第二十九話 訪問3
「ティポさん!!」
ヘカトンケイレス。名前のない天空城の門番三体の攻撃を一度に振り下ろされたティポ。悲鳴に近い叫び声を上げたエヴェリーテ。ティポがいた周囲を砂塵が舞う。息を呑まずに見守るエヴェリーテ達。周囲がクリアになるとヘカトンケイレスに動揺が走った。三体の巨人が振り下ろした巨大な武器の下に潰れた標的がいなかった。手応えはあった。なのに、いない。
何処に?ヘカトンケイレスがティポを探し始めたのと同時に無事な事に安堵しつつ、同じくティポが何処へ消えたか探すエヴェリーテ達。すると、「あそこだ!」とゲオルグが上空にいるティポを発見した。なるべく、ヘカトンケイレスには聞こえない音量で告げた。子供達の視線が一斉に空へ向けられた。
上空には、無傷のティポが両手を腰に当てて大地を見下ろしていた。愛嬌のいい表情のまま。今はその表情が恐ろしい。ヘカトンケイレスは上空にいるティポに気付かない。
「父上。ヘカトンケイレスを叩く絶好の機会では」
「……いや。その必要はない」
「え?」
ティポを探すのに夢中なヘカトンケイレスをゲオルグの魔術で一網打尽に出来ると確信したパーシアスが提案するも、両腕を組んで瞳を閉じたゲオルグは首を振った。
何故?――浮かび上がった疑問は一瞬にして払拭された。
左手を上げたティポがぱちん、と指を鳴らした。音の発生に気付いたヘカトンケイレスが上空を見るも既に遅かった。
「《――――・――――・――――》」
言葉を聞いても理解出来ない未知の言語を紡いだティポの声に呼応する様に厚い雲に覆われた空に大きな炎の魔術式が展開された。ティポが紡いだ未知の言語と同じく、魔術式に刻まれている文字もまた解読不可能なもの。一体、どの様な魔術が使用されるのか。エヴェリーテ達が息を呑むのも忘れて見つめる最中、奴は現れた。大きな魔術式から伸びた炎に包まれた手が三体の巨体をあっさりと捕まえた。ティポの使用する爆炎と同等の炎に包まれ野太い悲鳴を上げるヘカトンケイレスは、そのまま魔術式の中へ引き摺り込まれ姿を消した。
「「「……」」」
謎の炎の魔術式も消え、地面に着地したティポはにっこりとしたままエヴェリーテ達の方へ振り向いた。
「お怪我はありませんか?」
「は、はい、あの、ティポさん今のは」
あの炎の魔術式は、炎の手は、ティポが紡いだ言葉は何時の時代、または何処の国の言葉なのか。セストは聞きたいのに声が動揺して上手に話せない。パーシアスも同じ。
ティポはセストが何を言いたいか知ってはいるが教えない。ヴォルティス王国の王に意味深な笑みを見せた。
「……」
ゲオルグもティポを詳しくは知らない。ほんの一握りしかいない紫色の妖精にして、“人外”の魔術師が最も頼りにしている妖精。恐らく、人間の魔術師でティポに敵う者はほぼいない。
あの呪文といい、炎の手といい。心当たりはあるが今はそれ所ではない。
ヘカトンケイレスを退けた今、次に行うべき行動は一つ。
「パーシアス、セスト。直ぐに城に戻ってハリーに最高レベルの結界を展開しろと伝えろ!」
「は、はい!」
「分かりました!」
王としての命令に背筋を伸ばして返事をした双子の兄弟。最後に、ウェルギリウスの屋敷を除けと告げた。どういう意味かと訊ねるも早く行けと厳しい声で迫られ、二人は駆け出すしかなかった。幸い、セストの部屋がある建物は無事な為、そこから空間魔術で繋がれている城へと戻る事が可能になる。此処にいるより、城に戻った方が安全だと判断したゲオルグは、エヴェリーテに決して結界の外に出ない様言い付け、激しい空中戦を繰り広げるウェルギリウスの元まで飛んだ。
「王様!」
「エヴェリーテ様。大人しくしていてくださいね」
「で、でもティポさんっ、王様が」
「ボクは今の王様や公爵達の幼少期を知っていましてね。彼等には一つの共通点があるんです。それが何か分かりますか?」
「い、いえ」
「王様も現公爵達も、幼い頃バージル様に……子供達が殆ど押し掛けたみたいなものですが、魔術と戦い方を叩き込まれていました。なので心配ありませんよ。王国お抱えの魔術師団よりも戦いに慣れています」
ほら、とティポに上空を見るよう促された。
◆◇◆◇◆◇
◆◇◆◇◆◇
何人も焼き尽くす爆炎が
生命を凍らせる冷気が
あらゆる物を破壊する雷鳴が
万物を切り裂く暴風が
たった一体の魔物に向けられるには圧倒的過ぎるオーバーキルが四方からルー=ノワールを襲った。まともに直撃すれば消滅は免れないその攻撃に、煙を払い無傷を保つルー=ノワールが立っていた。やっぱりか、と最初からどんな魔術を使用してもルー=ノワールには無駄だと分かりきっていた。
一つとっても、使用出来るだけで超一流の魔術師の証拠とも言える魔術を食らって無傷でいられるルー=ノワールを見てもウェルギリウスにはショックがない。隣に浮遊したゲオルグも眉を寄せているだけで驚きの色はない。
「物語通りの化物の様だ」
「失せろゲオルグ。邪魔だ」
「人が助太刀しに来てやったのにあんまりじゃないか」
「誰が何時助太刀しろと言った」
「王国の危機だ。王であるおれが守らないでどうする」
「王国お抱えの魔術師団が泣くぞ。守るべき王が前線に出る等どうかしてる」
「今、パーシアスとセストを城に戻らせ、結界を貼るようにハリーに伝えに行かせた。“魔神将”が相手であれば、一切の手加減を必要としないからな」
王の銀瞳が黒き魔神を鋭い眼光で睨む。一体が王国お抱えの魔術師団の総力を以てしても敵うかどうかの強大な力を持つ。そして、“魔神将”にはそれぞれ特徴がある。ルー=ノワールは剛将と呼ばれる理由。それは――
「《――――・――――――・――》」
ルー=ノワールが先程のティポと同じく、謎の言語で呪文を紡いだ。黒く展開された大きな魔術式から、ヘカトンケイレスが持っていた武器よりも何倍も大きな、それこそウェルギリウスの屋敷を一撃で粉砕出来る程の巨大な白銀の鉄槌が出現。
「神の鉄槌か」
「物語通りならあれは……」
ウェルギリウスが武器の名前を呟き、ゲオルグが物語を口にしようとした直後――ルー=ノワールが動き出した。巨大な鉄槌を持っているとは思えない俊敏な動きで二人の目前まで迫った。
振り上げた鉄槌を軽々と振り下ろした。
「ウェルギリウス!」地上からエヴェリーテの声が。身体強化の白魔術を施しているウェルギリウスはあっさりと避け、ゲオルグも同じく身体強化の魔術を掛けたので避けられた。
鉄槌を肩に抱え直したルー=ノワールを囲う様にウェルギリウスとゲオルグは立った。
「《失せろ》!」
「《獰猛なる獣の咆哮よ》!」
ウェルギリウスの光属性の魔術とゲオルグの無属性の魔術がルー=ノワールを同時に襲った。
鉄槌を振り回しただけで魔術は綺麗さっぱりと消された。
「ま、無駄だとは分かっていたがな」
「やはり、ルー=ノワールの武器『神の鉄槌』はミスリルか」
ミスリルとは、古代文明が遺した遺産の一つ。魔力の流れを絶つ性質を持ち、ミスリルで生成された武器はあらゆる魔術を切り裂く力を持つ。但し、非常に扱いに難い金属で王国でミスリルを使用した武器を打てる鍛治師は一人しかおらず、また、採取地も最高難易度を誇るのでまず採取するのが不可能に近い。
冷静にルー=ノワールの武器を分析したゲオルグは思考する。物語では、どうやってルー=ノワールを倒したかを。確か、ルー=ノワールを倒すのは聖なる女神の護衛役。彼の魔術属性、それが――――
不意に強い殺気を当てられたゲオルグが咄嗟に体を反らした。ルー=ノワールの神の鉄槌がゲオルグの体の表面をギリギリで滑った。“魔神将”を相手に倒す思考をする暇もない。
「《踊れ》!」
刹那、ルー=ノワールを天地で挟む雷の魔術式が展開。いつぞや、モヨリの森の主を倒すウェルギリウスが使用した第五楷梯【ヴォルト・フィールド】一定範囲内の敵を殲滅する、起動出来るだけで術者が超一流の証拠ともなる魔術。範囲を小さくし、威力だけを格段に上げた雷を受けても――――ルー=ノワールに、否、神の鉄槌に傷一つつける事さえ出来なかった。
元々、ゲオルグを助ける為に使用したのでダメージを食らってなくてもウェルギリウスに動揺はやはりない。その代わり、隣に立ったゲオルグの腰を蹴った。痛いと抗議をするゲオルグに考え事は後にしろとばっさりと斬った。
「ルー=ノワールを倒す為の考え事だ!ウェルギリウス、ルー=ノワールは物語ではどう倒された?」
「知るか。興味がない」
知っている。知っているが、“人外”と呼ばれているウェルギリウスでも不可能なのだ。ルー=ノワールを倒す術は聖なる女神の護衛役しか使えない。
(後、可能性があるとしたら……)
ウェルギリウスは地上にいるエヴェリーテをちらりと一瞥した。結界の中で不安げに上空を見上げるエヴェリーテにだけ、可能性がある。しかし、「エヴェリーテ」として生まれて半年。その身に魔王の魂を宿していてもエヴェリーテには出来ない。させられない。
故に、効果があるかは分からないがやってみる価値はあると判断し、王都に結界が展開されるまで後何分だとゲオルグに言葉を投げた。
ゲオルグの予想では、パーシアスとセストを行かせたのは約十分前。後五分は掛かる筈だと答えた。
「五分か……」
「策でも思い付いたか?」
「ああ。だが、結界を待つ必要がある」
ウェルギリウスがそう言うという事は、王都を巻き込む大掛かりな儀式魔術を使用する心算なのだ。儀式魔術とは、大人数で使用する大規模且つ、個人で使用する魔術の威力を遥かに凌駕する代物。それをたった一人で扱えるのが“人外”と呼ばれる所以の一つ。
「ウェルギリウス。その策に時間はどれだけ必要だ」
「必要ない。俺を誰だと思っている」
エヴェリーテがいたら、それか非常時でなかったらゲオルグはロリコンだと答えた。今それを言ったら強制的にルー=ノワールへ特攻させられるのでしない。
「――――――、――――、――――――――」
ルー=ノワールから言葉が発せられるが現代で使用される言葉ではない為に何と言っているのかが不明。……だが、ウェルギリウスには通じる様で顔を顰めた。
「お前に関係があるか?ルー=ノワール」
「――――。――――――」
「だとしても、お前には関係ない。そう思うのなら、とっとと失せろ。それとも、“眠っている状態”で殺されたいか」
「……」
もうすぐ、“終焉の魔王”が復活する“降臨の日”が訪れる。今回、“魔神将”が目覚めたのも“降臨の日”が影響しているからだとゲオルグは考えている。世界が終焉を迎える日までに魔王の転生者を見つけ、排除するのも王国の仕事でもあり、同時に、唯一“終焉の魔王”を倒せる力を持つ聖なる女神“イーサ”と“正義の魔法使い”達の転生者を見つけ保護するのも王国の責務である。
ウェルギリウスの口にした“眠っている状態”が、魔王を指すのか、それともルー=ノワールを指すのか。
両者のやり取り(ルー=ノワールの方は言語が不明なので聞けないが)に神経を集中させる。
「なら、今此処で《くたばれ》」
一人ルー=ノワールの言葉を理解出来るウェルギリウスが、台詞の途中で詠唱をした。適当な上、たった一言であらゆる魔術を使用出来るこの男がどんな魔術を使ってくるか予測不可能。予知能力者でもない限り。
ドン、とルー=ノワールの体が見えない何かと衝突した。勢い良く後退していく様を見つつ、間髪入れずに次の魔術を展開。第五楷梯【セルシウス・レイ】無数の氷の雨がルー=ノワールに降り注がれた。
が、神の鉄槌で呆気なく振り払われる。――それがウェルギリウスの狙い。
「《白き羊飼い・聖道を歩み・堅牢なる個を創れ》」
ウェルギリウスでもゲオルグでも、ティポのものでもない第三者の介入。ルー=ノワールの周囲を六角形の光の結界が囲った。
一体何時来たのか、菫色の長い髪を首から尻尾みたいに垂らし、空色の瞳には黒き魔神を敵と捉えていた。
「シャルか!」
ゲオルグの幼少の頃からの友人――シャルディン=プラチナが駆け付けたのであった。
読んでいただきありがとうございます!




