第十六話 情報収集は難しい
モヨリの森で大量のうにを入れたカゴを倉庫に置いたウェルギリウスは、鮮度を保つ永続保存が付加された“収納”を出して、全てのうにをそこへ入れた。空になったカゴを倉庫に置いて行き、屋敷に戻った。
「エヴェリーテ?」
何処を探しても愛しの少女がいない。まだ庭にいるのか? と庭に戻った。
「は……?」
間の抜けた声を出したウェルギリウスの視線の先には、緑色のぷにぷにとぷに太郎が戦っていた。緑色のぷにぷにと水色のぷにぷにの体を張った体当たりの数々。
「頑張れ! 負けるなぷに太郎兄さん!」
「ぷに太郎兄さんがぷに団子になんか負ける筈がないんだから!」
「……」
ぷに太郎を必死で応援するぷに次郎とぷに三郎。ぷにぷに達から少し離れた所に、ウェルギリウスが探していたエヴェリーテと妖精のララとアイ、この国の第二王子セストがぷにぷに同士のガチンコバトルを観戦していた。ウェルギリウスが歩み、一行に近付くと「あ、ウェ……お父様」とエヴェリーテが振り向いた。呼び捨てになりそうになったのを慌てて訂正してお父様と呼ぶ。このお父様呼びをされると背中が痒くなる。エヴェリーテが気付いたので三人もウェルギリウスに振り向いた。
「あれはなんだ」
あれとは、言わずもがなぷにぷにとぷにぷにの戦いである。
「それが……」
セストによれば、突然現れた緑色のぷにぷにの名前はぷに団子と言うらしく、ぷにぷに界きっての不良男児であり、ぷに太郎と因縁深い相手なのだとか。
聞いてて阿呆らしくなった。
「中々やるな、ぷに太郎。ぷに子を探して遠いヴォルティス王国まで来たと聞き、更には、人間に世話になっていると聞いた時は見損なったぞ! お前には、ぷにぷにとしての誇りがないのか!?」
ぷにぷにの誇りってなんだ。
「勿論、あるに決まってるだろ! だが、ぷに子を探しだし、無事に見つけ出すには人間の力がどうしても必要不可欠なんだ! その点において、お師匠様は非常に頼りになられるお方だ!」
「馬鹿かお前!? その男は、北の大陸……いや、世界でも勝てる奴がいない“人外”の魔術師にして、“神殺し”、“災禍の魔王”、“暴虐の主”、“どうしようもないロリコンじじい”などと言われている男だぞ!? そんっ――」
散々な云われようだが、最後の“どうしようもないロリコンじじい”だけは許せなかったウェルギリウスが緑色のぷにぷにを風で遥か彼方まで吹き飛ばした。
「お師匠様!?」今頃になってウェルギリウスの存在に気付いたぷにぷに三兄弟が足下までぷに、ぷに、と体を動かして来た。
……エヴェリーテが吹き出して体をぷるぷる震わせているのを確りと視界の隅に入れつつ、ウェルギリウスはぷにぷに三兄弟を見下ろした。
「人の屋敷の庭で勝手に乱闘騒ぎを起こすな。庭が荒れる」
「申し訳ありません……。ぷに団子は、因縁の相手。つい、頭に血が上って……」
素直に謝るぷに太郎にこれ以上言うつもりはなく、吹っ飛んで行ったぷに団子を心配するララとアイの頭に手を乗せた。
「ぷに太郎の手当てでもしてやれ」
「はい!」
「さあ、ぷに太郎さん! アイとララに一緒に行きましょう!」
アイとララを先頭に、ぷにぷに同士の体当たりとは言え、それなりに傷を負っているぷに太郎を手当てするべく、アイとララはぷに太郎と共に部屋へ向かった。
ウェルギリウスは残ったぷに次郎とぷに三郎に「お前達は此処へ行ってこい」と場所が記されたメモを渡した。
「知り合いに頼んでいた物が出来たと何日か前に連絡を貰っていてな。取りに行ってこい」
「はい! お任せください!」
「行きましょう! ぷに次郎兄さん!」
ぷに、ぷに、と体を鳴らして森の方へ行ってぷに次郎とぷに三郎を見送った後は、残ったエヴェリーテとセストに目をやった。
「俺は寝る。セスト、お前はもう帰れ。これ以上は何もしない」
「そう……ですか。分かりました。今日は大人しく帰ります」
「ああ帰れ二度と来るな」
「嫌です」
きっぱりと告げたセストは、エヴェリーテの方へ振り向き、また明日、と頬にキスをした。
「え!?」
「親愛の証です」
悪戯っ子特有の笑みを見せ、細やかな殺気を放つウェルギリウスに気付きながらもセストは城へ戻って行った。お互い婚約者が居る身で良いのか? とキスされた頬を撫でるエヴェリーテがウェルギリウスを見上げると……
「あ……」
「……」
不機嫌そうな顔がそこにあった。
「怒ってる……?」
「……いいや」
「嘘。顔が怒ってる」
「気のせいだ」
緑色のぷにぷにが発言した“どうしようもないロリコンじじい”発言に笑いを堪えるエヴェリーテに本当は怒ってる。怒ってるが、事実じゃないと切り返されるのが見え見えなので我慢する。誤魔化すようにエヴェリーテの頭を撫でるとウェルギリウスは屋敷へ戻った。
――その日の夜。
「ん……」
昨夜の舌を入れるだけでなく、明らかに許容オーバーする濃厚な口付けじゃなく、触れるだけの優しいキスにエヴェリーテは心底安堵した。連続であんなキスをされたら堪ったものじゃない。じゃれるようにキスを繰り返すウェルギリウスに抱き締められ、香水のいい香りが穏やかな気持ちにさせてくれた。
ウェルギリウスは唇を離すと仰向けに倒れた。エヴェリーテは胸辺りに乗せて。
「ねえ、ウェルギリウス」
「うん?」
「あの緑色のぷにぷに……ぷに団子が言ってたのって、何?」
「何が」
「神殺しだの、魔王だの」
「ああ、あれか。周りが勝手に付けた名だ。詳しい事は知らん」
「そっか」
どれもウェルギリウスにはお似合いな名前だ。
「ぷに子さんって、どんなぷにぷになんだろうね」
「知るか」
「ちゃんと探してあげようよ。ぷに太郎さん達が可哀想よ。情報を知る方法はないの?」
「あるにはある。ただ、ぷにぷにの情報なんざ誰も欲しがらん」
「珍しいぷにぷにっていないの?」
「基本、ぷにぷに……スライムは、世界最弱の魔物だ。況してや、あいつらの探してるそのぷに子も水色なんだろう?余計、情報はない」
「そっか。困ったね。他のぷにぷににはない変わった特徴があればいいのに」
こればかりは時間に任せるしかないのか。
顎に手を当てて思案するエヴェリーテの触り心地の良い髪を撫でる手つきは、幼女を愛でる力加減を熟知した男の手だ。ぷに団子の言った通り名は間違いではない。
横に移動しようと体を動かそうとした小さな体を下からがっちり固定された。今日は此処で寝ろという事だ。抵抗は無意味と理解しているエヴェリーテは素直に従い、胸元に頬を置いた。
「明日もセスト王子は来るのかな。来る気がする」
「どうせ、来るだろうよ。外見だけじゃなく、中身まで父親似だからな、あのガキ」
「ふふ。ウェルギリウスがそう言うのなら、そうなんだろうね」
ふと、自分の婚約者パーシアスの事が気になった。一ヶ月も経っているのに何の連絡もない。ひょっとしたら、王族との婚約は頻繁に連絡を取るものでもないのかもしれない。普通が分からないエヴェリーテがウェルギリウスに意見を求めるも「知るか」で一蹴。
むすっと頬を膨らませたエヴェリーテの膨らんだ頬を撫でる。
「待っていればその内、向こうから連絡を寄越してくるさ」
「どうして分かるの?」
「月に一度、王族は懇意の貴族を招いてお茶会を開くのさ。無論、パーシアスやセストも同じだ。婚約者であるお前を呼ばないとならないのは、パーシアスも理解している筈だ」
「なら、心配してくてもいいのね」
「そうだ」
良かったと安心した微笑を浮かべ、よいしょよいしょと上へ上るとウェルギリウスの首元に抱き付いて。
「お休みなさい。ウェルギリウス」
眠った。
「……」
生殺し状態のウェルギリウスは、首に腕を回して眠ったエヴェリーテの腕をそっと外し、隣に寝かせて抱き締め、これなら眠れると青い瞳を閉じた。
――翌日、またセストが起こしに来て安眠を妨害されるとも知らずに。それも、当分お世話になるとかで大量の荷物を父ゲオルグが持ってくるともまだ知らない……。
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