第二十二話 素材は素材として扱うべき
『スライムジュース』――生きたスライムから抜き取った血液。
と、素材図鑑に記載されている。
錬金術では、主に『濾過剤』と『清水』を使用して血液に含まれる毒素を抜き取り、清潔で高品質な『スライムウォーター』になる。魔力を回復する『ハニーシロップ』の材料になり、品質が良い程魔力回復能力は上がる。
但し、この『スライムジュース』は錬金術の素材の一つなのでそのまま飲むと人間の体には毒であり、どの様な症状が出るかは明らかにされていない。強い依存効果があり、大量に摂取し続けていると日に数十体分のスライムから血液を抜き取り始末。
――と、衝撃的でゲテモノな光景を目の当たりにして、気分が悪くなったエヴェリーテとセストを屋敷に連れ帰ったゲオルグは、二人をアイとララに託そうとするが、屋敷の主が帰宅していると聞き、寝室で寝ようとしていたウェルギリウスを叩き起こして説明を受けた。叩き起こされた本人の機嫌は最悪で、今にも殺しに来る勢いだが、真っ青な顔をして抱き付くエヴェリーテがいるので我慢を強いられる。可愛い小さな体をプルプル震わせている姿は、生まれたての小鹿を連想させる。同行していたセストの顔色も青く、ウェルギリウスに許可を貰ってベッドに仰向けになって倒れている。
「そのアックスとか言うのが三兄弟が探していたぷに子の血を吸っていたんだな?」
「恐らく、な。最初は貴族風の男と聞いていたから、想像していたのと本物が違うのが印象的だったな」
「見掛けた時の身形が整ってたって話だろうよ。しかしまあ、放っておけ。そう遠くない内に、そのアックスは死ぬ」
「何故だ?強い依存性があるのは事実だが、死亡リスクがあるとは限らんぞ」
「『スライムジュース』はな、さっき説明した通り、『濾過剤』と『清水』を使用して『スライムウォーター』にする事で一切の不純物が除かれる。魔力回復薬に扱える程に清廉されるが、未処理の『スライムジュース』は謂わば麻薬と同等だ。一度体内に取り込めば依存性は強まり、少量じゃ我慢が出来なくなる。そいつの家の周りには、スラ……ぷにぷにの死骸が大量に落ちていたと言ったな?」
干からびて、見るも無惨な姿となったぷにぷにの惨状にウェルギリウスに抱き付くエヴェリーテの胸が痛む。切欠は何であれ、ぷにぷに三兄弟と出会い、彼等と過ごしていく内にすっかり仲良くなってしまった。魔物と人間。相容れない種族だが、決して分かり合えない種族でもない。
「数はどれくらいあった?」
「正確に数えてはないが十は超えていた」
「なら、今日辺りで発狂するな」
「えっ」
ウェルギリウスの台詞に驚いたエヴェリーテが顔を上げた。
「発狂ってどういう事?」
「末期中毒者だ。長く、それも大量に摂取し続ければ、人体が崩壊する。見たいとか言うなよ。俺はグロいのは嫌いなんでな」
「ぐ、グロい……とは、どの程度?」
ぐったりしていても会話は確りと耳に入っているセストが横になったまま青い顔を向けた。そうだな、とウェルギリウスは数秒間を開けて「真夏に放置されて数日経った死体」と放った。ウェルギリウスの言った通りの死体を見た事がないエヴェリーテとセストでも、内容が内容なだけに容易く想像が可能だった。そして、更に顔色を悪くした。
「ウェルギリウス」
ゲオルグが非難の声を上げた。大切な息子にしてほしい話じゃない。本人はゲオルグの小さな怒りを放置し、指を鳴らした。直後、室内の空間に淡い紫色の転送方陣が出現。気分の悪さは何処へ行ったのか、セストが興味津々とばかりに上半身を起こした。エヴェリーテもそっと顔を上げた。転送方陣から現れたのは、四ヶ月前赴いた妖精の里でアイとララを紹介した紫の妖精――ティポが立っていた。元気に満ちた大きな黒い瞳がウェルギリウスへ向けられた。
「四ヶ月振りになりますね!バージル様!今日はどうされました?」
「ティポ。お前、魔物には詳しかったな?」
「はい。どんな魔物の情報ですか?」
淡い紫色の転送方陣はティポが退くと消え去り、ゲオルグが座っているソファーの向かい側に座った。スラックスのポケットから金貨を一枚出した。それをティポへ投げた。上手にキャッチしたティポはどんな魔物の情報でも答えましょうと笑顔で告げた。
「ティポは、普段は妖精の里で他の妖精の仕事の面倒を見ているが、こうやって個人契約していれば好きな時に呼び出せる」
「はい。でもお高いですよ」
「金は腐る程ある。追加料金が欲しいならちゃんと答えろ」
「はい。で、どんな魔物ですか?」
ウェルギリウスが欲するのだから、大層珍しい魔物に違いない。王国にある地下迷宮か、それともあの天空城に棲むアレか。ワクワク、ワクワク。期待に満ちた眼差しで待っていたら、予想外な魔物の情報を求められた。
「スライムについて、知っている情報を全て教えろ」
……。
「……スライム、ですか?」
「そうだ」
「何故スライムを?」
スライムは、世界共通の最も弱い魔物。また、数も多い。心の底から湧いた疑問をぶつければ、質問者はあっさりと答えた。そして、回答者はふむ、と考え込んだ後「分かりました」と頷いた。
「まず、スライムという魔物ですが、実は一纏めにしてスライムと呼んでいるだけなんです」
ティポの説明によると――。
球体感触がぷにぷにっとしている所から、ぷにぷにと呼ばれる訳になったのだが、如何せん種類が多かった。三兄弟のようにただの球体もいれば、猫耳のあるネコぷに、兎耳のあるウサぷに、犬耳のあるイヌぷに、熊耳のあるクマぷに。また、角が生えたデビプニ、羽が生えた天プニとティポが把握しているだけで七種類が存在する。元々、スライムと呼ばれる魔物はきちんと存在する。スライムはぷにぷにと違い、言葉は喋らないし耳はないが従来のぷにぷによりも巨大化出来る。ビッグスライム、キングスライムがこれに当たる。見た目が酷似しているのでぷにぷにもスライムと呼ばれる様になったのだとか。人間がぷにぷにを見掛けてもスライムだと認識するのも、世界の常識がスライムだと決め付けているせい。
スライムとぷにぷにが別の生き物だとは、三兄弟から聞かされていても改めて詳しい説明をされると納得する。あれ?とエヴェリーテがある疑問を抱いた。
「アックスが最後に『スライムジュース』を吸ったのはぷに子さんよ。ぷに子さんはぷにぷにだからスライムじゃない。まだ死ぬって訳じゃないかもしれません」
「いえ。バージル様の読み通り、死にますね」
「どうして」
「確かにスライムとぷにぷには別種族ですが、材料として扱う場合は大差ないのです。生きたぷにぷにから直に血を吸うその男性も今日か明日には見るも無惨な姿になっているのが確率的に高いかと」
「……」
スライムの血を吸いたがるアックスはどうでもいいがぷに子だけでもどうにかしたいとエヴェリーテは願う。ウェルギリウスに請うても首を横に振られた。
◆◇◆◇◆◇
◆◇◆◇◆◇
夜――。
「んっ……」
午前の出来事のせいですっかりと意気消沈し、事実をぷにぷに三兄弟に告げなければならない重責に胃が痛くなった。念のために、再度様子を見に行ったゲオルグにティポも同行した。気分が優れないセストを自室まで運んで休ませ、エヴェリーテは自分の寝室で休ませたウェルギリウスは、戻った二人の様子から顛末を悟った。が、一応報告は聞いた。
再びアックスの家へ戻ると、家の前には干からびて死んでいるぷに子の死骸と見るも無惨な姿と化したアックスの死体があった。尋常ではない速さで腐敗が進行していた。凄まじい死臭を放つ死体を放置すると有害な虫を呼び寄せ、周囲に甚大な被害を齎すと危惧し、ティポが炎の魔術で後始末をした。後、数十体にも及ぶぷにぷにの死骸も。
三兄弟には、三人が揃う部屋まで来させぷに子の末路を伝えた。最初は信じなかった三兄弟だが、説明する彼等の言葉に嘘偽りがないのを感じ取ると床を濡らす程に号泣した。掛けてやる言葉も見つからなかった。部屋へ戻してやり、心配そうにこっそりと盗み見ているララとアイに昼食は夕食に回せと指示。気分を悪くしているエヴェリーテとセストの状態から、昼食を取るのは無理だと判断した。
ティポには追加の金貨二枚を渡して、ゲオルグにはとっとと帰れとお決まりになっている強制送還を行った。
夕飯の時間にもなるとエヴェリーテとセストの具合も良くなった。号泣して部屋に閉じ籠もっていたぷにぷに三兄弟も夕飯に加わった。目的のぷに子探しは、最悪な結末となってしまったが彼等はこのまま此処に残ると決めたのだとか。
過ごしていく内に、ぷにぷに三兄弟もエヴェリーテ達との生活が楽しくなってしまっていた。エヴェリーテに異論はない。エヴェリーテが拒否しないなら、基本如何でもいいウェルギリウスはノータッチ。ララとアイは、屋敷の中で多くぷにぷに三兄弟と行動を共にする機会が多い為大賛成。セストは自分に意見する権利はないからと此方もノータッチ。普段の、賑やかな夕食となった。
夜になると、お風呂も済ませ、後は寝るだけ。洗い立ての髪の香りを楽しみつつ、触れるだけのキスを繰り返すウェルギリウス。キスをするのも段々と慣れてきた自分に泣きたくなるエヴェリーテだが、舌を入れられるよりマシだと自分に言い聞かせる。
「んん……。はあ……ねえ、ウェルギリウス」
「なんだ」
「明日は、晴れるかな」
「さあな。どうでもいい」
「もう。でも、雨より晴れがいいな」
「雨は嫌いか?」
「ううん。雨が大事なのは知ってるよ。雨が降らないと作物が育たないから。でも、晴れも大事なんだよ」
「知ってるよ」
「晴れてほしいな。あ」
「次はなんだ」
「晴れってウェルギリウスにピッタリね」
「は」
「太陽……というか、お日様。お日様の色みたいなんだもん。髪の色が」
白金色の髪に触れる。男性なのに痛みもなくサラサラとしている。本人に聞いても手入れは何もしていないらしい。狡い。
「……」
反応がないウェルギリウスを怪訝に感じたエヴェリーテが名前を呼ぶと急に後頭部を押さえ付けられ、強く胸元に顔を押し付けられた。息が出来ないと抵抗すれば微かに隙間が空いた。だが、手を離してくれる様子はなく、声を掛けてもジタバタ暴れてみても無駄に終わった。
その内、寝ろと頭の天辺にキスを落とされる。キスを通して催眠魔術をかけられ、僅か数秒でエヴェリーテは眠った。
夢の世界へ旅立ったエヴェリーテをそっと離し、寝顔を見下ろす。
「……」
エヴェリーテを見つめる青い瞳は、エヴェリーテを映していて、全く違う誰かを映していた。
エヴェリーテに言わなければならない大事な話がある。名前のない物語に登場する聖なる女神“イーサ”と例の四人がこの世界の何処かで転生していると。“終焉の魔王”の転生者であったイーリスの転生者であるエヴェリーテもまた、彼の魔王の転生者。前世の記憶が四人に戻れば、必ずエヴェリーテの存在を嗅ぎ付け殺しに来る。
相手が誰であろうがこの男が負ける確率は、宇宙から隕石でも降ってくる確率並みに低い。
エヴェリーテをもう一度、今度は優しく抱き締めた。
「お前だけは、今度こそ俺が守ってやる。――……」
読んでいただきありがとうございました!




