第十九話 仲が良くない双子
パーシアス=ベル=ヴォルティス。
ヴォルティス王国の第一王子として生を受けた彼の魔術属性は、特殊三元素よりも更に希少とされる威力特化型の雷属性だった。代々の国王の殆どが特殊三元素、又は威力特化型の二元素の魔術属性を持つ者ばかりであるが故に、そのどちらかの属性を持つ王位継承者が時期国王となるのが暗黙の了解であった。双子の弟セストは、基本四元素の中でも最弱とされる風属性であった。だから、パーシアスは自分こそが次期国王となるに相応しいと確信した。
――しかし。
『パーシアス。お前の婚約者として、先の魔力検査で全属性と判定されたエヴェリーテ嬢を選んだ。議会も承認済みであり、エヴェリーテの父親であるウェルギリウスの了解も得た。お前とセスト、どちらが王となるかはまだ分からんが彼女はきっと、お前の良きパートナーとなってくれる筈だ』
自身の婚約者に、全属性の持ち主にして、魔力容量と魔力濃度が既に規格外な“人外”の才能を秘めたエヴェリーテが選ばれた。王妃となる者にも、王国は優秀で強大な力を求める。エヴェリーテを選んだのは道理に値する。
初めて目にした時は、可憐な美少女に心奪われたのにあの魔力検査の結果を目の当たりにし、抱いた初恋も粉々に砕け散った。希少な雷属性の価値がなくなった。周りは思わなくてもパーシアス本人が強い劣等感を抱いてしまった。今更、エヴェリーテとの婚約が嫌だと言えない。
婚約が内定した日から、何時向こうから会いたいと請われるかと身構えていたのだが一度もエヴェリーテと会っていない。代わりにセストの婚約者となったシルヴァ家の令嬢とはよく会う。王妃教育が王城で行われる為、婚約が内定した翌日から城に通っているらしい。
(王妃教育……彼女が受けているとは、耳にしないな)
彼女とはエヴェリーテの事。会いたいと請う手紙も来なければ、未来の王妃となる為の教育も受けていないと従者は言っていた。
(気にする必要もないか。おれにとったら、都合が良いし)
この国では、魔力検査を終えて王族と貴族令嬢の婚約を決める風習がある。王妃ともなれば、夫である王を支える十分な知識や社交力、更には他国と渡り合える為の外交力も必要になる。その為、強い精神力と忍耐力を持たないといけない。本来なら幼少の頃から行われても可笑しくないが、魔術属性が安定する十歳になるまでは決められない。パーシアスとセストの母である現王妃も十歳で現王との婚約が決まったとか。
ある日、魔術の勉強と訓練に明け暮れるパーシアスが父ゲオルグに呼び出された。
『セストをウェルギリウスの所へ預けた。あの子が風属性だからじゃない。魔術を極めたいという強い意志があったからだ。パーシアス、お前も奴の所で魔術を学びたいと願うなら』
『必要ありません』
『何故だ』
『おれはセストと違って最弱な属性ではありません。態々、“人外”の魔術師の力を借りずとも時期王に相応しい魔術師になってみせます』
『……そうか』
普段から仲の良い兄弟でもなかったが最近は特に姿がないと不思議に思っていた。パーシアスも、まさかウェルギリウスの所へ行ってまでセストが魔術を学ぶとは微塵も思わなかった。拒否を示した際、ゲオルグが妙な間を開けたのを気にしつつ、今日も魔術省から派遣された講師に魔術を学ぶ。
――それから三か月後。
ふと、弟のセストがどの程度まで上達したのか、又、一応婚約者であるエヴェリーテが何故会いに来ないのかも疑問を抱いて、連絡も無しにセルディオス邸を訪れた。迎えたのは妖精の少女。それも白の。白は下から二番目に位置する弱い妖精だ。
「パーシアス王子殿下……!?」
「エヴェリーテ嬢に会いに来た」
「す、すみません! 本日お越しになると聞いておりませんでしたので準備は何も……」
「構わない。エヴェリーテ嬢に会いに来ただけだから」
「は、はい! ご案内しますっ」
予想外な訪問者に面食らったララは焦る気持ちを精一杯落ち着かせ、パーシアスを客室へと案内した。ララがエヴェリーテを呼びに行っている間にパーシアスはソファーに座って待っていようと腰を掛けた。特殊な理由があれど、ウェルギリウスは公爵の地位を王国から授けられた貴族だ。何故、最上位の紫ではなく白の妖精を雇っているのか。
「考えた所でおれには関係ないか」
賢者と呼ばれ称えられる人間ですら、あの“人外”の思考を読み取る事は不可能なのだから。
コンコン、と控え目なノックと共に扉が開かれた。先頭には先程エヴェリーテを呼びに行ったララ、後ろには呼んだ覚えのないセスト。エヴェリーテは? 眉間に皺を寄せた双子の兄に弟は「エヴェリーテ嬢はウェルギリウス様とどうしても外せない用事で屋敷にはいない」と嘘の説明をした。
「ララさん。すまないが席を外してくれないか?」
「は、はい。失礼します」
ララに退出を促したセストはパーシアスの方へ銀瞳を向けた。ララが退室したのを確認した後、パーシアスがソファーから立ち上がり弟と対峙した。流石双子、対面すると鏡を見ている感覚になる。目の前の相手が全くの別人だとしても、外見が同じだとそう思ってしまう。
「婚約者と言えど、連絡もなしに公爵家の屋敷を訪れるのは礼儀知らずではないか?」
「おれがどうしようと勝手だろ。大体、それを言うなら自分の婚約者をほったらかしにしてるお前はどうなんだ」
「ぼくは適度にお付き合いしているよ」
セストが寝泊まりしている部屋には、ウェルギリウスに頼んで王城の私室へ移動出来るよう転送方陣が展開されている。何時でも好きな時に城やウェルギリウスの屋敷に戻れる。ベアトリクスからの手紙や城からの連絡は、全て城お抱えの魔術師が放った使い魔が届けに来る。
「ベアトリクス嬢に手紙を頂けば返事も出していますし、お会いしたいと願われればシルヴァ公爵邸に窺っております。パーシアスの様に婚約者に放置されていないので」
「……」
あからさまなセストの挑発にパーシアスの表情が険しくなる。一緒に暮らしてるから知った。エヴェリーテはパーシアスの婚約者なのに、その婚約者に会いたいと微塵も思っていないと。一度、お節介かと思いながらも言ってしまった。
『エヴェリーテ嬢はパーシアスから何のお誘いがなくても気にしないのですか?』
『はい。王子殿下もお忙しいと思われますので。私からお誘いするのもありません』
『会いたくないのですか?』
『必要な行事が発生すればお会いするのですから、今無理に会わなくても良いのでは? パーシアス王子殿下もゆっくり出来るでしょうし』
王族、という身分を抜きにしてもパーシアスは――勿論セストも――非常に見目麗しい容姿をしている。普通の令嬢なら、二人の姿を見ただけで頬を赤らめ、少しでも仲良くなろうと媚を売る始末。エヴェリーテという少女に限ってそれがない。
「時にセスト。態々、ウェルギリウス様に師事したのだから、当然魔術の一つや二つは習得したんだろうな」
これ以上、お互いの婚約者の話になれば収集がつかなくなると判断したパーシアスが話題を変えた。触れてほしくない話題でも相手にしないと、非常に鬱陶しい程にねちねち糊みたいに嫌味を言ってくるのが安易に予測出来た。言いたくないが魔術の習得は今日は初めて行われたと話した。
「初めて? セスト。お前が世話になって既に三か月は経っているのだぞ? 属性から、魔術の才に恵まれていないと薄々感じてはいたがそこまでとは」
「パーシアス。誤解している様ですから弁解しますがこれはウェルギリウス様からの指示です。エヴェリーテ嬢も同じ。魔術を本格的に教わるのは一年後だと宣言されています」
「!?」
信じられない物を見る紫の瞳がセストに向けられる。空白の一年は何をするのだと訊ねれば、基礎を徹底的に叩き込まれていると返した。
所詮は最弱の風属性を持つ弟と数字だけが規格外な婚約者。エヴェリーテに抱いていた劣等感が瞬く間に霧散していく。勝ち誇ったような笑みを浮かべたパーシアスの内心を聞くまでもなく読み取ったセストは静かに嘆息した。
(はあ……単純だな。大方、ぼくやエヴェリーテ嬢には、魔術の才がないから基礎しかさせてもらえないと思っているんだろうな。実際は違うけど、本当のことを言うのも嫌だし、適当にやり過ごそう)
双子なのにこうも違ったのはきっと……。
◆◇◆◇◆◇
◆◇◆◇◆◇
結局、訪問理由のエヴェリーテとは会わずに帰って行ったパーシアスを見送ったセストとララ。使用していた客室へ戻るとウェルギリウスとエヴェリーテがいた。
「長くなってしまい申し訳ありません」
「い、いえ。あの、セスト王子。パーシアス王子殿下ですが」
「エヴェリーテ嬢は何も気にしないで下さい。これまで通りの対応で構いません。まあ、それ以前にもう来ないと思いますよ」
「え?」
「……」
(今日のパーシアスの態度で分かった。ぼくとエヴェリーテ嬢が自分よりも劣っていると決め付け、会うに値しない相手だと判断した。はあ。溜め息を吐いたら幸せが逃げるとは昔の言葉だけど間違いではないね)
セストにしても、会っても険悪な雰囲気にしかならないパーシアスには会いたくない。
怪訝な顔をするエヴェリーテに何でもないと笑みを浮かべ、こっそりと様子を伺っている二人と三匹の方へ振り向いたのであった。
――夜。
夕食もお風呂も済ませ、残りの時間は寝るだけなエヴェリーテは大きな寝台の上、顔にキスの雨を降らせるウェルギリウスの片方の頬をむにっと掴んだ。男のくせに柔らかい頬にいらっとした。ウェルギリウスに手首を掴まれ離された。
「今日はご機嫌斜めか?」
「ううん。掴めるかなって」
「皮だけじゃないんだ。掴めるよ」
「知ってる。……ねえ、昼のパーシアス王子殿下だけど」
急に話を変えたエヴェリーテは、揺れる青い瞳を上へ向けた。
「イーリスが見たら、どう反応してたかな」
「……」
昼間のパーシアスとセストのやり取りを外から盗み聞きしていた。喧嘩まではいかなくても、中々に険悪なムードで話していた双子の兄弟。イーリスの嘗ての幼馴染みの転生者の今の姿に戸惑っている。
ウェルギリウスは否定するでも、肯定するでもなくエヴェリーテの髪をふわりと撫でた。
「さてな。一つ言わせてもらうなら、五百年前のパーシアスの方が余程お利口な子供だった。今のパーシアスは最初と同じのクソ餓鬼に育っている」
「最初?どういう意味?」
「さてな……。もう寝ろ」
「教えてよ」
「うるさい」
「んっ」
意味深な言葉の意味を探ろうとするも強引に唇を塞がれ、キスから掛けられた白魔術であっという間に眠らされたエヴェリーテ。すー、すー、と規則正しい寝息を立てて眠るエヴェリーテを見下ろす青い瞳には、喩えようのない感情が揺れていた。
「――――……」
声は発されず、唇だけが何かを紡いだ。
「……お前がイーリスじゃなくて良かった。エヴェリーテ。イーリスのままだったら、また同じ繰り返しが起きる。何度生まれ変わってもお前は……」
――お前は……
愛しいエヴェリーテを見下ろすウェルギリウスの青い瞳。エヴェリーテを見ていて、エヴェリーテを映していない。このままずっと隣にいればいい。そう呟き、小さな体を抱き締めた。
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