第三十話 訪問4
永遠に続く混沌。溶ける闇の広大な風景の中にポツンと鎮座する玉座。金と銀に彩られ、背後には無数の荊に縛られた少女が描かれてた。
「……」
空席の玉座の前に佇む白銀の人影。地に届く長い銀髪は複雑に編み込まれ、玉座を見つめる銀色の瞳はくるくると混沌を表しており回っている。白き衣を纏ったその者は冷たい唇で言葉を紡いだ。
「我が主……“●●●”様……今度こそ、貴方の“完全”なる復活を」
――その為には、あの邪魔な転生者を共を……忌まわしき、女神を……殺す。そして――
「貴方を裏切り、女神を裏切ったあの男の首を、必ずや貴方の前に」
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光属性の魔術、第四楷梯【オーロラ・カーテン】で“剛将”ル=ノワールの身動きを封じた男は嫌そうな顔をしながら空中を歩く。ゲオルグにシャルディンと呼ばれた男は、透き通った空色の瞳を嫌悪剥き出しでウェルギリウスへ向けた。
「ああ嫌だ。何でボクがお前の助太刀なんかしないといけない」
「誰が頼んだ。ああ、まあ丁度良い。シャルディン。この馬鹿を連れて帰れ。邪魔だ」
「それが折角助力している者に対する言葉遣いか!後、絶対に帰らん!今この状況で帰れる筈がない!」
「お前等がいるんじゃ、俺が本気を出せないんだよ。奴が“眠っている状態”なら、【三界の扉】で決着がつく」
ある魔術の名を口にしたウェルギリウスに二人は言葉を失う。“眠っている状態”が完全なる姿じゃないと仮定しても、【三界の扉】は白魔術の最高楷梯――第七の儀式魔術。発動するだけで天災級の威力を誇る大魔術を使うと軽々と口にした。幼少の頃より、この男の“人外”振りは知っていた筈だった。が、本来の3割程度しか見ていなかった。否、見せられていなかった。“降臨の日”が近付く事によって、魔物の活動も活発となり強さも増す。今回みたいに化物級の“魔神将”が出張って来るとは予測出来なかったが。
「ふざけるな!そんな大魔術を使ったら――」
激昂するシャルディンの声が止まった。結界の中に閉じ込め、身動きを取れなくしたルー=ノワールが全身から濃度の濃い魔力を放出し始めた。巨大な鉄槌を持ったままでは動けない。だから、ルー=ノワールは力業で結界を破壊しようとしている。“剛将”の魔力が呆気なく結界を破壊し、巨大な鉄槌を肩に担ぐ。
「あの程度の結界では時間稼ぎにもならないかっ」
「ルー=ノワール……物語通りの化物だな。ウェルギリウス。奴が“眠っている状態”と言うが、“起きている状態”だとどうなる?」
ルー=ノワールに銀瞳を向けたままゲオルグが問うた。一番嫌な予想を抱いて。
「“降臨の日”が訪れ、魔王が復活して“魔神将”は本来の力を取り戻す。“起きている状態”が完全体とし、10とするなら今の“眠っている状態”の奴は3割程度だ」
「3割……」
発動するだけでその魔術師が超一流の証の証拠となる魔術を幾つも行使し、無傷を保つ今のルー=ノワールの力が本来の3割程度。低すぎ、圧倒的な力を有する魔神を心の底から恐怖する。
魔神を、魔王を倒せるのは、名前のない物語の登場人物達。
物語でルー=ノワールを倒すのは、聖なる女神の護衛役。だが、今その人物――正確には、転生者はいない。残る可能性はウェルギリウスだけ。
そのウェルギリウスでさえも、ルー=ノワールを完全に殺せる術がない。一つの可能性として、エヴェリーテがいる。
が――
(エヴェリーテにさせれば、気付かれる。王国にも、奴等にも。面倒な連中だ)
知られれば、エヴェリーテは連れて行かれてしまう。見た目も中身も自分好みに育てて好き放題したい男は可能性のある未来にゾッとし、ゲオルグ、と鋭い声色で発した。
――その時であった。対峙する両者の間の空間がぐにゃりと歪んだ。新たな敵の登場は御免だと舌打ちを打ったウェルギリウスは、歪み、横に開いた隙間から姿を現した人物に大きく瞠目した。
長い銀糸は靴にまで及び、白き衣と仮面を身に付けた白き者は間に降り立った。新手か、と警戒するもウェルギリウスの様子の変化にゲオルグとシャルディンは注目する。整った表情を思い切り歪め、多量の殺気を込めた瞳が白き者を捉えた。
「――――、――――――――」
また、未知の言語を発したウェルギリウス。恐らく、現代の技術を以てしても解読不可能な古代言語を用いているのだろう。忘れてはいけない。“魔神将”と同じく、ウェルギリウスもまた遠い昔より生き続ける者。
二人は古代言語で会話を続けた。軈て、白き者がルー=ノワールへ振り返る。
「――――」
「!」
何と発したか聞き取れなくても、驚き動作で抗議をするルー=ノワールから察するに想定外な事を言われたのだと予測出来た。ウェルギリウスが魔術を放とうすると、痺れを切らした白き者が漆黒の体を蹴った。またぐにゃりと歪んだ空間に飲み込まれてルー=ノワールは呆気なく戦場より退場となった。
「……」
背後の三人に振り向きもせず、だが下を数秒見下ろした後――白き者は開いた空間に入り姿を消した。
「な、何をしに来たんだあいつは……」
シャルディンの疲労がたっぷり入った声色。答えを知っているウェルギリウスをゲオルグが話す様促した。いなくなった二人のいた空中を睨んでいたウェルギリウスは表情を元に戻し、空を仰ぎ見た。憎々しいまでに青々としていた空を錬金術で曇天へと変え、灰色に染まった。白き者の正体も何をしに来たかも、視線を空へ向けたまま答えた。サッと顔を青くする二人を置いて下降した。
地面に降り立つとエヴェリーテが駆け出した。ウェルギリウスの腰に抱き付くと両脇に両手を入れられ抱き上げられた。
「ウェルギリウスっ、無事?何処も怪我してない?」
「ふ。俺を誰だと思ってる?」
「分かってるわよ、でも、心配で」
「心配いらん。それより、ティポ」
「はい」
「暫くあの場所へ行け。ルー=ノワールといい、彼奴といい、面倒なのが起きてきている」
「ですねえ。“剛将”よりも厄介な方が来て、この場を離れて加勢しようか悩みました」
「ねえ、あの白い人って……」
空中戦を見守っていた最中、ゲームの記憶を素早く思い出していたエヴェリーテはあの白き者に心当たりがあった。ルー=ノワールと同じで、それ以上の力を所持する強敵。
不安げにするエヴェリーテの額にキスを落とした。
「エヴェリーテ。お前が気にする必要はない。いいな?」
「……うん」
“終焉の魔王”の転生者である自分が下手に配下である“魔神将”と関わると厄介になる。頷いたエヴェリーテの頭を良い子と撫でた。
遅れて地上に降りたゲオルグとシャルディンが揃って声を出した。ウェルギリウスとエヴェリーテ、ティポも釣られて見ると――国を薄い膜が瞬く間に覆っていく。途中、パーシアスとセストを城へ戻らせ宰相のハリーに国を守る結界を展開させろと告げた。その結果が完成されて、展開された。白き者の強引な介入によって強制終了となった戦い。
顎に手を当てて思案する暇があるなら城へ戻れと、空間魔術で外と城内を繋いだウェルギリウスに背中を蹴られたゲオルグは向こう飛んで行った。
「お前も行け」
「ボクは行かないぞ!大体、国からの要請で来たんじゃない!元々――」
「うわああああああああぁーっ!!!」
よく台詞を途中で遮られる日だ。苛立ちげに悲鳴がした方へ振り向いたシャルディンは絶句した。世界最小の魔物スライムが三体も必死な形相で此方へ向かって来ていた。その後ろから、愛娘のヴァイオレットが覚え立ての攻撃呪文でスライムを攻撃しながら追い掛けて来ていた。
「待ちなさいっ!」
「あああああああああ!!お師匠様あぁー!!」
「助けてくださいぃぃぃ!!」
「殺されるうううううううううぅ!!!」
「……」
――お師匠様?誰が?それ以前に何故スライムが言葉を話せているのだ!?
ふいっとウェルギリウスを見るとエヴェリーテを抱いたまま「はあ」と溜め息を吐いた。エヴェリーテも困ったと眉を八の字にして、ティポは読めない笑顔を浮かべている。
「助けてあげて。後、ヴァイオレット様の誤解を解かないと」
「普通は誤解するだろう」
「でも、無事で良かった。ララとアイも無事だよね?」
「でしたら、ボクが見て来ましょう」
予告なく訪れた襲撃の連続にこの場にいる者以外の安否を気にする余裕もなかったが、脅威も去ってぷにぷに三兄弟の悲鳴を聞いて大事な妖精の少女達を気にし出した。ゲオルグとパーシアスが訪問し、お茶を出した後素材採取を頼んでいたから採取地へ行っているとウェルギリウスは言う。だが、もしタイミングが遅れていたら……と最悪の展開を予想してしまう。
不安が消えないエヴェリーテの額にまた唇を落とした。
「エヴェリーテ」
「……大丈夫、だよね」
「ああ。心配いらん。不安になるな」
「うん……」
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