第十八話 嵐の前
13日、14日に誤字脱字報告をして下さった方ありがとうございます!ご報告が遅れてしまい申し訳ありません。
――三か月経った現在。
エヴェリーテとセスト。二人の魔術師の土台作りは、ゆっくりと、確実に出来始めている。
グラスに注がれた水を風で浮かせる魔力操作は、二人共に既に修得済み。次のステップとして、魔術を習うのかと期待したのだが、一年間はひたすらに魔力操作の向上と魔力容量と魔力濃度を上げる訓練しかしないと告げられた。
「一つくらいは魔術を覚えたい!」
「駄々を捏ねるなエヴェリーテ。言っただろう。魔術は多少無理をしても短期間の習得が可能だが、魔術師の土台作りだけはそうはいかない。第一、何事も基礎が大事だと教えただろう?」
「うん……」
「ですが、いざという時の為に簡単な攻撃呪文は使える形にはしたいです」
落ち込むエヴェリーテに助け舟を出すセストの言葉も一理ある。いつ何時非常事態が起きるのか不明なのが世の常。目の前の指導者が二人の側に常時いるとも限らない。顎に手を当てて、ふむと思考した後、なら、とウェルギリウスは庭に出ろと促した。三人で庭に出ると丁度アイが箒で掃き掃除をしていた。傍らにはぷに太郎が。掃除の手伝いをしているらしい。
「アイ」
「はい」
ウェルギリウスに呼ばれ、箒を持って此方へ来るアイにエヴェリーテとセストに攻撃呪文を見せてやれと命じる。
「アイ。お前の魔術属性はセストと同じ風属性だったな?」
「はい! どの攻撃呪文を使用すれば?」
「そうだな。魔術学院で最初に習う【エアー・ラッシュ】でいい」
「でしたら、広い場所に移った方がいいですね」
「どんな魔術なの?」
エヴェリーテがアイに訊ねる。
「単体の対象に風をぶつける初歩の魔術です。使い方を熟知すれば、範囲を広範囲に広げることも可能になります」
「広い場所か……」
近くに風の魔術を使うにピッタリな場所を記憶から手繰り寄せるウェルギリウスに心当たりがあるらしいぷに太郎がある場所を提案した。意外な場所にエヴェリーテとセストは目を丸くする。
「そんな場所があるのですか?」
「はい! 障害物もないので練習するにはピッタリです!」
「なら、そこにするか」
幼い二人の頭にぽふっと手を乗せた後、前方へ左手を翳した。空中が縦に裂かれ、開いた先にモヨリの森の風景が現れた。
「行くぞ」
「う、うん」
「すごい……」
瞬間移動は勿論、今いる場所と別の場所の空間を繋げる魔術を扱えるのは超一流の魔術師のみ。空間を操る事自体、非常に高度で繊細な技術が必要となる。軽く背を押されて恐る恐る空間に足を踏み入れたエヴェリーテとセストは、一歩足を動かしただけでモヨリの森に入った。不思議な感覚に陥っているとウェルギリウスとアイ、ぷに太郎もモヨリの森へ。空間を閉じて目的の場所を目指した。
モヨリの森の最奥部に到着した一行の前には、広大な草原が広がる。巨大な木々で覆われた空から漏れる陽光だけが唯一の灯り。ウェルギリウスが保険で光の球を上空へ放った。薄暗い草原が明るくなった。
「すごい……こんな場所があったなんて」
感嘆とした声を漏らすセストに自慢げにぷに太郎が丸い体を張った。
「でしょう? ぷに子を探してモヨリの森へ初めて来た時に偶然見つけまして。此処なら、風の魔術の練習にはピッタリです!」
「わあ! 何度も素材採取に来てますけど奥部へは、あまり足を踏み入れないので知りませんでした!」
「奥へは行かないの?」
「基本、どの採取地でもそうなのですが奥へ進むほど魔物の強さも変わってきます。モヨリの森も例外ではないのです」
「そうなんだ」
これから必要な知識を一つ得た。
草原の大体真ん中の位置に立ったウェルギリウスが一行に振り向いた。
「アイ。そこから、俺に向かって【エアー・ラッシュ】を打て」
「え!? バージル様にですか!?」
「早くしろ」
「は、はい! 《風の刃よ》!」
アイが呪文を唱えると前方に風の魔術式が出現。風の刃が真っ直ぐウェルギリウスへ向かっていった。目と鼻の先で見えない結界に阻まれ風は消失した。
「見ての通りだエヴェリーテ、セスト。やってみろ」
「と、言われましても……」
二人共困った様に眉を八の字に変えた。見ただけで出来るのなら苦労はしない。アイが助け船を出した。
「魔術を使っていく内に感じていくと思いますが風を放つようにすればいいのです」
「風を放つ?」
「はい。こんな風に」
今度は詠唱も無しにアイが上空へ手を払っただけで風が発生した。攻撃力もない普通の風が木々を揺らした。
言われた通りセストも同じ行動をした。風を放つとは、魔力を帯びた風を放つということ。緻密な魔力操作の練習を重ねていたセストに次に必要なステップは風を感じる事。だが、まだ魔術を教える気がなかったウェルギリウスのせいで風を感じるというのが今一理解出来ていない。アイと同様にセストが払ったと同時に魔力を帯びた風が発生し、木々を揺らした。感嘆の声を漏らしたセストはエヴェリーテにも勧めた。同じように出来るか不安を抱きつつ、エヴェリーテも同じく風を放つように手を上空へ払った。
「嘘!?」
アイとセスト以上に木々が強く揺れ、大量の木の葉がヒラヒラと落ちてきた。はあ、とウェルギリウスは魔力量が多いとその場で呆れるように告げた。
しょんぼりと落ち込むエヴェリーテ。魔力操作は出来ても、魔力量の操作まではまだ出来ていなかったらしい。
「落ち込まないでくださいお嬢様。これから沢山訓練して制御出来るようにしましょう!」
「うん……」
「そうですよエヴェリーテ嬢。エヴェリーテ嬢にはウェルギリウス様がいるのですから、何も心配はいりません」
そのウェルギリウスがちゃんと教えてくれるのかどうかだが……。
真ん中の位置から戻ったウェルギリウスが失敗してまだ落ち込むエヴェリーテを抱き上げた。
「近い内に魔力制御装置でも作ってやる」
魔力制御装置とは、文字通り術者の魔力を制御する装置である。装置と言っても、殆どが指輪にピアスといったアクセサリーになっている。
「どんなのがいい? お前が身に付けるものだからな、リボンでもしてやろうか?」
「出来るの?」
「余程、変な物じゃなかったらな。さて、風の魔術の練習だがセスト、やってみろ」
「は、はい!」
身を固くして返事をしたセスト。アイから、さっきの【エアー・ラッシュ】の正式な詠唱を教わり、その通りに詠唱した。
「《鋭利なる風よ・風精の力持て・敵を穿て》!」
前方へ突き出した左手から風の魔術式が出現した。そこから放たれた風がウェルギリウスがいた所より更に遠い太く大きな木にぶつかった。大きな音を立てて消えた風。木には大きな穴が開けられていた。
「ほう。セスト、お前は魔力容量よりも魔力濃度の方が強そうだな」
「分かるのですか?」
「お前の魔力容量は王族の中でも平均的数値と聞いている。ただ、魔力濃度の数値が上で結果がああならお前にも必要だな」
「どうして?」エヴェリーテが訊く。魔力濃度だけが高いとどんな初歩的な魔術でも威力が格段に上がってしまう。容量と濃度はバランス良くある方が魔術師の体の負担も大幅に減る。詳しい説明は屋敷に戻ってからだと額にキスをされた。お預けという意味を込めている。もう、と口を尖らせるエヴェリーテに微笑むと地面に下ろし、来た時と同じく空間を裂いた。
足を一歩踏み入れて屋敷へ戻った。
「魔術を扱うには、まだまだ力不足でしたね」
「はい。でも、勉強にはなりました」
「私で宜しければ、何時でもセスト王子やお嬢様の練習にお付き合いします」
「ありがとうございます」
「ありがとう! アイ!」
「――あ! エヴェリーテお嬢様!」
次は何時練習しようかと会話する3人の所へ、エヴェリーテを探していたララが血相を変えて庭へ出てきた。
「ララ? どうしたの」
「た、大変です! 先程から、パーシアス王子殿下が此方にいらしております!」
「ええっ!? 来るって連絡は貰ってないよ!?」
「パーシアス……エヴェリーテ嬢。ぼくが行ってきます。例え婚約者と言えど、連絡も無しに来るのは失礼に値するので。王族であるパーシアスがそれを知らない筈がありません」
「い、いえ、セスト王子にそんな事……」
「それに……確かめたい事がありまして……言わば、ついでですのでお気遣いなく」
でも、と不安そうにするエヴェリーテを安心させるように微笑して見せ、兄パーシアスの待つ客室へララと共に行ったセストをやっぱり不安に思うのか、ウェルギリウスの服を引っ張った。
「パーシアス王子が来たのは何でかな」
「さあな、気になるなら行ったらいい」
「でも」
「魔術で気配も姿も消して様子を窺うか?」
「出来るの?」
「俺を誰だと思ってる」
「そうだったね」
この男に不可能はない。
エヴェリーテは勿論、アイとぷに太郎も気になるので一緒に様子を見に行くのであった。
読んでいただきありがとうございました!




