ん張る。
少しでも速度を落とそうと粘り続けた。
しかし、そんな努力も意味が無かった。
金属板は飛び散った血のせいで滑りやすくなっていたのだ。
どれだけ力を込めても、少しずつ落ちていく。
穴が近付いてくると、回転刃の低い唸りが聞こえてきた。
血肉を飛ばしながら俺の到着を待っている。
「はっはっは! まだ耐えてやがるぜ」
「無理すんなよ! 諦めてさっさと死ね!」
「クズのくせに時間を取らせるなっ!」
頭上から笑い声と罵声が降ってくる。
柵越しに見下ろしてくるエルフ達によるものだ。
彼らは揃って嘲笑していた。
俺が死のうとする姿を、心の底から楽しんでいる。
その時、頭の中で何かが切れる音がした。
渦巻くのは圧倒的な憎悪。
エルフ達への殺意が、心の中を支配していく。
「畜生……ッ!」
俺は砕けそうなほどに歯を食い縛る。
悔しさで涙が出て視界が滲んだ。
もっとも、こんな激情はエルフ達を喜ばせるだけに過ぎなかった。
どれだけ怒っても意味がない。
俺の身体は、穴へと一直線に滑っていく。
『――このままだと死んじゃうけど、悔しい?』
頭の中で女の声がした。
知らない声だ。
一体誰なのだろう。
視線を動かすも、見えるのは醜いエルフ共だけであった。
『時間がないから簡潔に訊くけど、力が欲しい? 私と契約するなら、加護を授けるわ』
突然の提案に頭が混乱する。
何が何だか分からないが、とにかく答えなければいけない気がした。
滑り落ちながらも俺は尋ねる。
「契約すれば、エルフ達を殺せるのか……?」
『ええ、もちろん。賭けてもいいわ』
謎の声は断言する。
嘘や誤魔化しは感じられない。
声は事実だけを述べているようだ。
気が付けば、穴はすぐそこまで迫っていた。
この体勢だと、頭から突っ込むことになるだろう。
血に染まった刃が、はっきりと見えた。
既に猶予は残されておらず、選択肢もない。
何より俺は、エルフ共を殺したかった。
俺を蔑んだ目を抉り、汚い言葉しか吐けない口を裂き、奴隷を傷付けた手足を引き千切る。
そのための力を与えると声は言ったのだ。
迷うことはない。
「契約する! だからっ、俺に力を貸してくれッ!」
『――その言葉、聞き受けたわ』
声が言い終えた途端、熱い何かが身体に流れ込んできた。
視界が白くぼやける。
喉が渇いて呼吸がしづらくなった。
全身を引き裂かれるような痛みが広がり、意識が飛びそうになる。
「ア、ァッ……ガァッ……!?」
力どころか、苦痛しか感じられない。
まともに踏ん張ることもできず、俺は金属板の上を転げ落ちた。
そして穴へと落下する。
眼前に迫るのは、俺を殺す回転刃だった。
意識が極限状態にあるためか、すべてがゆっくりとした動きに見える。
回転刃が身体に衝突し、容赦なく肌に食い込んできた。
徐々に痛みが強まってくる。
(このまま肉片になってしまうのか……)
もはやどうしようもない。
命を諦めた俺は、目を閉じようとする。
ところが、死は訪れなかった。
俺の肌にめり込んだ回転刃が、なぜか折れ飛んだのである。
弾みに甲高い音を鳴り響かせた。
「えっ……?」
驚く間に俺は落下し、肉片の散らばる床にぶつかった。
折れた刃がそばに転がる。
「…………」
混乱しながらも視線を動かす。
頭上の挽き肉機は、残る刃の破片を回していた。
あそこを通ったのは間違いないが、俺は生きている。
それどころか、挽き肉機が壊れている始末だった。
『身体を確かめてみて』
さっきの声が聞こえてきた。
俺は言われた通りに視線を下ろす。
そしてぎょっとする。
俺の身体は、なぜか真っ黒に染まっていた。
表面は揺らめく赤い光に包まれている。
赤い光はとても熱い。
まるで日差しの下に放置された鉄材を、全身に押し付けられているかのようだった。
『その光は炎――エルフが忌避し、世界から追放した力よ。言うなればヒューマンの希望で、文明の象徴かしら』
「炎……」
聞いたことのない言葉だ。
だが、不思議と恐ろしさは感じなかった。
むしろ安心さえする。
『それがあなたに授けた加護。炎を使えば、憎きエルフを殺すことができるわ』
「エルフを、殺せる……」
俺は無意識のうちに呟く。
それが事実であると直感したのだ。
一方、穴の外が妙に騒がしかった。
回転刃の異常に気付いたのだろう。
(いい気味だ……)
心が落ち着いたことで、憎悪が再び湧き立ってきた。
とにかく、俺は死なずに済んだ。
次は奴らを殺さなければならない。
そのために謎の契約を交わしたのだから。
炎という力の正体なんて後回しでいい。
俺は足元の刃を拾って握り込む。
刃が指に食い込んで血が滲むも、切り落とされることはない。
やはり身体が頑丈になっている。
この特性のおかげで、俺は切り刻まれなかったのだろう。
「おお」
握った刃も炎に包まれた。
よく分からないが、たぶん悪いことではないだろう。
力も身体の奥底から際限なく溢れ出てくる。
俺は刃を持って真上に跳んだ。
身体が羽毛のように軽い。
回転する刃の破片を手で止めて、それらに掴まりながら這い上がる。
「おい、嘘だろ……?」
「炎だ……炎の魔人になりやがったッ!」
「くそ! どうしてここなんだよ!」
俺の姿を見た監督官達は動揺し、大騒ぎしていた。
どうやらこの炎を怖がっているらしい。
ついに彼らは背中を見せて逃げ出す。
「逃がすかよ」
一度の跳躍で挽き肉機から抜け出した俺は、逃げ遅れたエルフに襲いかかった。
その背中に刃を突き刺して胴体を貫く。
手首を捻ると、傷口から血が溢れてきた。
「あ、ぐぁ……っ!」
痛がるエルフが炎に包まれた。
刃から伝わったのだろう。
エルフの身体は苦しみながら黒くなり、すぐに倒れて動かなくなった。
「…………」
俺は倒れたエルフを蹴る。
炎に包まれたままだが、動き出す様子はない。
完全に死んでいる。
俺と違って、エルフにとって炎は毒なのかもしれない。
『それは燃えているの。あなたの炎がエルフを焼き殺した。炎で苦しまないのは、加護を受けたあなただけよ』
声の助言を聞いて、俺はなんとなく理解した。
炎とは危険なものらしい。
こうしてエルフすらも殺せてしまうようだ。
確かにこれは凄まじい力である。
「死ねッ!」
罵声と共に、横から見えない力で突き飛ばされた。
俺は頭から壁に衝突する。
壁がひび割れるほどの勢いだったが、それほど痛くなかった。
振り返ると、他の監督官達が並んでいる。
激怒する彼らは杖を構えていた。
逃げたのかと思いきや、武器を取りに行っていたらしい。
「放てェッ!」
号令の直後、一斉に魔術が発動された。
暴風を受けて壁に叩き付けられる。
あまりの強さに押し潰されそうだった。
そこに水の球を大量にぶつけられる。
身動きの取れない俺は、ただ食らうしかなかった。
凄まじい音共に、身体から白い空気のようなものが上がる。
「ぐ、ぅ……っ」
俺は水を掻き分けて立ち上がった。
身体を包む炎が少し小さくなっていた。
今の水で流されてしまったのか。
(だが、問題ない)
俺は拳を握りながら確信する。
身体の芯はまだ熱かった。
エルフ達への憎悪に合わせて、力はさらに湧いてくる。
「アアアアアアァァァァッ!」
俺は叫び、衝動に任せて両腕を振るう。
すると炎が噴き出して、居並ぶ監督官達を撫でていった。
炎を浴びた彼らは、床の上をのたうち回る。
「ぎゃああああああぁぁっ!?」
「ひいいいぃぃあああっ?」
「み、水だっ、誰か、水、を……」
燃える監督官達は、苦しみながら死んでいく。
一部の者が水魔術を使うも、炎が消えることはない。
それはとても痛快で、俺が求めていた光景だった。
支配種のエルフとは思えない有様である。
「う、うう、嘘だ……こ、こんなことが、あっていいはず、が……」
情けない声がした。
見れば監督官が尻餅をついていた。
奇しくも俺が頬に傷を付けた監督官である。
たまたま炎の届かない位置にいたらしく、この場で一人だけ生き残っていた。
「…………」
炎を纏う俺は、無言で近付いていく。
すると監督官が目の前で平伏した。
彼は震える声で叫ぶ。
「い、命だけはッ! 命だけは見逃してくれぇっ!」
「駄目だ」
俺は監督官の後頭部を踏み付ける。
嫌な臭いをさせながら、足裏の金髪が焼け始めた。
気にせず力を強めていく。
「ごぇっ!? あ、がががが、や、やめでぐれぁ――」
しばらく悶え苦しむ監督官だったが、唐突にその頭が潰れた。
俺の足が後頭部を踏み割っている。
どうやら力加減を誤ってしまったらしい。
血みどろになった頭部から順に死体が燃えていく。
俺は監督官の死体を掴んで投げた。
死体は挽き肉機の坂を滑り落ちて穴に消える。
一瞬、肉を切り刻む音がした。
「…………」
息を吐いた俺は辺りを見回す。
燃えたエルフの死体が転がっていた。
紛れもなく俺がやったことである。
『気分はどう?』
声が尋ねてきた。
心なしか楽しそうだった。
俺は正直に答える。
「――最高さ」
炎を撒き散らしながら、俺は歩き始める。
向かう先は肉処理場の出口だ。
行く手を阻むエルフを焼き殺して進んでいく。
(ああ、奴らはこんな気持ちだったのか)
俺はエルフ達の心情に共感する。
圧倒的な力で相手を叩き潰せるのは、とてつもなく清々しい。
彼らが日常的に奴隷を虐めていたのも納得である。
しかし、立場は逆転した。
傲慢なエルフ達には、地獄を味わってもらわねばならない。
今度は彼らに苦しんでもらう。
滾る殺意を胸に秘めながら、俺は肉処理場の外に出た。