第十四話 別の相手が良かった
朝からエンジン全開な保護者様です(笑)
怒涛の魔力検査を終えた翌日――
「んう、んん……!」
「ん……」
朝から舌を入れられるキスをされ、顔を真っ赤にして肩を押してもビクともしない。ちょこまかと動く舌に翻弄され、涙で覆われた視界がぼんやりと映った。
「ん……あ……」
「エヴェリーテ……んう……」
「ぁんん……」
まだ十歳。十歳の子供がキスだけで感じ、全身を震わせる。エヴェリーテに覆い被さり、更に深く舌を入れた。口端から垂れる唾液がシーツを汚す。ウェルギリウスから送り込まれる魔力をゆっくりと飲み込んでいく。こくり、こくりと。エヴェリーテの体内にじんわりと他者の魔力の温もりが広がる。魔力を譲渡するには相性が必要になる。相性が悪いと気持ち悪さしか感じないが、抜群に相性が良いとこうして性的快楽を覚えてしまう。
朝一発目の魔力供給は、小さな手がシーツを握る力が弱まったのを見計らってから終わった。
ぐったりとするエヴェリーテを膝に乗せて腕の中に閉じ込めた。
「はあ……はあ……あ……」
「他の奴にそんな顔を見せるなよ」
どんな顔だと聞きたいのに、体力も精神力も根こそぎ持って行かれた為睨み付けるしかできない。青い瞳は涙に濡れ、火照った頬は十歳の少女ではなく、大人の女性の色香を漂わせていた。
「おなか……空いた……]
「そうだな。もうすぐララが起こしに来るだろうから、まずはその顔をどうにかしろ」
誰のせいだと思ってるの! と声を大にして叫びたい。睨むだけで精一杯のエヴェリーテの頬を愛おしげに撫で、小さな体をベッドに座らせ、サイドテーブルに置いてある櫛を手にした。毎朝、美しい青みがかった銀糸を梳くのがウェルギリウスの楽しみの一つで、髪を綺麗にした次は大きな赤いリボンを頭に結んだ。
「どうやって結ぶの?」
「内緒だ。お前が結べたら俺の楽しみが減る」
「むう」
「怒るな。――ほら、ララが来たぞ」
扉がコンコンとノックをされた。エヴェリーテがどうぞ、と言えばララが頭を垂れて「おはようございます。バージル様、お嬢様」と朝の挨拶をしてくれる。
「おはよう! 今日は洗濯日和のいい天気だな!」
――勢い良く開かれた扉の先にいたのは、陽光に照らされ輝く銀糸を後ろに束ねたヴォルティス王国の王ゲオルグだった。昨日と同じくエプロンをしているが、桃色に可愛い兎が描かれていた。ゲオルグの足下付近からひょっこりと顔を出したララが、エヴェリーテの予想した通りの朝の挨拶を述べた。
「お、おはようございます……」
「……この国の王はよっぽど暇なのか? 暇なんだな? 俺の朝の安息を邪魔する程には暇なんだな」
「何を言う! おれは大忙しだ!」
「なら帰れ今すぐ帰れ」
「まだ洗濯物と庭の掃除が残っている。ララ君、今朝の食事内容は?」
「は、はい。本日の朝食は、ワッフルとスコーンの二種類を用意しております。バージル様、お嬢様、どちらになさいますか?」
「私ワッフルがいい」
「スコーン」
味付けは数種類のジャムとハチミツ。他にはトマトとレタスとキュウリのサラダとコーンスープ。デザートにはリンゴ。
ベッドから降りたエヴェリーテとウェルギリウス。
「あの、王様はまたどうして?」
「うむ。ララ君やアイ君といった妖精がいても、昔からの癖は抜けそうになくてな」
幼少のゲオルグは第一位王位継承権を所持しているが故、毎日厳しい教育を受けていた。外で遊びたい、友達と遊びたいという我儘は全て却下され、次期国王としての振る舞いだけを求められた。厳しく窮屈な日々を嫌った幼いゲオルグは、会えば邪険に扱われるも、王子ではなく、個人として扱ってくれるウェルギリウスの所へ毎朝駆け込んだ。朝に弱い上に私生活がだらしないウェルギリウスに代わって、洗濯・掃除・食事の用意を行っていた。大人となり、国王を拝命してもそれは変わらず。エヴェリーテが来る前も時々世話を焼きに屋敷まで足を運んでいたらしい。なので、王族でありながら家事全般熟せるようになったとか。
場所を食堂へ移り、各々の席に着いた。勿論、ぷにぷに三兄弟も参上した。
「あ、おはようございます! お師匠様にお嬢様! 王様も」
ぷに太郎が代表して挨拶を述べた。
「うむ。……ウェルギリウス。彼等に師匠と呼ばれているが師匠らしい事はしているのか?」
「するかよ。面倒くさい」
「アイとよく鍛錬してますよ。ぷに子さん探しの方は収穫はないみたいですが」
「そ、そうか」
最初に説明を受けたとはいえ、ぷにぷにによるぷにぷに探しは中々にシュールだ。三兄弟曰く、探し人(と言っていいのだろうか)のぷに子はぷにぷに界ではアイドルと持て囃される程可愛いぷにぷにらしい。ゲオルグも可愛いぷにぷにを想像したが、頭に浮かんだのは普通のぷにぷに。リボンや化粧をしてみてもぷにぷに。服は……球体なので着せれない。ウェルギリウスに彼等の記憶を覗けないかと提案するも「するか」の一言で断られた。
そうだ、と声を出したウェルギリウスは小さな頭に手を乗せた。
「今日は本格的に魔術を教えてやろう」
「ほんと!?」
「あぁ。お前の属性が分かったとこだし、俺と同じ全属性なら何でも修得できるようになる。朝食が終わったら庭に来い」
「うん!」
念願の魔術の修業が始まる。期待で胸ふくらませるエヴェリーテの笑顔はロリコンの精神に大打撃を与えるも、他者がいる前での口付けは駄目だと欲を無理矢理抑え付けた。
エヴェリーテの頭を撫でるので気を紛らわせた。期待に胸膨らませるエヴェリーテに水を差す行為はしたくないが大事なお知らせがあるとゲオルグは告げた。
「恐らく、王妃から既にパーシアスとセストの耳に入っていると思うが、今日は君とパーシアスの婚約者としての顔合わせがある。セストはベアトリクス嬢と。申し訳ないが魔術の勉強は明日に回してもらえないだろうか」
「あ……はい……」
さっきまでの笑顔は消え、しょんぼりと落ち込む。ギロリと保護者に睨まれようともこれだけは譲れない。
「お詫びに、今度来た時は王都で一番美味しいと評判のフルーツタルトを土産に持ってこよう」
「!」
フルーツタルトと聞いただけでまた可愛い笑顔を浮かべたエヴェリーテに安堵したゲオルグと食べ物に釣られたエヴェリーテに内心呆れるウェルギリウスだった。
朝食を終え、婚約者として初めての顔合わせを行うからと、普段以上に気合の入ったララとアイに綺麗にしてもらい、ゲオルグの首根っこを掴んでいない手でエヴェリーテの手を握ったウェルギリウスが王城まで瞬間移動で移動した。一瞬の移動は何度体験しても感動を覚える。突然出現した三人に門番の二人が目を剥いた。
「ウェルギリウス様……? ってか、やっぱりウェルギリウス様の所へ行ってたんですね!」
「朝から皆探し回ってたんですよ!!」
「こうして帰って来たじゃないか!」
「少しは王としての自覚を持って下さい!」
自由奔放な王に振り回されるのは何時だって臣下達だ。門番二人の言う通り、朝専属の侍女が起こしに行くと部屋は蛻の殻。王がいなくなったと朝から大騒ぎになったのだ。王妃はいつも通りウェルギリウスの屋敷にいるはずだからと終始落ち着いて朝食を食べていたとか。二人の王子はそわそわしながらも、母の言い付けで大人しく朝食を済ませたとか。
「おれも済ませたぞ!」
「はいはい分かりました。ほら、着替えて着替えて」
「お二人は中にお入り下さい。係の者に案内させます」
嵐の如く行動を起こす王の腕を二人で持ち上げて城内へ消えていく門番二人を見送ると入れ替わるように城のメイドが来た。此方です、と案内されたのは多くある応接室の内の一つ。座り心地が最高なソファーに腰を下ろしたエヴェリーテに話し掛けようとしたウェルギリウスの行動を邪魔する者が。ノックの後部屋に入ったのは神経質そうな上位貴族風の若い男性。群青色の長い髪が頭を垂れるのと同時に一緒に垂れた。顔を上げたら背中の後ろに隠れた。男性を知っているウェルギリウスはしっしっと手で払った。犬猫と同じ扱いにこめかみがぴくぴくと反応している。
「朝早くから、我が王の我儘に付き合って下さりありがとうございます、ウェルギリウス様。これからは脱走しないように魔力封じの鎖で執務テーブルに縛り付けておきます」
「そうしろ」
冗談なのか本気なのか。二人の声色だけでは判断出来そうにない。怪訝な表情をするエヴェリーテに構わず、何しに来たと聞けば、着替えに行かせたゲオルグがウェルギリウスに大事な話があるんだと暴れているのだとか。
「はあ、お前達で何とかしろ。大体、騎士団はどうした」
「王族に仕える騎士が王に危害を加えられる筈がないでしょう。ウェルギリウス様しか無理です。お願いします。王を止めて頂ければ暫くは来させないとお約束します」
「……」
断っても了承するまで居座る魂胆の男の内心を読み取っているウェルギリウスは仕方ないと溜め息を吐いてエヴェリーテを見下ろした。
「すぐに戻る。待ってろ」
「うん」
謎の男性と部屋を出て行ったウェルギリウスを見送るとキョロキョロと部屋の中を眺めた。鑑定すればいくらの値段がつけられるのだろうかという位高価な置物の数々。
「あ……ウェルギリウスが先に戻っても家に帰れない」
婚約者としての顔合わせがある。
パーシアスの婚約者……今のエヴェリーテは、自分の将来に関わる重要人物であり、未来の王候補と関わりたくないのが本音だ。パーシアスにしろ、セストにしろ、どちらかが王になれば、当然幼少の頃からの婚約者は王妃としての公務を全うしなければならない。王妃教育を命じられれば、自由な時間が一切なくなる。
「はあ……嫌だなあ……」
殺されるのは嫌だが、なりたくもない王妃になるための勉強の為に自由がなくなるのはもっと嫌だ。小さく嘆息したエヴェリーテのいる部屋が控え目にノックされた。どうぞ、と声を掛けた。意外とも思えない訪問者の登場にソファーから降り、様になっているカーテシーを披露した。
尋ね人――パーシアスはふわりと微笑んだ。
「おはようございます、エヴェリーテ嬢。父が朝から、セルディオス公の屋敷にお邪魔していたとか」
「は、はい。王様が朝からいらしているとは思いもしませんでした」
「あの人にも困ったものです。もっと、自身が王国を治める王である自覚を持ってほしい」
臣下達だけでなく、実の息子にもこの言われよう。信頼があるのか、ないのかが今一不明だ。
「婚約については?」
「はい。王様から、直接お聞きしております」
「そうですか。良かった。話すが手間が省けた」
「……?」
(パーシアス王子の様子……何か変だわ)
解りやすい表現は出来ないが、初対面の時の愛想の良さがない。笑みは浮かべているものの、明らかに貼り付けた偽物の笑み。声も抑揚がなく、機械的に対応をされている感が否めない。疑問には感じつつ、顔と声に出さないように細心の注意を払って、パーシアスと会話を続けたエヴェリーテ。
それから数十分後――
ゲオルグを執務室に押し込んで外には結界を貼ってウェルギリウスが戻った。エヴェリーテの他にパーシアスもいる。遅くなったなとエヴェリーテの頭を撫でた。
「おはようございます、セルディオス公」
「ああ」
ソファーから立ち上がって朝の挨拶をしたパーシアスに短く返し、エヴェリーテの手を握った。
「ゲオルグも押し込んだし、元の予定通りパーシアスとの顔合わせも終わった。帰るぞ」
「う、うん」
「では、城の者に馬車の用意を……」
「いるか。じゃあな、パーシアス」
「し、失礼します」
転送方陣で屋敷へ戻った二人。
部屋に残されたパーシアスは、偽物の笑みの仮面を外し、不快感を露にした。
魔術省主動の下、王城で昨日行われた魔力検査にて、勿論パーシアスとセストも検査を受けた。二人とも、平均値よりも高い数字を叩き出したとは言え、あくまでも王族の範囲内なら平均的だ。但し、魔術属性に関して言えば、兄のパーシアスは弟セストよりも勝っていた。威力特化型の雷属性のパーシアスに対し、基本四元素の風属性のセスト。威力特化型の属性は特殊三元素よりも更に希少。使い手が極めて少ない。優越感に浸ったパーシアスだったが、直後に起こった暴発によってプライドは打ち砕かれた。
自身の婚約者となったエヴェリーテ。彼女は、ウェルギリウスと同じ全属性の使い手にして、数値は一流魔術師に匹敵する程だった。“人外”と恐れられる魔術師が連れる少女もまた“人外”の才能を秘めた恐ろしい人間。
どれだけ勉学に励もうと魔術を磨こうとも、隣に立つ存在の大きさが将来の自分を覆い隠してしまいそうで……。
――堪らなく嫌になった。
読んでいただきありがとうございます!




