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ロリコンな保護者兼お師匠様に溺愛される  作者:
十歳編~波乱の幕開け~
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第二十七話 訪問1

 


 空を見上げるパーシアスの銀糸を風が浚う。王城にある私室の窓から、空を見上げるのはパーシアスにとっては日課となっていた。雲に覆われている時や雨が降っている時はしない。雲一つない快晴の日だけ、パーシアスは空を見上げる。空に何かある訳じゃない。ただ、名前のない昔話は、ある天空城が舞台とされている。その天空城にも名前がない。何故、名前が無いのかは誰にも分からない。考古学者にとって、名前のない天空城の謎を解き明かすのは夢なのだ。大昔から研究され続けているのに、誰一人として天空城の謎を解いた者はいない。

 パーシアスは窓から離れるとベッドに置かれている本を手に取った。本なのに題名がない本。何時から存在するのか、作者は誰なのか、何故名前がないのか一切不明な名前のない物語。物語の内容は、何処にでもありそうなものだった。

 “正義の魔法使いが拐われたお姫様を悪の魔王から救出する”子供向けの物語。パーシアスやセストもよく王妃である母に寝物語として聞かされた。悪の魔王は、最後に正義の魔法使いだけが扱える“銀の聖剣”で心臓を貫かれ消滅する。片割れのセストは、その後魔法使いとお姫様が結ばれてハッピーエンドだった事に喜んでいた。だが、パーシアスだけ違った。パーシアスは、その最後にどうしようもない程心が痛んだ。悪の魔王は倒され、正義の魔法使いとお姫様は結ばれた。何処を見ても幸せな結末に終わったのに、自分の心はきゅうっと絞られ苦しくなった。その後に訪れるのは、拭えない空虚と絶望。

 そんな気持ちを何度も味わったせいでパーシアスは、名前のない昔話が大嫌いだった。今でも。なのに、偶に無性に読みたくなる日がある。



「……」



 本をベッドに放るとパーシアスは私室を出た。

 今日も父であるゲオルグが手配した魔術省の魔術師と魔術の特訓がある。威力特化型の雷属性のパーシアスは、次々に高度な魔術を修得していった。元々、魔力容量(キャパシティ)も多く魔術の才能にも恵まれていた為に吸収力も良かった。

 訓練場に赴くと既に担当である魔術師がいた。魔術省の職員は、聖なる女神イーサが描かれたローブを着用するのを義務付けられている。

 朝の挨拶を済ました後、早速特訓開始である。



「先ずは、昨日の復習を行います。彼方に用意しました的を【ライトニング】で当ててください」



 職員が指差した的は、パーシアス達がいる場所より三百メートル離れている。この距離からの狙撃は魔術学院の一年生ならば問題なく熟せる距離である。

 パーシアスは指定の位置に立ち、教わった通りの呪文を詠唱し、【ライトニング】を使用した。パーシアスの左手から放出された雷は、三百メートル離れた的に見事に当たった。黒焦げとなった的を見て職員は満足げに頷いた。



「その調子です。それでは、本日の特訓内容ですが」



 魔術の特訓は、それから二時間続いた。特訓を終えたパーシアスは侍女が用意したタオルで汗を拭いた。浴室へ向かうパーシアスの前方から、ヴォルティス王国の国王でありパーシアスの父親でもあるゲオルグが歩いて来た。



「父上」

「おお、パーシアス。魔術の特訓は上手くいっているそうじゃないか」

「はい」



 ゲオルグに一礼するとパーシアスは、ふと自分の弟の存在が気になった。基本四属性の中で最も威力の弱い風属性と判定されたセストは、北の大陸最高峰の魔術師ウェルギリウスの屋敷にいる。ウェルギリウスに師事し、かれこれ半年が経つ。また、そこにはパーシアスの婚約者エヴェリーテもいる。数ヶ月前に一度、二人があの“人外”と恐れられる魔術師にどんな魔術を習っているのか気になってエヴェリーテに会いに話を聞きに行けば、未だ魔術を教えられていないと答えられた。その時は、エヴェリーテとウェルギリウスとの用事で不在でセストが代わりに対応した。

 一年経過しないと魔術を教えられず、その間は何をするのかと思いきや、ひたすら魔術師の土台作りをするのだとか。パーシアスも魔術師の基礎たる訓練は受けた。だが、それも一ヶ月も過ぎればやらなくなった。自主的にするのなら兎も角、態々時間を割いてするものでもない。魔術師にとって、何よりも大事なのは扱える魔術の数と魔術の難易度。使える魔術の数と難易度が上がるだけでその魔術師が優秀かどうか分かる。

 故に、例え“人外”の可能性を秘めたエヴェリーテでも、恐れるに足らないとパーシアスは確信した。

 ……けれど、言い様のない空虚感は何なのだろうか。



「これからセストの様子を見に行くのだがお前も来るか?」

「本日の執務は終わったのですか?」

「まだだ」



 胸を張って言い切る事でもないのに言い放った父にパーシアスは若干呆れる。父親としても、国王としても申し分無いのだが、如何せん素の部分が自由過ぎて誰も手に負えない。



「パーシアスはエヴェリーテ嬢とはちゃんと会っているか?」



 ゲオルグの銀瞳が急に鋭くなった。思わずパーシアスの体がビクリと震えた。王族は、月に一度定期的にお茶会を開いている。招待する貴族は毎回同じではなく、爵位に拘らず将来有望な者を呼んでいる。婚約者がいる王族ならば、婚約者も必ず招待する。ウェルギリウスの所へ居候しているセストも定期的に城に戻ってはお茶会を開いている。勿論、そこには婚約者のベアトリクスもいる。

 対して、パーシアスは自身が開くお茶会に一度もエヴェリーテを招待していない。半年経った今でも。また、先程のゲオルグの問いに答えるのならば、婚約者としてならば一度しか会っていない。

 答えられないパーシアスにゲオルグは眉を曲げた。



「パーシアス。お前だけに言えた事じゃないが、少しは歩み寄ったらどうだ?政略結婚は、一度も会った事のない相手と結ばれるのが常だ。そこから恋愛をするのも良し。無理でも、家族として愛するのも良い。だが、何もしないままなのはいかん」

「……」

「まあ、最初に言ったがこれはパーシアスだけの問題じゃない。エヴェリーテ嬢にも言える。あの子の場合は、あの幼女趣味の奴がいるんで強く言えないのだが……」



 あの幼女趣味、とは勿論ウェルギリウスを指す。大陸最高峰の“人外”の魔術師。パーシアスは個人では一度も会った事がない。なので、知っている事が極端に少ない。解るのは、年齢不詳なのに非常に整った見目に常に怠そうな声。後、美しい幼女が好き。この情報はゲオルグから。ただ、いざ戦いともなると彼以上に頼りになる魔術師もいない。実際、何度か王国は滅亡の危機に瀕した事がある。その度に“人外”の魔術師は、王国を救うために多大なる貢献をした。しかし、単に本気で暴れられる機会を逃したくないという個人的理由で手を貸したとは、彼と親しい人物しか知らない。



「パーシアス。お前も来い。お前とセスト。どちらが未来の国王となるかはまだ分からんが、婚約者を蔑ろにするのは駄目だ。無理に好きになれとは言わん。ただ、少しで良い。お前から歩み寄れば、エヴェリーテ嬢も少しずつお前との距離を縮めてくれる筈だ」

「……はい」



 今のパーシアスに拒否権はない。エヴェリーテが嫌いな訳じゃない。が、“人外”の可能性を秘めながらも未だ一つも魔術を修得していないエヴェリーテに優越感を抱いているのを知られたくない。

 

 ――誰に?

 

 自分で問うても答えはない。



「よし、なら行こう」



 ゲオルグから差し出された手を取り、予定を全てキャンセルしないと、と思うもどうせ人の予定等お構い無しな父に訴えても「優秀な宰相がどうにかするさ!ははは!」と気にも留めない。ヴォルティス王国で一番の苦労人は、間違いなくハリー宰相だろう。と、パーシアスは思うのであった。




 ◆◇◆◇◆◇

 ◆◇◆◇◆◇



 ゲオルグの空間魔術でウェルギリウスの屋敷の庭へ足を踏み入れたパーシアスは物珍しげに周囲を見渡した。赤い薔薇が無数に咲き誇る薔薇園。薔薇の芳醇な香りが鼻腔を擽る。近付いてよく見ると枯れている花は一本もなく、また、葉が地面に落ちている形跡もない。きちんと掃除されている証だ。きっと、あの白い妖精の少女が掃除をしているのだろう。ウェルギリウス程の人物が何故、紫ではなく白の妖精を雇っているのかが気になるが所詮は他人。婚約者の父親だろうと他人。

「パーシアス」とゲオルグに呼ばれたパーシアスが反応すると。急に空が雲に覆われた。それも、灰色の厚い雲。明らかに人為的に現れた謎の雲に驚くパーシアスへ、雲の正体を知ったのかゲオルグは「こっちか」と歩き出した。

 置いて行かれないよう慌ててゲオルグを追い掛けるパーシアス。薔薇園を出て屋敷へと続く道を歩いていると三人の人間がいた。



「わあ!すごい!ほんとに天気が変わっちゃった!」

「錬金術では、この様な事が可能なんですね……色々と奥が深い」

「たかだか雲を出しただけだろう。驚く事じゃない」

「驚く事よ」

「さて。……ん?」



 どうやら、急に空に雲が現れたのは彼等の仕業だったらしい。何かしらの錬金術を使用して天気を変えた事実に感動するエヴェリーテと興味深そうに頷くセスト。それと、その錬金術を使用した本人ウェルギリウス。他人の気配を感じたウェルギリウスがゲオルグとパーシアスへ振り向いた。

 ウェルギリウスに釣られ、エヴェリーテとセストも同じ方向を向いた。



「王様にパーシアス殿下?」

「……」



 エヴェリーテは二人にお辞儀をし、身内であるセストは父に目もくれずパーシアスを軽く睨みつける。パーシアスもまた、弟の視線を受け取り穏やかではない表情をする。二人の間に流れる険悪な空気におどおどとするエヴェリーテの銀色の頭にぽふっと手を乗せたウェルギリウスは、何度言っても追い出しても姿を現すゲオルグを手でしっしっと追い払う仕草をした。



「犬猫と同じ扱いをするな!」

「犬猫の方がまだ利口だ。お前は何百回同じ台詞を吐けば理解する」

「おれは来たいから来るんだ」

「帰れ今すぐ帰れ何なら今度は“アルファの湖”まで飛ばすぞ」

「“アルファの湖”?」



 初めて耳にする場所の名前にエヴェリーテは聞き返した。



「非常に高品質な水を確保出来る貴重な水源だ。錬金術の素材としたら、一級品の水が手に入る」

「行ってみたい!」

「駄目だ」

「どうして?」

「モヨリの森とは、危険度が違う。それに場所も遠い。俺だけならまだ良いが、まだお前を連れては行けない」



 そう言われればこれ以上我儘も言えない。若干不満そうではあるがエヴェリーテは諦めた。



「で、何しに来た。珍しくパーシアスもいるな」

「セストの様子を見に来ただけだ。パーシアスを連れてきたのは、中々エヴェリーテ嬢と会っていないみたいだったからな。折角の機会だからと連れてきた」





読んでいただきありがとうございました!


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