第二十八話 訪問2
「で?訪問の理由は何だ?」
折角の快晴を曇天へと変えたので場所を客室へ変え、ソファーに座った面々。パーシアスとセストは隣同士、ゲオルグは一人掛けソファーに、残るウェルギリウスとエヴェリーテは勿論隣同士。最初膝に乗せようとしたら嫌だと断固として拒否されたから。
ララが運んだお茶を口にしたウェルギリウスがゲオルグに向かって開口した。
「セストの様子を見に来ただけじゃないだろ」
「うむ。やはり見破られていたか」
「父上?何かあるのですか?」
連れて来られたパーシアスもセストの様子を見に行くとしか聞いていない。ウェルギリウスの指摘にあっさりと頷いたゲオルグは淹れられたお茶を飲むと銀瞳に鋭さを宿した。自由で仕事を宰相のハリーに押し付けては此処へ来る何時もとは予想が出来ない王としての眼。向けられていないパーシアスやセストですら、緊張で体を強張らせた。
その眼光を向けられている本人は至って平然としている。エヴェリーテはカタカタと体を震わせているので肩を抱いた。気休め程度にしかならなくてもこれしかない。
「実はな、“魔神将”の一体が目撃されたとの情報が騎士団に入った」
ピクリ。
カップを手にもつウェルギリウスの指が反応した。聞きなれない単語にエヴェリーテは首を傾げ、王子二人の顔が戦慄に染まる。
パチン、とウェルギリウスが指を鳴らすと淡い紫色の転送方陣が出現。一度目にしたエヴェリーテとセストがこれから何が来るのか知っている。知らないパーシアスは目を見張るだけ。転送方陣から現れたのは、妖精の里で妖精達の仕事の世話をする紫の妖精ティポ。
「はーい!今回はあまり日が開いてないですね!今日はどうされました?」
「ティポ。ガキ共を――――」
続きの言葉をウェルギリウスが発する事はなかった。
突如、強い殺気を感じ、適当な呪文で超硬度と強度を誇る結界を展開。
その直後、凄まじい衝撃音と共に室内が破壊された。悲鳴を上げるエヴェリーテは保護者に強く抱き締められ、全く予想だにしていない事態に王子二人も父親に恐怖から抱き付いた。ウェルギリウスが咄嗟に結界を展開したお陰で結界の範囲内は無事だが、それ以外は無惨にも破壊された。
砂塵が消え、露になる光景に茫然となる。屋敷の半分が壊されていた。毎日アイとララが綺麗にしている庭も残念な事に。
恐る恐る顔を上げたエヴェリーテはウェルギリウスを見上げた。
「ど、どうなってるの……?」
「……エヴェリーテ。“正義の魔法使いが拐われたお姫様を悪の魔王から救出する”昔話……知ってるな?」
「う、うん」
この世界に住む者なら誰もが知っている名前のない物語。子供向けの内容なので皆子供の頃から寝物語として聞かされる。何故、今、その様な事をウェルギリウスが口にするのかと言うと。
「ゲオルグが言った“魔神将”は終焉の魔王の四人の腹心を示す。で、屋敷を襲撃したのも……」
「まさか……」
「ああ、そのまさか……」
上を見てみろ、と促され皆が上を向いた。
「あれは……!」
上空に佇む一体の存在。ボロボロな黒い外套を羽織り、全身黒一色に染まった服を着る、黒い仮面で顔を隠す黒ずくめの異様な――人間であるかも謎な存在。
「“剛将”ルー=ノワールですねえ」
呑気な声で敵の名を告げたのはティポ。魔物の情報に詳しいティポは終焉の魔王の腹心の事も熟知している。「懐かしい方が来ましたね」と久方振りに知人を見たというニュアンスで言ってのけるティポに疑問の目が向けられる。
「懐かしい?あの、ティポさん一度会った事があるのですか?あの“魔神将”と」
セストの尤もな疑問にティポは「ありますよ」と普通に答えた。
「最後に会ったのは何時だったかな」
「ティポ。無駄話はいい。予定は変わったがガキ共を頼むぞ」
「何処行くの?」
「決まってる」
忌々しげにルー=ノワールを見上げた。
「あの失礼な訪問者にお灸を据えるのさ」
「あ……!」
エヴェリーテの銀色の頭をポンポン撫でた後、ふわりと浮遊したウェルギリウスは上空へ行ってしまった。心配で仕方ないとウェルギリウスを見つめるエヴェリーテ。
「父上、ぼく達は……」
「……どうやら、敵はルー=ノワールだけじゃないらしい」
「え?」
敵意に満ちた銀瞳が庭があった方角へ向く。
ぐにゃりと空間が歪む。空間の隙間から、背中に二本の腕を生やし、額に鋭く太い角を生やした巨大な虎の魔物が出現した。ひっ、と小さく悲鳴を上げたのは誰か。子供達の恐怖心が格段に増した。息子二人をゆっくりと離し、ソファーから立ち上がったゲオルグは魔物と対峙した。
「お前達はここにいなさい。エヴェリーテ嬢、君もだ。ティポ君。子供達を見ていてくれ」
「おや?そこは逆ですよ、王様」
軽い調子で結界の外へ出たティポと異形の魔物が対峙する。
「王様がエヴェリーテ様や王子様達を見ていてください」
「ティポさん!」
「大丈夫ですよエヴェリーテ様。ボクはこれでも魔術師の階級で言うと第七超度ですから」
一握りしかいない紫の中でティポは唯一の第七超度の実力者。だからこそ、ウェルギリウスは彼と個人契約を交わしているのだ。もしもの時、ティポ程頼りになる妖精がいないから。また、魔物に対する知識も豊富。恐らく、大陸随一と言っていい。
「さて」と改めて意識を魔物へと集中させた。――途端、背に生える腕が迫った。軽やかな動きで地を飛んだティポを追うように普通では有り得ない方向に腕は曲がり、空高く迫る。やっぱりか、と一人ごち、
「《さあ食らいなさい・妖精が燃やす・憤怒の炎を》」
普段と何ら変わらない口調で言葉を紡いだ。突き出した左手から展開された炎属性――ではなく、上位の爆炎の魔術式を展開。渦を巻くように放出された炎をも呑み込む爆炎が瞬く間に腕から魔物本体へ迫り、あらゆる物を焼き尽くす炎に食われた。
魔物の野太い悲鳴が周囲に響き渡る。
地へ着地したティポは涼しい顔でエヴェリーテ達の方へ振り向く。
「あっという間でしたね」
「す、すごい……」
「紫の妖精ってこんなにも強いものなのですね……」
「妖精の中でもティポ君は特別なんだ。特に今のは彼の十八番、爆炎の魔術だろう」
「爆炎?」
聞きなれない属性にパーシアスが聞き返した。基本四属性には、他の属性にはない上位属性が存在する。炎は爆炎、水は流水、風は疾風、地は大地。これらの上位属性を会得するには元々の属性とある道具が必要となる。錬金術の中で最難易度を誇るそれは、世界中探しても作れる錬金術師はウェルギリウス位しかいない。
ゲオルグの説明に子供達はまたティポを見た。年齢不明で大人になっても可愛らしい外見のままな妖精は身長もエヴェリーテ達より同じ位。色によって妖精の実力は違うと聞くがここまで違うとは思いもしなかった。
魔物の悲鳴が途絶えた。灰になったのを見計らったティポが術を解いた。
「ふむ……」
しかし、そこに魔物の灰がなかった。食らえば炭化は免れない超高温の炎をもろに食らった魔物が逃げられる筈もない。況してや、先程まで断末魔の悲鳴を上げていたのに。眉間を指で挟み思考するティポの耳が空を切る音を拾った。
ハッとし、地を蹴ってその場から大きく離れた。ティポが立っていた場所に巨大な斧が刺さっていた。結界の中で守られている四人の視線が向いている方へ目をやると。トロール並の大きな巨体が何かを投げ飛ばした体勢でいた。巨大な斧の所有者はあの巨体だったのかと即判断。
ティポの脳内にある無数の魔物のデータが検出され、巨体の情報を引き出した。
「ギューゲース、ですね」
厄介ですねと微笑を浮かべるも表情に一切の焦りはない。恐怖もない。あるのは絶対的な自信。ギューゲースと呼ばれた魔物は重力を操作して斧を手中に収めた。重々しい巨大な斧を軽々と持ち上げると肩に担いだ。
「王様。ギューゲースがいるのなら、コットスとブリアレオースもいる筈です。探してほしいです」
「任せろ」
「ギューゲースにコットス、ブリアレオースって事は、こいつら“ヘカトンケイレス”か!」
魔物の名前に聞き覚えがあり、やっと思い出せたパーシアスが手を叩くと。エヴェリーテは「“ヘカトンケイレス”?」とパーシアスにそれが何かを問うた。
「名前のない物語に登場する魔物だよ。確か、魔法使い達が天空城の入り口で最初に倒す魔物だった筈」
「パーシアスの言う通り、彼等は天空城の入り口を守る門番。一体でもとてつもない強さを誇る魔物が三体。魔法使い達がぶつかる最初の難関と言っていいでしょう」
この世界に生まれただけあって二人の昔話の知識は深い。エヴェリーテはそう感嘆するも、普通なら詳細な内容は覚えていない。皆、曖昧に覚えるだけ。パーシアスとセストが覚えているのは名前のない物語に無性に惹かれてしまうからだ。パーシアスは嫌いな物語でも心惹かれてしまう。セストは好きな話なのだがそれとは別に惹かれる何かがある。
二人はそれがどういった意味を示すのか知らない。覚えていない。
地面が悲鳴を上げた。見るとティポの推測通り門番の役割を担うヘカトンケイレスが同時にティポを襲っていた。
ぴょん、ぴょん、と軽快に攻撃を避けていく。体が小さい分すばしっこいティポに分があると思われがちだがヘカトンケイレスは巨体な割に機敏に動ける。故に、速度を早め斧を持つギューゲースが背後に回った。「ティポさん!!」エヴェリーテの叫びが響く。前方には、大太刀を振り上げるコットスと鉄槌を振り上げるブリアレオース。
三体の魔物の巨大な武器がティポへ振り下ろされた。
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