第十五話 第二王子は風属性
「おはようございます! ウェルギリウス様! エヴェリーテ嬢!」
朝から突撃をかます性格は父親譲りらしく、容姿だけでなく中身まで傍迷惑な王様の血を受け継いだヴォルティス王国第二王子セスト=モネ=ヴォルティスが満面の笑みでウェルギリウスとエヴェリーテを起こしに来た。桃色でフリル付きの可愛らしいエプロンを身に着けて。
――婚約発表から一ヵ月経った。
あれからパーシアスからの接触は一切ない。王位継承権を持つ王子の婚約者になったのだから、王妃教育を受ける事は必須。なのだが、一ヵ月経った今もエヴェリーテは王妃教育を受けていない。城からの催促もない。ウェルギリウスが裏から手を回したのが丸分かり。ゲオルグの来訪もない。約束通り、宰相達が必死で食い止めているのであろう。
陽光に叩き起こされたエヴェリーテがすぐ近くにある寝顔に悲鳴を上げそうになる回数は、最早両手では足りない。普段はすぐにキスをしようとするどうしようもないロリコンだが、顔だけは良い。寝顔も普段より綺麗で少し幼く見える。
暫くウェルギリウスの寝顔を眺めていたら――セストが寝室に突撃をしてきた。
青い瞳をぱちくりとさせるエヴェリーテの隣、うるさい声に叩き起こされ朝から不機嫌全開の男がむくりと起き上がる。
「うるせえ……んあ? ちびになったなゲオルグ」
「いえ、父上ではなく、セストです。ウェルギリウス様」
「父親の不要な遺伝子は、見た目だけじゃなく中身まで受け継いだみたいだな」
「はい!」
「褒めてねえよ」
元気よく返事をしたセストに突っ込んだウェルギリウス。ひょっこりとララが顔を出した。
「あ、おはようございます。バージル様、お嬢様。今朝は、セスト王子殿下がいらしていますよ」
「見れば分かる。で、何しに来た」
「はい。ぼくも父上を見習い、ウェルギリウス様にご指導を」
「知るか帰れ」
「嫌です」
台詞を途中で遮られ邪険に扱われようとも、言葉通り拒否するセストの図太さに意外な発見だとエヴェリーテは、大きな青い瞳を丸くしたのだった。
――今朝の食事は、早くから押し掛けてきたセストがアイとララと一緒に作ったのだとか。
食堂で食事を取る一同。床でぷにぷに三兄弟の食事風景を興味津々で眺めるセストにエヴェリーテが訊ねた。
「あの、セスト王子殿下」
「はい。何でしょう」
「お城の人には言ってあるのですか? 此処へ来ると」
「いえ。父上には許可を頂いております。今頃、ぼくがいなくて大慌てしてるんじゃないでしょうか」
「……」
城に仕える人達が困っているかもしれないのに、当の本人は困らせる事が好きらしい。心底同情した。第二王子の突然の訪問にアイとララは驚いたが、ゲオルグが頻繁に来ていたからある程度の耐性があったらしく、普通に接している。食事内容はスコーン、ベーコンと目玉焼き、オニオンスープ、キュウリとダイコンのサラダ。デザートはなし。ベーコンの焼きが少し黒いのは、初めて料理をしたセストが焼いたから。食べれない焦げではないので何も言わずエヴェリーテは食べた。
「エヴェリーテ嬢は、ウェルギリウス様に魔術や錬金術を習っていると聞いています。ぼくも同伴していいですか?」
「え、えーと。私は全然。でも……」
エヴェリーテは、ちらりと隣を見上げた。エヴェリーテが良くても彼が何と言うかだ。
オニオンスープを飲み干したウェルギリウスは器をテーブルに置いた。
「はあ。好きにしろ」
「はい! ありがとうございます!」
どうせ、何を言っても頷くまで梃でも動かない魂胆が丸見えだ。なら、無駄に拒否るよりかは早めに折れた方が楽だと判断した。
「今日は何をなさるのですか?」
「モヨリの森で素材の採取と道具の使い方の勉強です」
素材の採取は、ただ闇雲に素材を採ればいいのではない。素材の品質・効果を見極め、更に錬金術で作成した採取道具で効率よく採れるかが肝だ。
朝食後、早速モヨリの森へ訪れた一行。大きなカゴを背負ったアイとララと素材の採取を始めるエヴェリーテとセスト。錬金術の基礎中の基礎素材イリキア草を発見した。道具を使った採取は、今日は持って来るのを忘れたからまた今度になった。
ウェルギリウスは、エヴェリーテとセストに沢山生えるイリキア草の中から、一番品質が良くて効果が多くあるものを選べと告げた。
二人は一斉に動き出した。品質が良いというのは、鮮度も関係している。綺麗で若々しいイリキア草を探して十分後――セストがこれだと思ったイリキア草をウェルギリウスに見せた。エヴェリーテも数秒遅れてウェルギリウスに見せた。
ウェルギリウスが下した判定は……。
「二人とも失格だ」
「「え」」
「まずセスト。お前の選んだイリキア草は、見た目が綺麗なだけで何の効果もない。エヴェリーテ。お前のは三つの効果があるが品質が最悪だ。見ろ、葉の先が枯れかけているだろう」
「あう……」
「む、難しいですね……」
「ある程度、経験を積んだ錬金術師なら、一目見ただけで素材の品質と効果を見抜く。まあ、ひよこでも殻の中から出てすらない卵のお前等じゃ、こんなもんだろ」
「「……」」
二人揃ってむすっとした表情でウェルギリウスを見上げた。再びイリキア草採取を始めたエヴェリーテとセストを眺めつつ、後ろで大量のうにを拾うアイとララに振り向いた。
「そっちはどうだ?」
「はい! カゴ一杯のうにを拾えそうです!」
「でも、バージル様。これだけのうにをどうするのですか?」
「うにボムを作るのですか?」
アイの問いにそんなところだとウェルギリウスは答えた。因みに、ぷにぷに三兄弟は周囲の魔物への牽制行為で大忙し。最弱の魔物と言えど、一ヶ月ずっとアイと鍛練を積み重ねてきたお陰か、そこらの魔物よりかは強くなっていた。前に、エヴェリーテがぷにぷにも妖精のように経験が上がれば強くなって色が変わるのかと問うた。それに対し、次男ぷに次郎が答えた。
『いえ。我々ぷにぷには、妖精と違い、幾ら強くなっても色は変わりません。青に生まれたら青のまま、緑に生まれたら緑のままなのです』と。
「楽しいですね。エヴェリーテ嬢」
「はい。とっても」
「普段から、こうして皆さんで素材採取を?」
「はい。そうですよ」
「そうですか。羨ましいな……」
「え?」
「あ……。いえ……皆さん、人間に妖精に魔物。種族が違えど、仲良くしているなと思いまして。ぼくやパーシアスとは大違いです」
暗い影を落としたセストについ口を出してしまいそうになった。
パーシアス王子殿下と仲が悪いのですか?――と。
慌てて口を押さえたエヴェリーテはセストを盗み見た。
双子なだけあって、二人は瓜二つなのだ。唯一の違いは瞳の色。
セストの属性は風属性だとウェルギリウスから聞いた。
「あの、セスト王子の属性は風属性だとお聞きしました」
「はい。パーシアスの威力特化型の雷属性とは違い、風属性は全属性中一番威力の弱い属性です。王家の血を引いていながら、風属性だったぼくに落胆する者は沢山いました」
イリキア草採取の手を止めたセストの銀瞳が地面をじっと見つめる。
「魔力も平均より強いとは言え、王族として見れば平均的なのです。それでも、パーシアスのように特別な属性なら……」
「……」
王族なのに弱い風属性だったこと、双子の兄パーシアスの優れた雷属性に嫉妬を抱くのは至極当然な感情だ。身内の、しかも片割れが優秀なら、落ちこぼれな片割れは劣等感を感じてしまう。
エヴェリーテは採取したイリキア草をぎゅっと握り締め、強い口調でセストの名を呼んだ。目を丸くするセストに構わず言葉を発した。
「私は風属性が落ちこぼれな属性だとは思いません。これは、私がお父様から魔術属性について教えてもらった際に知ったことですが」
九種類ある属性の内、最も威力が弱いのが風属性の魔術だと言われている。
しかし――
「風属性の魔術は、他の魔術と比べて圧倒的に自由度が高い魔術だと聞いております。風は重力パラメーターと非常に相性が良く、魔力容量は多く使いますが即興改変が可能となります。炎は燃やす、水は濡らす等他の属性は基本ひとつの現象しか引き起こせませんが、風は対象を切り刻むことも浮遊させることも可能です。風を自由に自在に扱える人は思考が柔軟で魔力操作が優れている人が多いのです」
「……」
真っ直ぐに、決して銀の瞳を逸らさずに、風属性の素晴らしさを語るエヴェリーテ。セストはポカンとした表情を浮かべるも……笑顔に切り換えた。
「……そう思う?」
「はい。全て、お父様から聞いた話ですが、お父様が嘘を言っているとも思いません」
「そっか……。そうだね。ウェルギリウス様は君に嘘は言わないね。そっか。ぼくにも可能性が出てきたのかな」
「はい! パーシアス王子の雷属性も勿論素晴らしいですが、セスト王子の風属性は自由な属性なのです。セスト王子が思うままに魔術を使ったらいいのです」
「うん」
(ぼくよりも、君の方が自由に感じるよエヴェリーテ嬢)
セストがセルディオス邸を訪れたのは、最初に述べた通りウェルギリウスの下で指導を受けたかったから。北の大陸最高峰の魔術師の下で励めばパーシアスを追い抜けると気付いたから。
エヴェリーテのお陰で違う目的へとすり替えかられるが、それはそれでいいと自己完結した。双子だから分かる。
(パーシアスはエヴェリーテ嬢との婚約を酷く嫌がってる。自分よりも強大な魔力と全属性という、規格外の才能を秘めているから。一ヶ月間、エヴェリーテ嬢が王妃教育を受けていないと聞いてもパーシアスは何の反応も示さなかった。お茶会も招待しない。……ぼくの婚約者として選ばれたベアトリクス嬢が何故か毎回参加していたのが気にかかるけど)
立場上、ベアトリクスはセストの婚約者。姉と同じ名前の婚約者に苦手意識を抱いているセストと本当はパーシアスの婚約者になりたかったシルヴァ公爵家の令嬢ベアトリクスの仲は、エヴェリーテとパーシアスの仲とは違う意味で冷えている。
(初対面の時は、お互い彼女の美しさに惚れたのに。プライドの塊のパーシアスが、自分よりも優秀な婚約者を傍に置く筈はない……か)
ベアトリクスがパーシアスを好きなのは薄々感付いているセストは好都合だと心の中で冷笑を浮かべた。
「エヴェリーテ嬢。これからも、ウェルギリウス様やエヴェリーテ嬢を訪ねても良いでしょうか?」
「え? わ、私は構いませんがお城の方は……」
「心配不要です。ぼくに期待する人は、父上や母上を除いて城の中にはいません。いなくなっても誰も気にも留めません」
「そんな……」
「そんなものですよ。双子の内、どちらかが優秀だと劣等生は雑な扱いを受けるものです」
そんなことはないと声を大にして訴えたいのに、暗い影を消さないセストの表情が真実だと物語っていた。
――モヨリの森の素材採取は終了。ウェルギリウスの転送方陣で屋敷の庭へ戻った一行。アイとララが背負うカゴ一杯にあるうにが気になるエヴェリーテとセストが使い道を聞いた。
「うにボムを作成するのです」
とララが答えた。
「うにボム?」
「はい。爆発するとうにの刺が周囲に散弾する爆弾です」
「それって、かなり危険だよね」
「複数の魔物と遭遇した場面で使われるのが多いですね」
見てみたいし、恐ろしくて見たくない。
エヴェリーテとセストが引き攣った笑みを浮かべ、二つのカゴをアイとララから受け取り軽々と持ち上げたウェルギリウスが倉庫に仕舞って来ると告げて庭を出た。
「今すぐにはやらないみたいですね」
「ですね。――ん?」
不意にエヴェリーテの聴覚が何かの音を拾った。
「どうしました?」
「音が聞こえます」
「音? ……本当ですね」
何の音だろうと二人顔を見合わせると「ああっ!?」とぷに太郎が叫んだ。
「どうしたの!?」
「お前は! ぷにぷに界きっての不良男児――ぷに団子!!」
庭から屋敷へ続く道に奴はいた。
緑色の球体に無数の擦り傷を拵え、天辺に大きな絆創膏を貼った人相の最悪なぷにぷに。
突然の見知らぬ、それも人相の最悪なぷにぷにの登場に。
「「……」」
「「……」」
人間二人と妖精二人は、リアクションの仕方に大層困ったのである。
ぷにぷにのくせに団子という名前にも、どう反応すれば良いか思案するのであった。
読んでいただきありがとうございます!




