第七話 スライムーではなく、正式名は“ぷにぷに”です
不本意でも、他の貴族令嬢が集まる場に行くのならば、最低限の礼儀は必要となる。ウェルギリウスの娘として茶会に臨むエヴェリーテは、青空の下、ララの指導を受けていた。先ず、令嬢の基本挨拶となるカーテシーの練習。片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げて、背筋は伸ばしたまま挨拶を行う。
エヴェリーテは、両手でスカートの裾を摘まみ、軽くスカートを持ち上げて、腰を曲げて頭を深々と下げ、膝をより深く曲げた。王子の婚約者を選別する場でもあるので、より丁寧な作法が求められる。とは言え、本当に婚約者に選ばれても迷惑以外何物でもない。
大きな木の下。日陰で二人のマナーレッスンを見守るウェルギリウス。適当にやればいいと言ったのに、適当にして周囲の印象を下げるのは嫌だとエヴェリーテに拒否された。自分のせいでウェルギリウスの評判に傷がつくのを恐れている。等と、思いもしないウェルギリウスは段々と令嬢として様になってきたエヴェリーテを呼び寄せた。
「明日の茶会には間に合いそうか?」
「うん。ララからお墨付きを頂いたから、きちんと出来る筈よ」
「いえ。エヴェリーテ様の努力です。私はほんの少しお手伝いをしただけです」
「もう! 遠慮し過ぎよ。あれ? アイは何処?」
「錬金術で使う素材集めを頼んだ」
錬金術の使用には、大きく分けて二つの種類がある。
一つは、量産型と呼ばれる方法。術式と魔力容量がある程度備わっているなら誰もが扱える。但し、量産型と呼ばれるだけあって量を多く造れるものの、品質が悪い。あくまでも、緊急時に使用される場合が多い。
二つ目は、錬金釜と呼ばれる特殊な釜を使用した方法。此方は、魔力容量は必要ないが、その分、技術・知識・素材が必要となり、量産型より難易度がぐんと上がる。
マナーレッスンを重点的に行っていたので魔術も錬金術も教わっていなかったエヴェリーテの瞳は興味津々と輝いていた。
ウェルギリウスはある提案をした。
「アイに素材を取りに行かせたのは、初心者向けの森だ。お前も行きたいか?」
「連れて行ってくれるの!?」
「あぁ。いいよ。ララ、お前も来い」
「は、はい!」
どんな森か知らなくても、初めてのちょっとした冒険にエヴェリーテは大喜びする。嬉しいあまりウェルギリウスに抱き付く始末。理性がぐらっと傾くものの、歯をくいしばって保ち、二人を抱いてアイを向かわせた森へ瞬間移動した。
◆◇◆◇◆◇
◆◇◆◇◆◇
モヨリの森――。
その名の通り、王国のすぐ近くにある森。
初心者が一番最初に素材集めに来る定番の場所である。ウェルギリウスと手を繋いで森の中を歩く。道は国によって整理されているので通り易くなっていた。
「綺麗な森。魔物はいないの?」
「いるよ。ほら、言っているそばから」
「へ?」
ウェルギリウスに促した先には、水色の丸い生き物が三匹道を塞いでいた。
「スライムですね。魔物の中で最弱の強さを誇ります」
「それって、誇れるの……?」
「さあ」
「スライムにも色の階級があってな。水色は一番弱い。まあ、初心者の錬金術師や魔術師には手強いかもしれんが」
「成る程……」
ぷにぷにとした体に水色の球体……。そして、ぷにぷにと発する声……。
「スライムっていうより、ぷにぷにの方がしっくりくる」
「あ、そっちの方が可愛いですね」
「よし! スライムじゃなくて、ぷにぷにと呼びましょう!」
「どっちでもいい」
スライムの呼び名等心底どうでもいい。最下級魔物の類に属するスライムを攻撃するのも面倒だと、そのまま歩を進めた。攻撃してくるなら踏み潰すだけと言ってのけたウェルギリウスの腰をぽかりと叩いた。
「踏み潰すなんて酷い! ロクでなし!」
「やかましい。ならデコピンで済ませよう」
「むう……ぐちゃぐちゃになったぷにぷにを見るよりマシか」
「あはは……」
要は、踏み潰されてぐちゃぐちゃになった無惨なスライムを見たくないだけだった。目前まで近寄って来た来訪者にスライムが体を震わせ威嚇したが、退けとウェルギリウスの睨みで一瞬で萎んで道を開けた。
「……実力の差が有りすぎたのね」
「……ですね」
「ああ、いたぞ」
「ん?」
スライムを少し不憫に思いつつ、先の方で素材を拾ってカゴに入れるアイの姿を発見したエヴェリーテは直ぐ様駆け始めた。エヴェリーテ達の登場にアイは目を丸くした。
「あれ? エヴェリーテ様にバージル様? ララも。どうされたのですか?」
「マナーレッスンが早目に終わったから、お願いして連れて来てもらったの。大丈夫? 怪我とかしてない?」
「ご心配なく! モヨリの森は、一番魔物の数も少なく弱い魔物ばかりなので。バージル様。頼まれていたイリキア草とニンジン、あと、うにもですが量はこの位でも?」
「十分だ」
小さなアイでもすっぽりと入ってしまう大きな藁で編み込まれたカゴには、大量の素材が入っていた。イリキア草という緑色の草は、基本どこでも生えている錬金術の基礎素材。ニンジンも同じ。うには海で獲れる海胆ではなく、木に生えて落ちるトゲトゲの物体。中身はない。
ウェルギリウスはアイからカゴを受けとるとエヴェリーテに向き直った。
「今日は、イリキア草とニンジンを使って錬金術の初歩中の初歩ーヒーリングポットの作製方法を教えてやる」
「うん! ……あれ? でも、うには?」
「今回は使わん。まあ、魔物が出たら投げろ。モヨリの森の魔物くらいなら撃退出来るだろうよ」
「うには当たると痛いですよ。トゲトゲしてますから!」
「痛そうですよね」
「うん……痛そう」
人間に当たったらもっと痛そう。いや、痛そうで済ませられない気がする。
戻るぞ、とウェルギリウスが声を掛けたと同時に――ぷにぷに、と声が鳴った。四人が来た道を振り向くと、先程エヴェリーテ達の行く手を塞いでウェルギリウスの一睨みで萎んだ三匹の水色のスライムが着いて来ていた。
「あ! さっきのぷにぷにだ!」
「あれはスライムですよ?」
「うん。でも、ぷにぷにって鳴くからぷにぷにって呼ぶ事にしたの」
アイの疑問をあっさりと答えたエヴェリーテは、何故スライムが姿を現した? と首を傾げた。ウェルギリウスがカゴからうにを取り出して今にも投げ出しそうなので「待って!」と制止した。
「さっさと瞬間移動で私達が立ち去ったらいいだけじゃない。攻撃したら可哀想よ。ね?」
「はあ……分かった。戻る――」
「お待ちください!」
「「「!?」」」
真ん中にいたスライムが言葉を発した。驚いたエヴェリーテとアイとララはウェルギリウスの後ろに隠れた。よく見ると、ただの球体だったのに円らな瞳と口が出ていた。顔があったの? と吃驚な三人。
「ぼくはぷにぷに三兄弟の長男ぷに太郎と申します」
「知らねえよ」
「左は次男のぷに次郎、右は三男のぷに三郎です」
「まんまだね」
「まんまですね」
「スライムじゃないの? ぷにぷにが正解なの?」
「はい。人間の方々は、我々ぷにぷにをスライムと呼びますが正式名はぷにぷにです」
ぷに太郎の驚きの申告に目をパチクリとさせるエヴェリーテと妖精二人。ウェルギリウスだけが心底どうでも良さそうな顔をしていた。
「で? そのぷにぷにが何の用だ」
「はい! あなた様を見込んでお願いあります! 我らぷにぷに三兄弟をあなた様の弟子に」
「帰るぞ三人共」
「え!? 最後まで聞いてあげないの!?」
「何が悲しくてぷにぷにを弟子にしないといけない」
「そう言わずに話だけでも聞いてください!」
ぷに太郎の必死さが伝わり、聞いてあげようとエヴェリーテがウェルギリウスの手を引いてぷにぷに三兄弟の前に立った。近くで見ると同じに見えた顔が些細な部分が違うと判明した。
ぷに太郎の眉毛は太く、ぷに次郎の眉毛は細く、ぷに三郎に至っては眉毛がない。眉毛で判断出来そうだ。
面倒臭そうに、どうでも良さそうにウェルギリウスはぷにぷに三兄弟の話を聞いた。
曰く、彼等は離れ離れになった幼馴染みのぷにぷにーぷに子を探しており、目撃情報があったというモヨリの森へ遙々やって来たのだとか。
「そのぷに子さんは見つかったの?」
「いえ……それが……」
「ぷに子は、ぷにぷに界のアイドルと呼ばれる程可愛いぷにぷに。きっと、悪い奴に捕まって見世物にされてるに決まってます!」
眉毛の細いぷに次郎が怒りを露にし、弟のぷに三郎が諫める。ぷにぷにのアイドル……脳内でどんなぷにぷにかを想像したエヴェリーテとウェルギリウス。可愛いぷにぷにを頑張って思い浮かべるも、ぷにぷにしか浮かばない。普通の。
「で? 俺の弟子入りと何の関係がある」
スライム……改め、ぷにぷにが人に弟子入りしたという話は聞いた事がない。
「ボク達は皆さんがご存じの通り、ぷにぷにの中でも最弱のぷにぷにです。ですが、ぷに子を探し、助けるには力が必要なのです!」とぷに三郎。
「たった一睨みで戦意も闘争心も奪ったあなたは只者じゃない! 僕達の師匠になってください!」とぷに次郎。
「お願いします! どうか、我らの願いを聞き入れてください!」とぷに太郎。
三匹のぷにぷにの必死の懇願を無下にするのは可哀想だとエヴェリーテもウェルギリウスに訴えるが、ぷにぷにに弟子入りされる身にもなれと喉まで上がった言葉を飲み込んだ。
後で思う存分にエヴェリーテにキスをしてやろうと決め、渋々了承したウェルギリウスであった。
読んでいただきありがとうございました!
某アトリエシリーズのぷにぷにとスライムって一緒ですよね?違ったらごめんなさい……。